試作07号「旅立ちの準備」
狩りから二日が過ぎた。昨日はグレイから休むように言われたから一日中ぐうたら眠っていた。というのは性分に合わなかったから肉をジャーキーに加工して一日を過ごした。山のような肉を袋いっぱいのジャーキーに加工してもまだまだ肉は残っていた。
ほとんど毎日この二人が朝から店に来るため、最近は三人分のお湯を沸かすのが習慣になりつつある。料理も下手な店より私の方が腕が良いとか言うが飯代をケチりたいだけだろう。
「おはようございます。カメリア」
「はいはい、今日は何すんだ?」
「Make、今日は食料を作ります。私の師匠直伝の缶詰を作ります」
「なんだそれ? 美味いのか?」
「Yes、ブリキの容器に食べ物を入れて、蓋を閉めて、溶かしたスズで封する。その後、湯煎することで食べ物を腐らなくする処置です」
「腐らない?」
「Yes、食べ物は目に見えない生物、菌というものが悪さをするから腐るのです。故に密封し、加熱する、そうすれば菌を殺せるので腐らなくなる」
「なるほどな、金属の容器ならガラスの瓶詰めと違って割れなさそうだな」
「Exactly、だから先日金物工のところに容器を依頼していたのです。それが出来上がったので食料を作ります」
「それできたらいよいよ出立か?」
「ええ、そうよ、一週間で準備出来たのは僥倖ね」
「よっしゃあ!」
「じゃあ、作業しましょう」
グレイは意気揚々と言うが、私とビリジアンは口を揃えて同じ事を放つ。
「あんたは座ってろ!!」
「Sit down」
「ねー、やることなーい?」
グレイはふくれっ面でテーブルに突っ伏している。
「香辛料は磨り潰してもらったし、岩塩も粉にしてもらったし」
「暇―なーのー!」
「Shut up」
よくよく聞くと方言だから気にも止めなかったがビリジアンはだいぶグレイに暴言を吐いてないだろうか。だがそれに私は親近感を覚えることが出来た。
「じゃあ、グレイ、軽快なトークで私たちを楽しませてくれ。まさか公爵令嬢様が雑談できないなんてないだろ?」
私はまな板にある肉の塊を処理しながら言う。
「いいわよ、どういう話をしましょうか? 私としては言葉遣いの講義でもよろしくてよ?」
「ほざいとけ」
「そうねえ、じゃあ、私の師の話でもしましょうか?」
「師?」
「その人は、王のお膝元である中央の武芸を競う大会に出ていた。名前はトーゴ・ストーンウェル。田舎者と呼ばれていたわ。そして子供のように背が低かった。でもあの人はそこに参加していた誰よりも強かった」
「そんなにか?」
「それはもう、私なんか手も足も出なかったわ」
「そんなに強いのか? もうそいつに国を守らせた方がいいんじゃないか?」
「去年、死去したわ、肺炎で」
「肺炎……」
私の先代も肺炎で死している。だからその言葉を聞くと気分が沈む。
「oh……肺炎、私の師ライスリバーも去年肺炎で無くなりました」
肺炎で死ぬのは別に珍しいことじゃない。死体に石を投げれば当たる程度にはよくあることだ。
「ん……去年か、先代も去年亡くなっているな」
「みんな去年ね……」
「身内の不幸ってのは伝搬する。なんか奇妙な縁があるって花屋のババアが言ってたけどこういうこともあるんだな」
私は肉の筋を取りながらぼやく。
「でも師匠が残したジークンドーは弟子たちに引き継がれたわ。もちろん私にも」
「そういやそのジークンドーだっけ? なんだそれは?」
「近接格闘術における流派のひとつだけど、アガスティアのどの流派よりも洗礼されていて強かった。自分の倍ほどある大男を一撃で吹き飛ばしたのよ。それを一目見た私はその日付でトーゴ・ストーンウェルを私の家に招き入れて弟子になったの。それが十年くらい前ね」
「で怪力娘になったと」
「他の子と力比べしたことないからわからないわ、スポーツなら私は一番だったり二番だったりしたわ」
「二番……?」
このグリズリーよりおっかない女に比肩する生命体が存在するのか。
「陸上競技は全部あの子の一人勝ちだし剣術、弓術も全部敵わないわ」
グレイはそう言いながらビリジアンの方を見つめた。ビリジアンは右手でピースして反応を見せた。
「そりゃあ、貴族の娘が護衛も付けずに二人旅できるわけだ」
「もう褒めないで頂戴」
「ハハ、グレイ様は何をオッシャイマスカ?」
「でも座学は苦手よ学園首席にはなれなかったのよ、最高で第三位」
「流石に頭脳じゃ、勝てる奴もいるんだな。きっと上位二人は清楚で知的なやつなんだろうな」
「一人はブラック・ヴェルヴェットよ?」
「前言撤回……って言いたいけど会ったことも無い人を否定するのは失礼だな」
肉の処理を一通り終えると、脂身を鍋で煮込み脂を煮溶かす。香ばしい焦げと獣の野性味が鼻を支配する。
「Good、こちらも処理が終わりました」
寸分違わぬ角切りの肉がボウルに山積みになっていた。
「熊は野菜と煮込んでシチューにする」
「OK、わかりました。では野菜の準備をします」
「よろしく」
ビリジアンは戸棚から香味野菜をいくつか取り出してカットし始める。
「さて、だるいけどやるか……あ、そうだこれならグレイもできるな」
私は肉挽き器を用意するとグレイの前に置いた。
「これは何?」
「肉のミンチを作る機械だ。上から肉を入れてハンドルを回すと肉がミンチになって出てくる」
私はざっくり切り分けた肉の山をグレイに渡す。素手でやらせた方が早いと思ってしまったが、今はまだ彼女を人間扱いしておこう。
「任せて!」
グレイは積極的に動いてくれるしそこまで危なっかしいところもないので今度包丁を持たせても良いかもしれない。
グレイが作ったミンチはソーセージにする。ムースの小腸に詰めて茹でて燻製にする。しっかり燻製して水分をがっつり抜けば長期保存ができるのも良いところだ。
ニンニクとショウガを細かく刻んで胡椒を初めとしたスパイス各種に塩を混ぜる。それをミンチに混ぜ合わせてよく練る。
それを肉挽き器のアタッチメントを交換して肉を押し出せるようにする。その先にムースの小腸をセットして肉を絞り出す。適度な長さでソーセージをくるくる回してサイズを決める。それを茹でてから店の外にある燻製器で燻製するとソーセージが完成する。
「まぁ、こんなもんか」
燻製器からでる煙を眺めながら呟く。
「Good、こちらもシチューを缶詰にしました」
ビリジアンが外に出て状況報告をする。
「見に行く」
「OK」
「来たわね」
キッチンに戻るとグレイがぐでっとだらけている。やることがなくてだいぶ待ちぼうけしていたらしい。
足下にはスズで封をされた缶詰が木箱に詰められている。テーブルには試食用に缶詰が三つ置いてある。
「これがそうか、なんか見た目は味気ねえな」
「hmm、そう言わずに」
ビリジアンはスプーンを出すとしっかりと握り込み、先端で缶詰の縁を擦り、缶詰を開けていく。
「へぇ、スプーンで開くもんなんだな」
「Yes、ちょっとコツと練習が必要ですけどね」
「じゃあ、グレイには無理だな、缶詰が耐えられない」
中にはシチューが一人分入っておりなんとも美味しそうな香りだった。開封された缶詰を私に渡す。
スプーンでシチューをゆっくりと口に運ぶ。
「あ、これは美味いな」
「Yes、中々でしょ? お湯に入れて温めたら直ぐ食べられます」
「便利だな、というかこれ軍人向けに商売できそうだな、野営食とかで。缶の開け方さえなんとか出来りゃいいんじゃねえか?」
「あっ」
「あっ」
二人は口を揃える。
「どうした?」
「その手があったわ……古代より兵糧は重要と言われているの。兵糧ひとつ欠かすだけで戦況が一変するとさえ言われていたわ」
「oh……盲点でした」
この二人意外とおっちょこちょいなところがあるな。だがこのシチューは美味い。
「新しい銃の設計が終わったらこっちで一儲けするかな」
「良いわねそしたらここで産業を発展させましょ、カメリアだって貴族として復帰できるし」
「だから貴族に興味ねえっての、まぁ、金あって男前で性格がいい男がいりゃ戻ってもいいんだがな」
「そんなの私だって欲しいわよ」
「Me too」
「その内、運命の人ってのに会えるよ。二人はな」
「あら、カメリアだってチャンスあるんじゃない?」
「だといいな」
「あるわよきっと」
「Me too」
ビリジアンは機械的に同じ言葉を繰り返している。
「はいはい、おだてても何も出てきやしねえよ」
「あら、それは残念ね」
グレイは静かに笑った。
「……ソーセージは明日食った方が美味いぞ? 今食うと煙臭くてまずくはねえけど微妙なんだ。燻製が終わったあとしばらく風に晒して風味を落ち着けんだよ」
「本っっ当に残念ね! 食べたかった……グレイの料理は美味しいから!」
「おい、私は専属のコックでもなきゃ母親でもねえぞ?」
「母は料理しないわよ?」
「Me too」
「はーーー、ほんと、こういうところがお貴族様なんだよな!!」
「ちょっと何よ、貴族差別反対よ!」
「多数決なら平民優勢じゃねえか!」
皮肉を交えたやり取りでもなんだかんだ楽しいと思えるからこの二人とは相性が悪くないようだ。
「さて食料の準備も出来たし、カメリア、明日出発でいいかしら?」
グレイは私に問いかける。
「ああ、大丈夫だ」
「一応言っておくけど、一度ここを出発したら数ヶ月、下手したら数年はここに戻ってこれないかもしれないわよ?」
グレイは釘を刺すように言う。往復だけで二ヶ月かかる旅路を行くことになる。当然、嵐や雪などが起きれば移動そのものが危険だし、最悪は命を落とすこともある。
「大丈夫だ」
「そう、それなら大丈夫よ」
私はグレイと約束した。必ず銃を完成させると。
それの為ならどこにだって行ってやる。
「じゃあ、ここもしばらく店仕舞いだな」
「次戻った時は大金持ちかもね」
「だといい、一生遊んで暮らしてえや、腹一杯牛肉のステーキ食うのが夢なんだ」
「え、そんなのでいいの?」
「だからお貴族様なんだよ。平民は明日食う飯にも事欠いてんだよ」
「ごめんなさい、カメリアをバカにするつもりで言ったの。傷つかないで欲しいわ」
「まぁ、いいけ……グレイお前やっぱバカにしてんじゃねえか!」
「ふふ、たまには言い返しもするわよ」
「じゃあ、私も言わせてもらうぞ」
「ええ、どうぞ」
「さっきから口の周りシチューで茶色くなってんぞ」
「ブッフ!!」
ビリジアンが笑いを耐えることが出来ず飲みかけの水を吹き出す。
「あっ! ビリジアンが笑ったわ!」
「うそ、ホントじゃねえか!」
毒々しいほど美しい紫の瞳が一層に細くなり、口角は今まで見たことが無いくらいつり上げられていた。
その表情は誰が見ても、可愛いと思うだろう。
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