試作22号「灼銅の街ウエストサイド」

 

 

 

 三ヶ月の長い旅。とてもとても長い旅だった。

 

 

「ここが西部……またの名をウエストサイドか」


 私は馬車から見える街を見て私は驚いた。街のあちこちから煙突が伸び、煙がもくもくと上がっている。

 だが不思議なことに街全体で工場と思われる煙突はそのほとんどから煙が出ていない。煙だけで見れば街の3分の1くらいしか稼働していないように見える。

 例え3分の1でもノースサイドに比べても何倍も大きな街であることには変わりない。

 

「長かったわね……」

「残念だが、これから始まるんだぞグレイ?」

「分かっているわよ」

 

 そうだ。ブラックの言うとおりこれから始まるのだ。まずヴァーミリオンに協力を取り付ける必要がある。

 どんな人間か予想できないが、とてつもなく癖があるのはグレイとブラックを見ればわかる。

 

 

 西部の街、ウエストサイドと呼ぶこともあるそうだ。確かに北部をノースサイド、東部をイーストサイドと呼ぶからなんとも安直なネーミングセンスだ。

 街に足を踏み入れると、石炭もしくはコークスが燃える匂いが鼻についた。私の店では炭を使っていてあまり関係無いが、鍛冶屋は鋳造をするのにそれらを使う。あまりいい匂いとは言えないが、私はこれはこれで好き。

 

「この焦げた匂い……流石はアガスティア有数の工業街ね」

「実験で失敗したときの匂いじゃないか、地下は換気ができないから」

「Hmm……おかしいですね」


 ビリジアンが地図を見つめて首を傾げる。


「どうしたのかしら?」

「Unknown、グレイ様どうやら既にシンギュラリティ家の敷地に入っているようです」

「どういうことかしら? まだ街並みの風景よ」

「Hmm……わかりません」

「とりあえず、シンギュラリティ家のエンブレムを探そう。もしくは豪華そうな建物だ」

 

 馬車を歩かせる。私たちは目を皿にしてシンギュラリティ家のエンブレムを探す。

 

 

 

 街の活気があるところは思いの外は狭いのだがそれらしい家は一件も見つからない。一番目立つ建物は商工会ギルドだけだった。

 仕方なく、商工会ギルドの前に馬車を停めてグレイとビリジアンが話を聞きに行った。私は馬の見張りをブラックに頼んで周囲を散策しはじめた。

 商工会ギルドはレンガに漆喰を塗りその上から貴金属で装飾品が施され絢爛豪華なものだった。

 だが不思議なのはその周囲にある建物は簡素な建物ばかりだ、大きくても私の家ほどのサイズだ。工房などがある区画はもう多少広い程度だ。

 しかし、人が住んでいそうな区画はその二つで規模は北部の街と同じ程度だ。

 

 グレイから聞いていた街のサイズよりずっと小さい。それも気がかりだ。

 

 そんなことを考えながら適当にその辺を見て回っていると、私は商工会ギルドの右隣にある一軒の家に目が留まった。


 なんてことはない普通の民家なのだが、玄関に飾ってあるエンブレムの豪華さだけが異常なほど目を引いた。

 緋色の美しい色だ。これは銅だろうか、たしかホウ素を溶かした水に溶ける一歩手前まで熱した銅を入れると艶めかしい朱色になると聞いたことがある。


 それに細工もこれは鏨で模様を削り出している。デザインはネリネの花だろうか。彫金師の腕は何度か見たことがあるがここまで精巧で美しいものは生まれて初めてみた。どれほどの時間と金をかけてこれを作らせたのだろうか。


 銃身にこんな感じの装飾を施したら貴族に高く売れそうだな。性能には一切寄与しないけど。

 

 

 ドンッ!

 

 

 私の鼻が潰れた。空中高く放り出された私の身体がそのまま勢いよく飛んだ。

 何が起こったかというと扉が勢いよく開らき、その衝撃をもろに受けて私が吹っ飛んだ。

 

 しかもドアが開いたのはどうやら人が吹き飛ばされたからで、現在私の上に男が倒れている。

 

 

「偉そうな態度だ! お前自分の立場がわかっているのか?」

 

 男は私をクッションにしたまま話を続ける。ふざけやがって。

 

「それが何?」

 

 家の方から声が聞こえる。ハッキリと澄んだ色気のある声が響く。

 

 ツナギの上半身だけを脱いで、黒のノンスリーブのインナーが露わになった女性が現われる。

金髪のポニーテールと燃える炎のように煌めく朱色の瞳はさながら灼眼という言葉が合うのかもしれない。

 つり上がった目と表情の硬さからその女性が怒りを覚えているのがよく分かった。

 

「ヴァーミリオン貴様は辺境伯、私は侯爵だ!」

 

 

「私は!! この地の主よ!! 砂粒のひとつまでもが私に従うの!! 私に従わぬのなら立ち去れ!!」

 

 

 烈火のような怒りの声が、街に響き渡る。気取られた男は反論しようと口を開くが、灼眼の双眸が威圧をかけている。

 男はついぞ言葉を出すことができないまま街の外へと向って走り去っていった。

 

「あなた見ない顔だけど大丈夫?」

「大丈夫」

「それはよかったわ。私はヴァーミリオン・シンギュラリティ、あなたは?」

「カメリア・B・シュネーベルグだ」

「シュネーベルグ……おかしいわね?」

「どうした?」

「シュネーベルグは焼き討ちに遭って全員死んだはずよ?」

「んぁー、それは……」

 

 

「カメリア! 何しているの?」


 グレイたちが私のところに寄ってくる。

 

「あら誰かと思えばグレイにブラックじゃない、どうしたのこんな田舎に?」

「久しいな。壮健で何よりだ」

「お久しぶりねヴァーミリオン、話があって来ましたの」

「別に構わないわよ」


 ヴァーミリオンは商工会ギルドの扉を開けて私たちを案内した。

 

 

「入りなさい」

「あ、そっちなんだ」

「そっちは私の工房兼家よ」


 商会ギルド二階の応接室に案内されるとヴァーミリオンが上座に、私たちが下座に座った。

 ガラスと銀装飾のテーブルにイバラの鉄細工が美しい椅子がある。

ヴァーミリオンは呼び鈴を鳴らして使用人を呼び出すとお茶を出すように指示を出した。

 

「まず、カメリアだったかしら、さっきの話を続けなさい」

「えっと、私はあの焼き討ちから生き残ったんだ。北部の町の人に助けられて身分を隠してそのまま過ごしていた」

「と言うことは、シュネーベルグの血筋はまだ残っているということでいいのかしら?」

「まぁ、家とか爵位とかはもう無いけどな」

「それを証明出来る方法はあるかしら? あなたがシュネーベルグ家であることを」

「すまん、それはない。家は全焼して何も残っていないんだ」

「質問を変えるわ。シュネーベルグ家にだけで食べられていた朝食の料理があったのは知っているわね?」

「あー? うーん? どれがうちだけ食ってるかわからねえけど、記憶にあるのはエッグベネディクトだな」

「……偽者の可能性はゼロじゃないけどあなたがシュネーベルグの血筋であることは信用するわ。隠居した父にもこれでいい話を持って行けるわ」

「どういうことですか?」

「私の父はシュネーベルグの当主、つまりはあなたのお父様と深い交流があったの。だからシュネーベルグが焼き討ちに遭った話を聞いたときはとても落ち込んでいたの」

「そうだったのですか」

「たぶんあなたが物心つく前に一度会っているかもしれないわ。もしよかったら会いに行って欲しいわ。名前はホークス・シンギュラリティ、普段は街のあちこちをぶらぶら散歩しているから家に行っても会えないわ。ただし毎朝墓参りをしているからそこを狙うと良いわ」

「顔を見せりゃ良いんだな?」

「ええ、それでいいわ」


 ヴァーミリオンは少し嬉しそうに見えた。


「わかった。約束するよ」

「それと名前のBは何かしら?」

「育ての親の名前を受け継いだ」

「そう……ということはあなたには生みの親と育ての親のどちらもいるのね。育ての親はお元気かしら?」

「去年、肺炎で……」

「……そう、じゃああなたは二度も親を見送ったのね」


 ヴァーミリオンは優しい表情で私に言った。

 

 

 

「失礼します。お茶が入りました」

「いつもありがとう」


 ヴァーミリオンは使用人に礼を言う。貴族は使用人をこき使ってなんぼのところがあると思っていたからお礼を言うのはシュネーベルグ家の在りし日を想起させる。

 ヴァーミリオンは紅茶に砂糖とミルクを入れてカップをゆっくりと口に運ぶ。今まで公爵二人と特別階級の御令嬢の所作を見ていたがそれらより美しい。余裕があって落ち着いていて気品があった。いかにも人の上に立つ者の雰囲気を醸し出していた。

 

 

 

「それで話って何かしら?」


 ヴァーミリオンは足を組み、椅子の手すりに右肘を置いて頬杖をついて体勢を楽にする。


「クラレントとアガスティアの情勢はご存じかしら?」

「知っているわ、随分と魔法というのが強いらしいわね。殿方が目をつけられていることも」

「なら話は早いわね、今我々は最新式の銃を作成しているの。それに協力して欲しくて」

「それは戦争に使うためかしら?」

 ヴァーミリオンのつり目が細くなり瞳孔が開く。

「勿論よ。戦争に負けないためにも」

「戦争に負けないためね……お断りよ」


 ヴァーミリオンのハッキリと澄んだ声が応接間に広がる。 

 数秒だが全員の息を飲ませるほど言葉に意思を感じさせた。

 

「何故かしら? 不利益にならないように計らうわよ?」

「何故かしらですって? そんなの決まっているじゃない面白くない、むしろ不愉快だからよ」

「何か気に障ることをしましたかしら?」

「ええ、まずあなたたちはシンギュラリティ家が積み上げてきた技術を殺人の道具に使おうとしているのよ! それがどのような意味を持っているかわかっているの?」

「殺人の道具ではないわ。結果として同じかもしれないわ。でも――」

「結果が同じなら、意味がないわ」

「それは……」


 グレイが押されている。何かフォローしてあげたいがヴァーミリオンの言うことに対し反論が直ぐに思い浮かばない。

 

「戦争が起る。これは仕方ないこと。そこで人を殺す。これも罪では無いわ。でもね殺した人間の心の中にはずっとその記憶が刻まれるのよ。銃の性能が上がると言うことは一人が殺せる人数が増えるということ。その重圧と責任をどうやって取るのよ。言ってみなさい!」

 

 ヴァーミリオンの目は烈火のように燃え盛っている。彼女は鎮座したままにもかかわらず重圧にも似た視線が私たちの心を圧迫する。

 

 

「それにそこにいるのビリジアン・ローゼンタール。特別階級とは名ばかりの裏社会の殺人集団じゃない。そいつがいるということは銃口はクラレントだけに向けられているわけじゃないでしょ?」

「そんな言い方は――」

「私が手がけたものが犯罪者に使われる可能性がある以上、協力はしないわ」

 

「おい、いい加減にしろよ! ビリジアンを悪く言いやがって! たしかにあんたの言うことは事実かもしれないが、友人を貶すような言い方されて黙っていられるほど私はお人好しじゃねえぞ!」


 私は頭に来て椅子を蹴るように立ち上がり、ヴァーミリオンを指差して怒鳴りつけた。


「そういうこと言って良いのかしら? あなたたちは頼み込んでいる立場よ? 弁えなさい」

 

 ヴァーミリオンは私が頷くまで瞬きひとつしなかった。

 

「その……言葉を荒げたのは悪かった」

「ええ、その謝り方が良いわ」

 ヴァーミリオンはそう言っておもむろに立ち上がり窓の外を眺める。

 

 

「話は終わり、宿は向かいにあるのを使いなさい。」

 ヴァーミリオンはそう言って交渉を打ち切った。

 

 

 

 

 不服だったが何も言い返せず私たちは宿に行くしかなかった。

 

「あー!! ほんっと嫌な奴! 昔からあの高圧的な態度で正論言ってくるのよ!」

「校内ディベートで二つ上の先輩をボコボコにしただけはあるな」

「ディベートって何?」

「Debate……ある意見に対して、賛成派と反対派に別れて議論し合い、どっちがよりすぐれた議論を展開出来たかを競うものです」

「うーわ、なんか面倒くさそう」

「しかもヴァーミリオンは学園総合最高スコアで卒業した本物の秀才よ」

「そんなにすげえのか?」

「Yes、何百年と続く学園の歴史で最も高得点を出した女性です。運動、座学、芸術、その全てを網羅したのです」

「運動は私が一番でしたわ」

「座学は私が一番だったがね」


 二人ともいつもより声量が大きいな。よっぽど譲れないんだな。

 

 

 

「でも、明日こそは丸め込んでやるわ! 負けないわ! 次から私一人でやってやるわ!」


 グレイは呼吸を荒げて息巻いている。本当に大丈夫だろうか。

 

 

 

 翌日。

 

「もーーーーーー!! あの女本当に腹立つわ!」

 

 うん、知ってた。意気込みだけで勝てないのは昨日わかっていたじゃないか。

 

 

 

 そのまた翌日。

 

「ねええーーー! 議論始まる前から全部の意見潰されたんだけど!!」

 

 でしょうね。昨日は意見まとめてたけど私から見ても論理に穴があったもん。

 

 

 

 さらに翌日。

 

「あいつ人の心が読めるに違いないわ! きっと悪魔に魂を売っているわよ!」

 

 だろうな。結果は見るまでもないな。

 グレイはすっかり消沈していた。何か言葉をかけてあげたいが何も思いつかない。

 

 

 前途多難な幸先だな……本当に大丈夫だろうか……。

 

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