試作20号「ビリジアン・ローゼンタール」

 

 走れ走れ走れ――。

 

 後ろから何かの声が聞こえる。殺せとか捕まえろとか射貫けとかそう言う声だ。このまま真っ直ぐ走っても弓矢の餌食になる。

 私は近くにあった店に入る。看板を見る余裕は無かった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「いらっしゃいませ、おひとり様でしょうか?」


 スペンサー服の綺麗な身なりの男が声をかける。


「す、すみません。ちょっと外が騒がしくて……」


 男はそっと扉を少し開けて様子を伺う。


「あー、上物の麻薬を積んだ馬車の方でしたか、もう暗黒街で噂はもちきりですよ」


 男は淡々と丁寧な口調でいう。


「どうして、まだここに来てそんなに経っていないのに」

「30分あれば充分ですよ。さて奥へどうぞ、騒ぎが収まったら外に出るといい」


 男は親切だった。グレイの言葉を思い出す。田舎者はカモにされると。


「私、馬車から落ちて、今お金になるようなものは――」

 私はポケットを探る。一枚の金貨が出てくる。


 ビリジアンから魔除けとしてもらったコインだ。これを私は男に差し出した。

 

 

「これしかありません」


 男はコインを見ると目を細くした。


「これは受け取れません。代わりにひとつ伺ってもよろしいでしょうか?」

「何でしょうか?」

「このコインをどこで拾ったのですか?」

「拾った? いいえこれは友人からもらった物です」

「友人ですか結構です。奥へいらしてくださいお茶を出します」


 男はそう言うと私をカウンターの近くにあるテーブルに案内した。それから紅茶を出すと男は向かいに座った。

 私は落ち着いて店の中を見回す。高価そうなドレスや軍服や正礼装がズラリと並べられている。どうやらここは高級衣服を取り扱う店のようだ。

 

「改めまして私はテーラーとお呼びください」

「テーラーさん?」

「テーラーで結構です」

「テーラーどうして私を助けたのですか?」

「それはあなたがそのコインを持っていたからです」

「このコインがどうかしたのですか?」

「そのコインはローゼンタール家にゆかりのある者に渡されるコインです。ローゼンタール家がどのような家かご存じでしょうか?」

「知りません」

「そうですか。ローゼンタール家は今でこそ南部の貴族的な扱いを受けていますが、元々は裏社会、密偵の家系なのです」

「密偵?」

「他国の情報を盗んだり、必要があれば要人殺害からなんでもやるのが仕事です。今はそれらを取り仕切る顔役になっております」


「えーっと……つまりローゼンタール家は悪い事をしている?」

「このアガスティアを守るために汚れ役を買って出ている家ということになります。そのおかげで今日我々は戦火のない暮らしが送れているのです」

「そう……なんですね」

「そして私どもの大本のボスはローゼンタール家なのです。あなた様がそのコインを持ち続けている限り、この国にいる毒蛇の入れ墨を持つ者はあなた様をお守りする掟となっているのです」

「それって……必要があれば人も殺すということですか?」

 テーラーは頷いて肯定した。それから右腕を捲ってコインと全く同じ入れ墨を見せた。

 

「あの……ローゼンタール家は今も、その、人殺しを?」

「必要があれば躊躇無く、ローゼンタール家は一流の殺し屋でもあります」


 それはつまりビリジアンも人殺しっていうことだ。

 

 胸が苦しい。これは……恐怖?

 でもビリジアンは、命の恩人で友達で一緒に狩りもしたし釣りもした。あの楽しい時間、あんなに楽しかった時間、私は何も知らなかった。

 

 騙された。違う。ビリジアンは言いたくなかっただけなのかもしれない。

 

 

 ギィィ――

 


 扉が開く音が聞こえた。

 

「おや、噂をすればビリジアン様ではありませんか」

「I found it、探しました。カメリア」


 この声を私は知っている。


「ビリ……ジアン」


 私の声を聞いた瞬間、ビリジアンの縦長の瞳孔がキュッと細くなった。


「Sorry……騙すつもりは無かったのです。ただあなたを怯えさせるのが嫌で」

「いや……すまん。少し考えさせてくれ」

「Yes、ひとまずエインヘリヤルホテルへ」

「わかった」

 

「Thank you very much、テーラー助かりました」

「いえいえ、お役に立ててこの上なき幸せでございます。ビリジアン様」

 

 

 私はビリジアンと一緒にエインヘリヤルホテルへ向った。

 高価なホテルの個室に案内された私は呆然と窓から暗黒街を眺めていた。

 今は何を見ても灰色に見える。

 

 人殺し……。

 友人……。

 

 まるで振り子のようにその言葉が浮かんでは消えてを繰り返す。

 

「私は……人殺しと遊んで……」

 

 言葉が交錯する。私の頭の中はグチャグチャだ。

 

 ベッドに横になる。

 寝返りをうつ。

 

「あっ……」

 

 ボルトアクション式の銃がある。

 この銃が、アガスティアの軍事力を強化するとかそんなことを言っていたな。

 もし戦争になったら、この銃が大勢の人を殺す。

 

 そうなったら、嫌だな。

 嫌なのかな、銃が沢山売れるのに?

 

 先代も言っていた。

 

 

 

 俺がやっていたことは間違いかもしれねえってな――。

 

 

 

 師匠は一生悩んでいた。

 そっか、私は師匠からそんな悩みも受け継いじゃったのか。

 

 

 結局のところ私も――

 同じじゃ無いか。ただ直接やるかやらないかの差だけで。

 

 

「なんか、こんな簡単なことで一瞬でも悩んでたのがバカみてえだな。バカだよバカ大バカ腐れアマかよ」

 

 私は起き上がって部屋を飛び出す。

 ビリジアンの部屋をノックする。

 

「……What?」


 ビリジアンが少しだけ扉を開けて相手を見る。私とわかったらすぐに扉を完全に開けて招き入れた。

 ビリジアンはベッドに座り、私は備え付けの椅子に腰掛ける。

 

「聞いても良いか?」

「Yes」

「人を殺したことはあるのか?」

「…………Yes」


 ビリジアンは渋い顔をしたが正直に答えた。


「そっか」

「Hmm……軽蔑しますか?」

「しねえ」

「What? どうして?」

「いや、色々考えたけど、私だって軍隊向けの銃を作ってんだ。半分くらい殺人に手を貸しているようなもんだろ? 直接か間接かの違いしかねえ。そう考えるとあんまり変わらねえじゃん」

「……Yes」

「それだけじゃねえか、それにビリジアンだって殺したくて人を殺したわけじゃないだろ?」

「Unknown……私は時々、人殺しを楽しんでいるのではないかと思う時があります。それは本心なのか、それとも人殺しという重圧からの逃避なのかはわかりません」

「そっか……それは辛いのかもな。全然わからねえけど」

「Yes、あなたと私は生きる世界も価値観も違います。だから互いを理解することができない」

「そうだな、確かに私たちはお互い理解し合えるような感じじゃねえな」

「Yes、だから――」

 

 

「いちいちうるせえ! 理解が無きゃ友達じゃねえのかよ! くだらねえ! くだらねえよ! いいじゃねえか一緒に狩りに行ったり釣りに行ったりしてさ、それが楽しい。それでいいじゃねえか! 頭が固いんだよバーカバーカ!!」

 

 ビリジアンは呆気にとられて私を見ていた。

 

「……But」

 

「うるせえ! 私は私の気分が良いようにテメェと絡む! テメェはテメェの気分がいいように私に絡めばそれで良い! なんで細かい理屈をこねくり回してんだバッカじゃねえの!?」

 

「……That's right」

「だろ?」

「That's right」

「二回も言うなよ」


 ビリジアンは肩の荷が下りたように清々しい顔をしていた。最初会った頃より表情も随分豊かになった。

 

 

「My friend、聞いてもいいですか?」

「なんだよ改まって?」

「Hmm……あなたが銃を作る意義は?」

 

「そんなん決まってんだろ、楽しいからだ。死ぬほど好きなんだよ銃がさ」

 

 それから私は更に言葉を付け足す。

 

「あと私が作った銃を使う戦争が起きたときさ、私の銃を使っていたやつらが生きて帰って来られたら、最高に気分がいいじゃねえか」

 

 私はニッコリと笑う。

 

「You my best friend」

 

 

 

 

 

「ビリジアンー!」


 ドアを意気揚々と開けてグレイが入ってくる。


「うわ、びっくりした」

「あらカメリア丁度良いところに、ここ大浴場があるから今からいかない? ブラックも廊下で待っているけど?」


 ビリジアンは頷いた。

 

「じゃ、行くか」

 

 

 

 

 ブラックと合流して私たちは大浴場へ向った。脱衣所で服を脱いで、大浴場にむかう。

 ピカピカに磨かれた花崗岩が一面に敷かれており、清潔感がある。暗黒街のあの雰囲気からは想像できない程だ。

 

「はぁー」

「おぉー」

「Ohー」

「かぁー」

 

 頭の先まで浸かれる風呂に入るのは初めてだ。


「いやはや、暗黒街も存外悪くないものだ」


 ブラックがお湯を堪能しながら呟く。


「毒矢は勘弁して欲しいけどな」

「No problem……先ほどローゼンタール一派に根回しをしておきました。今頃私たちを襲撃した者は捕まったと思います」

「流石暗殺から窃盗までやる裏社会の貴族ね……」

「まさかあのローゼンタールにご助力頂けるとは思わなかったよ……」

 

 ん? ちょっと待て。どういうことだ?

 

「グレイ聞きたいんだが、ローゼンタールがそういう家柄って知ってたのか?」

「知っているも何も有名な話よ」

「そうだとも、グレイの言うとおり貴族じゃ常識みたいなところだな」

 

「Wait、グレイ様私の素性をカメリアに伏せていたのはカメリアにいらぬ疑念と不安を与えないようにするためだったのでは無いですか?」

「んー? あれ? カメリアに言ってなかったかしら?」

 

 

「はぁーーーーーー?」

「F**k! F**k! F**k!!」

 

「なにをそんなに怒っているの?」

 

「おいグレイテメェ! そう言う事は最初から言えよ! バーカ!」

「F**k you!!」

「え? ええ?」

 

 グレイがちゃんと説明していれば私とビリジアンがやきもきすることはなかったと考えると無性に腹が立ってきた。それはビリジアンも同様だ。

 

「ビリジアン、なんか色々すまなかった!」

「Don't worry、全てあの|銀髪女≪シルバーバック≫が悪いのです」

「だからさっきから何なのよ!」


 私とビリジアンはしばらく罵詈雑言をグレイに浴びせてストレスを解消する。

 

 

 

 

 

 ようやく落ち着きを取り戻した私はまったりとお湯を堪能する。


「…………あれ?」


 私はついまじまじと三人を見る。

 

 右からブラック、グレイ、ビリジアン……みんなご立派なものをお持ちなようであまりの大きさにお湯で浮いてのですが! 何がとは言わないけど! 言わないけど!

 

「あれ、ビリジアン……前見たときより胸大きくないか?」

「Hmm……私、すごく着痩せするのですよ」


 いやその着痩せはおかしい、色々おかしい、絶対に認めない。というか許さない。仲間だと思っていたのに! こんな裏切りあるのかよ!

 

 

 右から超特盛り、特盛り、大盛り、そして辛うじての小盛り。

 

 

「まだ私15歳! 成長中なんだぁ! 負けないんだぁ!」

 

 

 何だか、今日は良いのか悪いのかサッパリわからない一日だった。

 ただ、まぁ、ビリジアンと仲良くなれたしよしとするか。最後の最後で袂を分かちそうになったけど。

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