試作08号「旅立ち」

 

「準備は良いかしら?」


 馬に跨がった私たちは街の入り口に立つ。


「OK」

「いけるぜ」

「じゃあ、出発よ」

 

 こうして私たちはアガスティア皇国東部に住むブラック・ヴェルヴェットのところへ向った。


「初めて他の街に行くな……」

「あら、そうなの」

「なんだ? バカにしないのか?」

「貴族の令嬢なんて基本的に家から出ないものよ?」

「なるほどそうか、私がまだ貴族だった頃は街に出て色んな店の手伝いをさせられたな」

「そんなことさせられていたの?」

「うちはそんな感じだった、街で手伝いをする日と教育を受ける日とそんなのがあったな」

「普通の貴族より多忙じゃない? あと誘拐とか危険は大丈夫なの?」

「結構楽しかったな。誘拐かぁ、なるときはなるしうちはムースとかグリズリーとかしょっちゅう出てるから死ぬ時は死ぬの精神だったな」

「それでいいの……」

「そもそも街中顔見知りみたいなもんで余所者がきた時には噂話で持ちきりだ。先代も移住してきたときはそんなもんだったしな」

「あらそうだったの」

「そういうこと」

 

 

「Sorry、話の途中で申し訳ないのですが、旅についていくつか注意事項があります」

「注意事項?」

「Yes、まず今回のルートについてですが、ハッキリ言いますがキツいです。というのも道中の一部は間もなく雪で道が閉ざされるからです。だから閉ざされる前に通過します。したがって補給、つまりは他の街で物資を購入できる機会がほとんどありません」

「あるのは今ある装備だけか」

「Yes、馬に積んだ荷物が全てになります。天気が良ければ二週間ですが雨や雪が続けば以前申し上げた通り一ヶ月近くかかります。もっと最悪の場合、食料が尽きて死にます」

「え、そんなやべえなら春まで待つか?」

「No、そんな事も言ってられません。タイムリミットは来年の夏頃です。その時期にクラレント魔法国の代表が査察に来ます」

「その時に最強の銃を見せつけてクラレント魔法国を震え上がらせてやるわよ!」


 つまり来年の夏までに新型銃の設計を終わらせないと戦争が勃発する可能性が極めて高いと言うことになる。


「わかった。やってやろうじゃねえか」

「And、開発が長引けば長引くほどカメリアさんの存在が徐々にクラレント魔法国に漏れていき、潰される可能性があります」

「はぁっ?」

「カメリア、あなたがとっ捕まると何もしてあげられなくなるわよ。貴族じゃないから交渉もできないのよ」

「薄情者だなぁ……ようは捕まらねえでとっとと銃を完成させりゃいいんだろ?」

「そういうこと」

「Yes、そしてここからはサバイバルについてです」

「サバ……なんだそれ?」

「Hmm……自然の中で病気や怪我をしない方法やキャンプなどを安心して行うためのテクニックです。こういうことについてある程度レクチャーさせてください」

「わかった。まず何から知ればいい?」

「OK、実践的なテクニックは実際やりながらするとして……まず算術はできますか?」

「うーん、金勘定ならよくやる程度だな」

「Good、そうですね。まず馬について少し話をします。馬は歩きで1時間4マイル歩くことが出来ます。それで毎日10時間歩いたとして1週間でどのくらい歩けますか?」

「280マイル」

「Wow、ちょ、ちょっと待って下さい」


 ビリジアンはぼそぼそと何かを呟いて指を折って数える。


「280マイルで正解です。では2週間では?」

「560マイル」

「Wait……Wait……Wait……560マイル正解です」


 そんなに難しい計算なのだろうか。


「あ、逆に言えば単純な距離だけなら東部は560マイル先になるのか」

「Good、その通りです」

 

 

「ねえカメリア、話を大きく変えちゃうけどちょっといいかしら?」

「なんだ?」

「簡単な頭の体操よ。あなた年齢は?」

「15歳だけど?」

「じゃあ、15年は何秒かしら? ただし1ヶ月は30日として1日は24時間ね」

「4,730,400,000秒」

「なるほど、ちょっとは頭の体操になったかしら?」

「うーん、どうだろうな」

「Hmm……えっと……あれえっとあれえっと?」


 ビリジアンは頭から湯気が出そうな程混乱している。算術は苦手とみた。この二人には驚かされてばかりだったからちょっと新鮮だ。

 

「カメリア、もう一個問題出してもいい?」

「ああ、大丈夫だ」

「濃度の計算ってできるかしら?」

「できるけど? 料理でも使うからな1ポンドの肉に2%の塩を振るとかだな」

「そうね、じゃあ、濃度30%の塩水が600オンス、濃度20%の塩水が400オンス、これらを全部混ぜたら何%の塩水が出来ると思う?」

「26%」

「正解よ」

「もうちょっと難しいのでも良いぞ?」

「もういいわ、あなたちゃんと学園で学んだら算術はいいところまでいけると思うわよ。少なくとも私とビリジアンより計算が速いもの」

「そりゃどうも」

「Oh……濃度……濃度」


「ビリジアン……大丈夫か?」

「彼女算術は人並みなの」

「あー、まぁ、こっちは普段から色々使うからな」

「あら、そんなに数字を使うものなのかしら?」

「勿論、メシにも銃にも使うさ、火薬の配合だって比率があるし算術は先代にそりゃあもうしこたま教えられた。銃触る前に算術だ! ってな」

「随分教育に熱心だったのですね」

「どうだかな、まぁ、算術は元々好きだし。銃が売れないときは、売り上げの計算とかで小遣いもらってたしな……というか銃よりそっちが稼げていた」

「算術はね、どんな仕事でも大なり小なり使うのよ。計算が速ければ速いほど良いのよ。だからあなたの師匠は銃が無くなってもあなたが食いっぱぐれないように算術を教えていたのね」

「そんなに頭の回るオヤジだったかね、血も繋がってねえし」

「でも十年も面倒見ていたのでしょ?」

「そりゃ……そうだけど」

 もしそれが本当にそういう意図だったなら先代はよっぽど不器用な職人だ。

「ハッキリしないわね。思春期かしら?」

「ハッキリ言うなよ。まだ思春期真っ只中だ」

「私はそろそろ卒業よ?」

「え、三十路超えてねえの?」

「はぁーーーー!?」

「どうした?」

「私はまだ十九よ!」

「えええええ! その貫禄で!?」

「貫禄って……はぁ……じゃあビリジアンはいくつに見えるのよ!」

「十八」

「なんでそれは当たるのよ! ねえ! 誰が年増ですって! ねえ!!」

「悪かった冗談……ジョウダン……ダヨー?」

「嘘仰いなさい!」

「Grand lady……」


 ビリジアンがボソッと呟く。


「ビリジアン、方言だからバレないと思ったでしょ? このタイミングで言ったら年寄りだって言いたいのはわかるわよ?」


 ビリジアンはとぼけるように口笛を吹き始める。

 

「ビリジアンってクールに見せかけて意外とおしゃべりだし、茶目っ気もあるよな」

「そうよ、彼女は学園時代、学園間交流学習の時に男子たちからそりゃあもうすごい量のラブレターと贈り物が届いたのよ。宝石からドレスまで色んな物が届いたわね」

「すげえな、そんなに荷物あったら部屋が埋まっちまうな」

「Yes、頂いた荷物は実家に送ったのですが、ほとんどが紛失になりましたね」

「盗まれたのか?」

「No、配達を担当した者が実家にたどり着けなくて……」

「あんたどんだけやばいところに住んでんだ?」

「hmm、私にとって南部はただの庭ですが、なぜか事故死が多くて不思議です」

「なぁ、グレイ」

「言わなくてもいいわ、ビリジアンはちょっと特殊なの」

「どっちかって言うと世間知らずの野生児だな……」

「世間知らずは違うわ。彼女は社会も自然もよく知っているわ。私よりも」

「そんなもんか」

「ええ、でもまぁ、友達は少ないのよ。私くらいでしょうね」

「Exactly」

 

「おいおい、私を忘れないで欲しいね」

 

「あら……ふふそうね」

「……Exactly」

 

「おいなんだよそれ! なんだよ! 私が力不足って言いてえのか!?」

 

「違うわ。ただ、あなた相当な……変わり者ね」

 

 グレイはそう言いながらクスクスと笑っていた。



 

 

 

 

 そんな旅が一ヶ月、あっという間に過ぎ去って、私たちはアガスティア東部、通称イーストサイドに到着した。

 

 ちなみに今まで北部はノースサイドと言われているらしい。この十五年私は自分の住む街の名前さえ理解していなかった。知ったときは顔から火が出そうだった。

 

 

 

 

 

「さて、こここそヴェルヴェット家が治める街、通称イーストサイドね」

「ブラック・ヴェルヴェット……どんな奴か楽しみだ」

 

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