試作18号「イトウに挑め」
私とビリジアンは夜明け前に川へ集合した。周到に用意されたボートをこぎ出し、川の比較的流れの緩やかな場所に錨を降ろした。
木の板に巻き付けた糸を出し、拳よりも大きな魚の切り身をこれまた大きな針にくくりつける。
今回は竿を使わない釣り方で獲物を狙う。巨大な魚は糸を引っ張る力が強烈で生半可な竿では簡単にへし折れてしまうからだ。
「釣れそうか?」
「Hmm……まだ朝マズメではありません。魚の活性も低いと思います」
朝マズメとは夜明けから日の出まで前後の時間だ。この時間は魚も朝飯前で腹を空かしている。だからよく釣れるというわけだ。
しばらく糸をたるませたり引いたりして餌の切り身を生きているように見せかける。
「Wow……アタリが来ました」
アタリが来たと言うことは魚が餌を小突いて反応してきたということだ。
「ボチボチ魚も動き出したか」
「Wait……まだ遊んでいます……Wait……頭を振っている……Now!」
ビリジアンが糸をグッと引っ張りフッキングさせる。彼女の腕が勢いよく水底に引き釣り込まれる。
「ヒットか?」
ビリジアンの糸と私が垂らしている糸が絡まらないように自分の仕掛けを引き上げる。タモ網を構えてビリジアンが魚を引き揚げるのを待つ。
「Great!! Great!! Great!!」
「大きいか?」
「No! せいぜい2フィートでしょう!」
糸を少しずつ手繰り寄せていく。腕をしなやかに動かして糸が切れないように取り回す。
バシャバシャッ――と魚が水面に顔を出す。ビリジアンはここぞとばかりに糸を張り、魚の頭を水面から出したままにする。
徐々に魚を弱らせるとスルスルと糸を寄せる。こうなればこっちのものだ。タモ網に魚を入れるとボートに乗っける。
「ナイスファイト」
「Thank you」
釣れた魚は2フィート(約60cm)くらいのレインボートラウトだ。これでもかなりの大物だが、夢の2ヤードには到底及ばない
「私も負けてられないな」
「Good luck」
私は釣り糸を垂らして魚を狙う。釣れた魚がいるとこの川には魚がいると思えて気持ちが昂ぶる。
コンコンッと糸がノックするように引っ張られる。アタリが来た証拠だ。
完全に餌を飲み込むまで少し間を空ける。
五つ数えてから私は一気に糸を引っ張る。
「ヒット! っしゃあ! 勝負しようや!」
糸が暴れる。水中に引きずり込まれそうだ。手に糸が食い込んで痛むし糸を引っ張られて摩擦で熱い。
それでも糸を放さず、私はまだ見えない魚と一騎打ちする。
「オラァッ! とっとと顔見せやがれ! 魚野郎ゥ!」
少しずつ糸を手繰り寄せて魚影がチラリと見え始める。
「Wow! かなり大物です。私が釣った奴の方が大きいけど」
「一言! 余計! だ!」
船の近くまで魚を手繰り寄せると、ビリジアンがタモ網で魚をボートに引き上げる。
「よっしゃあああ!! サイズは!?」
ビリジアンが釣った魚と私が釣った魚を比べる。
「Oh my God!! 私のより2インチほど大きい」
「っしゃあ! まずは私の勝ち!」
「One more!! 負けません!」
ビリジアンは負けじと釣り針を川に投げ込む。
「そう来なくっちゃ張り合いがねえ!!」
私も餌を付けた釣り針を放り投げる。
「It's pleasant」
「ん? 今なんて言った?」
私は釣りに集中するあまり、ビリジアンの言葉をうまく聞き取ることが出来なかった。
「Next、私がイトウを釣って格の違いをご理解頂きます!」
「じゃあ勝負しようや!」
「Bring it on!」
私とビリジアンは一進一退と言わんばかりに魚を釣り上げた。ビリジアンが魚を釣れば今度は私が二回連続でヒットさせる。そしたら負けじとビリジアン二度釣るというような勝負が繰り広げられた。
しかし釣れるのはレインボートラウトやマッキノーと言った本命の魚ではない。
食料確保という点では充分かもしれないし、魚を干したり塩漬けにすることを考えるならそろそろ引き上げるべきなのだが、楽しいが勝ってしまった。
勝負は昼頃になるまで続き、そして終止符が打たれた。
「ぐぬあっ! 重っ!!」
「No way!!」
私とビリジアン、二人にヒットした。
「なぁ! これデカくねえか!」
「Finally came!! 私のはイトウでしょうね!」
「何バカなこと言ってんだ! こっちが本命に決まってんだろ!」
腕が千切れそうな程糸が引っ張られる。何度もボートから身体を乗り出しそうになっては綱引きみたいに身体全体で糸を引く。
「負けねえ! 過去最高記録間違いなしだ! 姿を見せやがれ! 魚野郎が!」
その瞬間、水面が大きく波打って巨大魚が顔を出した。
私をかじれそうなほど巨大な頭が姿を現した。しかもその口には二つの釣り針が刺さっていた。
「Oh! カメリアここは私に譲って下さい!」
「はっ! そっちが針を外せや! まぁ言わなくても勝手に外れちまうか?」
「Wow! その言葉そっくりそのままお返しします!」
軽口を叩きながら30分ほどの格闘の末、私とビリジアンは巨大魚をボートに括り漬けることに成功した。
「いよっしゃあ!」
「I did it!! やりましたねカメリア我々の勝利です!」
こうして私とカメリアは釣りを終えて、家に大量の魚を持ち帰った。
燻製に干物、塩漬けにコンフィに酢漬けと様々な保存食に加工した。
イトウは1.9ヤード(1.8m)で重さは77ポンド(約35kg)というかつて無いほどデカい大物だった。
そんなことがあって私はじんじんと痛む手があの時の興奮を再燃させてなかなか寝付くことが出来なかった。
まどろみに意識を預ける寸前に、ふと食料品を購入する方が手っ取り早かったなと思った。
だけどそれは――。
無粋の極だ。
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