試作19号「暗黒街へようこそ」
荷馬車に食料や衣類など必要なものを詰め込む。夜明け同時に出立するから眠い目を擦りながら積み荷を運ぶ。
ブラックが用意した荷馬車は四頭立てでしかも屋根付きだ。その上荷物を置いた状態でも四人が足を伸ばして寝られるほど大きなものだ。
「こんなに大きくて目立たないのか?」
「最初は二頭立てを二つ用意する方がよいと思ったが、警備の面でこっちを採用した。目立つことは目立つが、暗黒街を抜けても旅は続くということを忘れないで欲しい」
「暗黒街ルートを選んだ時点でどの選択をしても良い選択と言うことはないの。あるのは最悪を踏まない事と最悪が起きないことを祈る事よ。そうよねビリジアン」
「Yes、基本的に息を潜めていれば問題ないでしょう。とりあえずエインヘリヤルホテルにさえ入れれば安全は担保されます」
「エインヘリヤルホテル?」
「Hmm……暗黒街でも手を出していけない場所のひとつです。そこにたどり着ければ身の保証はされます。万が一問題が発生したらエインヘリヤルホテルに駆け込んで下さい」
しかし、どうしてビリジアンは犯罪者の巣窟である暗黒街に詳しいのだろうか。ローゼンタール家が犯罪者を取り締まる家柄とかそういうのだろうか。
色々と疑問が残るが、詮索はやめておこう。それより先に積み荷を乗せる作業がある。いくらグレイの怪力があっても四人分となれば時間はかかる。
「食料、金品、それに麻薬と……これだけあれば充分だろう」
「なあ、麻薬が必要なのか?」
「勿論。普通なら純然たる違法だがな」
ブラックは満面の笑みで誇らしげに言う。
「安心してカメリア、ブラックは麻薬の所持と販売を特例で許可されている人間なの」
「その通り、私は特別なのだよ」
「んで、麻薬を暗黒街に横流しか」
「ちゃんと用法用量の説明はする。こちらは義務をキッチリとつけている。あとは使用者がどう使うか次第だ。薬に罪は無いのだよ。いつだってそれを悪用する者がいる。それだけなのさ」
最もらしいことを言っているがブラックは私たちを守るために多少手を汚すことになっても割り切っている。結局、悪といくら言ったところでその行いに私たちは助けられる。
善悪って何だろうな。
「はい、それじゃ出発するわよ!」
馬車に乗り込んでビリジアンが手綱を握り、私たちの旅は始まった。
馬車は四頭立てということもあり以前より速く移動した。私はビリジアンの隣で景色を眺めたり荷馬車の中で足を伸ばして休んだり自由に行動していた。
日が昇れば馬を走らせ、日没と共に野営をした。すっかり景色は冬に染まり、雪がうっすらと地面に化粧を施していた。
おおよそ一週間で王都の城壁が現われた。その外周を少し回って暗黒街東門をくぐる。
「止まれ!」
衛兵の声と共にビリジアンが馬を止める。
「何か?」
ビリジアンが珍しく南部訛りを抑えて衛兵と会話を始める。
「荷物を改めさせてもらう」
「少しお待ちを」
ブラックが布の袋を渡す。ビリジアンはそれを受け取ると衛兵に渡す。
「……これは?」
「用法用量は正しくお使いください。詳しい説明は必要でしょうか?」
「問題ない。通れ」
男は悪い笑みをこぼしていた。これが現実か。
ビリジアンは手綱で馬を叩き前に走らせた。
「やはり王都まで来ると麻薬の価値が跳ね上がるようだ。これなら当面薬で取引できそうだ」
ブラックも悪い顔をしている。仲間なのに気持ち悪いくらい悪役面が似合うな。
「But、警戒は怠らないでください。薬があるということがバレているわけです。狙ってくる輩がいてもおかしくありません」
ビリジアンはいつになく冷たい表情だ。気を張り詰めているのがよくわかった。
「Damn it……カメリア、荷馬車へ」
私が荷馬車の方へ移動した瞬間、私の頭上を何かが通り過ぎた。
「えっ――」
振り返った私の眼前には鋭利な石が付いたものがあった。
「弓矢……?」
「Welcome、ようこそ暗黒街へ」
私が驚いたのはまず、いきなり矢が飛んできたこと。そしてもうひとつは私の頭に当たるはずだった矢をビリジアンが掴んで止めていることだ。
「Wow、毒矢ですね。危なかった」
ビリジアンは矢を放り投げて馬を走らせている。更には口笛を吹いて余裕を見せている。
「なぁ、ビリジアンって何者なんだよ」
「ただの女子よ?」
グレイは自慢げに言う。飛んできた矢を掴むただの女子がいるわけない。と思ったがよくよく考えたらグリズリーと素手でやり合える女が連れてきた友人だから別に不思議ではないか。
「いやおかしいだろ!」
「カメリア」
ブラックはビリジアンを指差す。そうかビリジアンも異世界の民と繋がりがある人間なのか。それにしてもすごい反応速度だ。
「エインヘリヤルホテルまであとどのくらいだ?」
「Hmm……見えてはいますが、まだまだ遠いです。曲がります。邪魔が多すぎます」
ビリジアンは手綱を自在に操り、庭のように馬を走らせている。
「しかし、こんなに手厚いおもてなしとは思わなかったよ」
「一体何でかしら……」
「カメリア、実は君悪人を射殺する趣味とかあるのかい?」
「あるわけねえだろバーカ! そもそも王都に来るのはこれが初めてだっつうの!」
「冗談さ冗談。あそこで麻薬を渡したのがいけなかったのかね?」
「ピンと来ねえな」
「あっ! ブラック、あなたの作った麻薬ってどのぐらいの代物かしら?」
「なんてことはないタダのモルヒネだ。混ぜ物なんてしていない正真正銘のモルヒネだ!」
「それよ! 純度高すぎだからよ!」
「それはどういうことだい?」
「ブラック……ひょっとしてだけどそのモルヒネの純度を再現できる人間って……?」
「そんなものこの私一人だろうな! 他の化学者と一緒にされては困るな全く」
「おい、それじゃこれって最高級品ってことかよ。そりゃ金になるな!」
「……ふむ、つまり私が原因か、これは失敬した」
「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ!」
「まぁ過ぎたことを言ってもしょうがない、今後どうするか考えようじゃ無いか」
「Caution! この先揺れます! 舌を噛まないでください!」
ビリジアンがそう言った瞬間、馬車が一瞬宙に浮いたような感じになった。
「ぐわっ」
「ぐわっ」
「ぐわっ」
「おい、今床下から声を聞こえたぞ! まさか轢いちまったのか?」
「カメリア、落ち着いて。今のはたぶんカエルよカエル、ゲロゲロゲロぐわっぐわっぐわっとか言うじゃない」
「そうだとも南部には牛の声に似たカエルがいると聞いたことがあるな。食べると美味いらしい」
「こんなカラッカラの真冬にカエルがいるわけねえだろ! しかも三匹も! 三人だろどう考えても」
グレイが私の両肩を掴む。
「カメリア、カエルだった。いいわね?」
「あ、はい」
「Great、もう少しでエインヘリヤルホテルです。お怪我はありませんか?」
「若干一名、心に傷を負った者がいるだけだ」
ブラックが冗談交じりに言う。
「Good」
私は安堵した瞬間、荷台後部に手が掛かっているのを見つけてしまった。太い男の腕だ。息を飲んだ瞬間、ギラリと光る物が見えた。
咄嗟に私は不安定な荷台を立ち上がって男の腕を蹴り上げる。
その拍子に男は私の足を掴んだ。
その後の記憶は曖昧だ。
気付いたら地面に寝そべっていた。どのくらい時間が経ったのだろうか。おそらく数分だろう。
幸いどこも怪我をしていなかったが、立ち上がり周りをよく見ると。
今まで見たことがないくらいの人がそこにいた。中には武器を持っている人間も見受けられた。
エインヘリヤルホテルまでおおよそ1マイル、全力で私が走っても10分はかかる。
視線が酷く私の背中に刺さる。
人さらいかそれとも変態趣味か、どうでもいいがとにかく捕まりたくない。
だから私は走るより他ならなかった。
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