試作09号「奇人」
イーストサイドは私が住んでいたノースサイドとは違い、まだ寒さが少ない。この時期でこの寒さなら雪に閉ざされることも無いのかもしれない。
街並みはイーストサイドと大差無いが漂う雰囲気がだいぶ違う。なんだろうこっちのほうが街並みは綺麗だが荒んだ感じがする。歴史を感じないというか……建物を何度も建て直しいうからだろうか。
「グレイ、イーストサイドはあなたのいた北部と違って治安が悪いわ。盗難には気をつけるのよ」
「わかった」
「さて、じゃあヴェルヴェット家の屋敷に向うわよ」
「Let’s go」
ヴェルヴェットの家は意外にも直ぐに見つかり、グレイが代表して屋敷の中に入っていった。
屋敷は広大な敷地を有しており、先に見える建物が豆粒ほどに見える。
「でっけえ家だな」
「Hmm……私の家の方が大きいのでなんとも」
「そうなのか……」
「But、家の広さが爵位を示すのではありません。ヴェルヴェット家は公爵です。つまりグレイ様と同じ地位を持っています」
「あ、そういやグレイも公爵だったな」
「Yes、と言ってもヴェルヴェット家の当主とは面識がありますので話は直ぐに済むでしょう」
「あー、うん、こうやって実感するけどグレイは本物の公爵令嬢なんだな」
「Yes、ついでに言いますが私は爵位を持っていないのですよね」
「え、じゃあ平民なのか?」
「No、なんと言いましょうか、公爵相当の権力を持っておりますが貴族という立場にないというニュアンスですね」
「へぇー、なんか身近になったな」
「Hmm、そうでしょうか……そうだ、あなたにこれを差し上げます」
ビリジアンは見慣れないコインを私に差し出した。
「これは何?」
描かれているのは牙を立てた蛇が骸骨に巻き付いている不気味な金のコインだった。
「魔除けです。」
「不吉な絵柄だなオイ」
「Oh……ヘビはお嫌いですか?」
ビリジアンは自分の目を指差す。鮮やかな紫の瞳が私を映し出している。
「……嫌いじゃねえよ」
「Good」
そうこう駄弁っているうちにグレイが戻ってくる。表情が暗いためどうやら首尾が良くなかったらしい。
「はぁー、ブラックは数年前にお家を追放されて街外れの小さな農場を営んでいるようだ。時折役人が彼女のところに行くので生きて言うことは確認しているらしいわ」
「役人様が何でまた追放令嬢のところに行くんだ?」
「違法薬物って知っているかしら?」
「使うのが禁止されている薬だろ」
「そのまんまね……だいたい合っているけど、それが危険かどうか判断するときどうする?」
「知っている奴に聞くな……あれでも知っている奴って……使った奴か、初めて作った奴ぐらいか」
「正解」
「え、ということは、ブラックは薬物常習犯……?」
「答えは自分で作った薬物を自分も使ってまずい物は違法化させる手伝いをしている人物よ」
「大丈夫かそいつ?」
「わからないわ……ただ凄腕なのは事実よ」
「わかったよ、じゃあ行くか」
一抹の不安を抱えながら私たちは馬を走らせた。
グレイの情報通り、街外れに小さな農園らしき場所があった。農場は既に収穫が終わっているのか何も植物は無い。所々に枯れた草があるだけだった。奥に二階建ての一般的な家がある。
家の周りを囲う柵に馬をくくりつけて私たちは玄関を叩いた。
「すみません!」
グレイが大声で叫ぶ。
「今出る」
少し聞き取りにくいがそんな返事が返ってきた。声からして女性というのはわかった。
しばらくして玄関の扉が開くと、黒髪に淀んだ黒目、目の下にはクマがある如何にも不健康そうな女性が現われた。
「おや、見ない顔だ。どうしたのかね?」
「ブラック・ヴェルヴェットで合っていますか?」
「その名前で呼ばれるのは久々だねえ」
この女がブラック・ヴェルヴェット、稀代の凄腕化学者と言われている女なのか。
「私はグレイ・ノーザンバーランド、折り入って話があります」
「うん、知っているとも、君は覚えていないだろうけど学園にいた頃、一度君とは話をしているからね」
ブラックはニコニコと笑っている。見かけによらず社交的でとても人殺しには見えない。
「そうでしたか?」
「そうだとも、と言っても入学式が終わった後、君はトイレの場所を聞いただけだ。だから君が覚えていないのは何の問題ないさ」
ブラックは何年も前に一度だけ、些細な会話をしっかりと記憶していた。おぞましいほどの記憶力を持っているのは明らかだった。
「あら、そうでしたの覚えて無くてごめんなさい」
「いいんだ、そっちにいるのはビリジアン・ローゼンタールだね。それと……君は知らないな」
「カメリア・B・シュネーベルグ」
「カメリアでいいかな?」
「お好きにどうぞ」
「じゃあ、カメリア、良く来たね、もしよかったら、中でお茶でも入れよう。残念だがお菓子は切らしているから我慢してくれたまえ」
ブラックが扉を完全に開け、家の中に案内された。家の中は至って普通なもので掃除もきっちりと行き届いている。
ダイニングに案内されると四角いテーブルがありそれぞれの場所に腰掛けた。グレイとビリジアンが隣同士になり向かい合う形でブラックと私の座席となった。
ブラックはキッチンに立つとコーヒーを入れ始める。
「最近はコーヒーにはまっていてね、紅茶は切らしているんだ。コーヒーがダメなら白湯になるけどいいかね?」
「私は問題ないわ」
「Me too」
「むしろコーヒーがいい」
「よかった、今すぐ茶葉を買ってこいなんて言う輩がいたらどうしたものかと思ったよ。ちなみにミルクと砂糖を入れる人はいるかい?」
「私はミルクと砂糖どちらもたっぷり」
「So do I」
「私はブラックで」
「カメリアは私を要望かね?」
「そっちじゃないブラックコーヒーだ」
「冗談さ、グレイとビリジアンは砂糖とミルク、カメリアがブラックコーヒーだね。承った」
ブラックはそう言いながらカップを四つ取り出しコーヒーを注ぎ、二つにはミルクと砂糖、もう一つには砂糖とは違う容器から白い粉を出して入れる。
「それは何?」
「ん、ああ、これはカフェイン。コーヒーを飲むと眠気が飛んだり冴えた気分になる経験があるだろう?」
「そうだな、コーヒー飲むと活力が湧くというかそんな気分になるな」
私はブラックの言葉に同意する。
「それがカフェインの作用さ、そしてこれはそれを抽出して生成したものだ。君も試してみるかい? 通常のコーヒーよりも頭が冴えるよ」
「なるほど、じゃあ追加――」
「でもこれスプーン一杯ぐらい摂取すると死ぬから気をつけたまえ」
「やっぱなしで」
「そうか残念だ」
しれっと殺そうとしてきやがる。これは冗談なのか、それとも本気なのか、それが掴めない。
ブラックがコーヒーを配膳すると私の隣に座る。
「では本題に入ろうか」
ブラックはグレイの目を静かに見つめる。
「私たちは今、新型銃の開発をしているの、そこで火薬の改良が必須であることが判明したわ」
「なるほど火薬か……だから私のところに来たと言うことか」
「化学者でもあるあなたに是非、開発協力をお願いしたいの」
「報酬はなにかね?」
「そうね、報酬は成果によるけど前払いとしていくらか払うわよ」
「金か……悪くないな……でもそれだけなら断る。口説き文句を考え直してくるといい」
「そうね、中央の一等地に研究所を設けてあげましょうか?」
「必要無いね、この家の方が研究設備は整っている。農場を見ただろう? 春過ぎになるとあそこにいっぱいの芥子が華を咲かせる。見応えがある美しいものだ」
「芥子の栽培は違法よ?」
「国王から特別な許可をもらっている。証明書を見せようか?」
「じゃあ、何が欲しいの?」
「そうだね、私の胸の痛みを取って欲しい」
ブラックは大きく膨らんだ胸に手を当てる。腫瘍とかそういうのではなく単純に豊満なバストを持っているだけだ。悔しいが。いや全然悔しくない。私はまだ成長途中だから。
「痛み? 病気なの?」
「わからん。ヘロインもモルヒネもメタンフェタミンもフェンタニルもメスカリンも試して見たがどれも効果は無かった。医者にも診せたが至って健康ときたもんだ」
「痛み……ね。わかったわ私の家に代々仕えている医者がいるわ。その人に診てもらうというのは?」
「なるほど、公爵家御用達の医者ね……それがなんの役に立つ?」
ブラックの家も公爵、当然ブラックは自分の家に仕えていた医者に診てもらっていることになる。そう考えたときグレイの知る医者も信用ならないと言うことになる。
「それは……」
グレイは言い淀んだ。ここまで押されている彼女を初めて見た。
「さてグレイ公爵令嬢、私をどうやって動かす?」
グレイとブラックは睨み合ったまま沈黙を続けている。
「なぁ、聞いても良いか?」
私はこの静かさに我慢出来ずにブラックに話しかける。本当に無鉄砲だ。
「いいとも」
「なんで、化学? ってのが好きなんだ?」
「カメリア、今は関係ないでしょ!」
「そんなのは決まっている。楽しいからだ」
ブラックは屈託の無い笑みを見せる。
「なんで楽しいんだ?」
「今まで誰も作ったことが無いものを生み出す。この世に全くないものを自らの手で生み出す。こんなに楽しいことは無い」
「じゃあさ、私たちと一緒に銃を作らない? 私は誰も作ったことが無い銃を作る。あんたはその銃に使う、誰も作ったことが無い火薬を使うんだ。少ない量でよく飛んで、煙がない、そして勝手に燃えてくれる。そんな夢みたいな火薬を作るんだ」
「そんなのが交渉材料になると思って――」
グレイは呆れたように肩を竦める。
「ふふ……ふ……あっはっはっは! いいね楽そうだ、口実としてとてもシンプルで素直で面白そうだ! カメリアか、気に入った。協力しようじゃないか! あー、でも医者の件はよろしく頼むよグレイ」
「え……は……わかったわ約束する。早速医者を連れてくるわ。ここから中央までだとだいたい一週間ほど掛かるけどいいかしら?」
「承諾した。このブラック全身全霊で協力しようじゃないか!」
言った私も私だが、乗ったブラックもどうなのだろうか。
「良くやってくれたわ、カメリア」
「いやこれで良かったの?」
「協力すると言っているのだからいいのよ! あと私が留守の間に何かされたら問答無用でブラックを天国へ送り届けてあげますのでご安心なさい」
「それ私死んでねえか?」
「さて、じゃあ、早速ここの紹介をしよう。着いてきたまえ。ああ、コーヒーは持ってきても構わないよ」
ブラックはそう言うとマグカップを持ったまま移動を始める。彼女について行くまま案内されたのは地下へと通じる階段だった。それを降りていくと、白い石に包まれた空間が現われた。地下と言うこともあって暗いがランプがいくつも点灯しているため部屋は足下が見えるほど明るい。
「ここが私の研究室さ、死人も出ているから幽霊も出るかも知れない」
ブラックは冗談っぽく言うが、元婚約者を殺害している話を聞いた後だと嘘にも思えなかった。
「これが研究室……」
「Wow……」
「すげえ……」
おびただしい数の本がある棚や何かの薬品が入った瓶がぎゅうぎゅうに詰められた棚、何に使うのかわからないガラスの器具が収められた棚などがあった。
「薬品の入った瓶には触らないでくれたまえ。最悪骨まで溶けてしまうような代物もあるからね」
上の階にあった。所謂、普通の家から一転して、彼女が天才たる確たる証拠を見せつけられているようだった。
これで新しい火薬が生まれることに私は嬉々としていて、この後起きる出来事など微塵も予想していなかった。
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