試作17号「ルート選定」

 

 私たちはダイニングに集合し、テーブルの上に地図を広げて頭を悩ませていた。


「西部に行くまでのルート、どうしようかしら」

「北部経由は雪に閉ざされてアウト、中央の王都経由は暗殺事件で検問が厳しくてアウト、南部経由は……論外だろう」

「南部ってそんなに危険な場所なのか?」

「Yes、素人が安易に来ては行けない場所です。簡単に死にます」


 ビリジアンはいつになく真面目に言った。南部出身の彼女が言うのだから間違い無いだろう。


「まだ秋だ雪はそこまで酷いことにならないのではないだろうか?」


 ブラックが私に質問する。


「北部は今日馬を走らせても、吹雪く頃にぶち当たると思うぞ。しかも今年は大雪だそうだ」

「となると、王都が妥当になるな」

「王都は暗殺騒動で混乱が冷めない」

「王都をぐるりと迂回するルートはダメなのか?」


 私の言葉にグレイはあまりいい顔をしなかった。


「周辺も警備が厳重でうろちょろしていると変な言いがかりをつけられて連行されると思うわ。それなら検問を通る方がロスは少ないわ」

「Proposal、最速のルートでよいのでしたら暗黒街を通るのはどうでしょうか?」

「暗黒街か……確かにあそこの検問は簡単に通ることが出来るな」

「暗黒街……ビリジアン、あなた案内できるの?」

「Leave it to me、暗黒街に知り合いが何人かいます」

「じゃあ、暗黒街ルートを使おうじゃないか、ヘロインが必要なら言ってくれたまえ」

 

 

「なぁ、悪いんだけどさ……暗黒街ってなんだ?」

 

 

 私以外の全員がはっとしたような表情をした後、頭を抱え始めた。

 

「Oh……カメリアは王都に行ったことがないことを失念していました」

「すっかり私も忘れていたわ」

「暗黒街というのは平民の中でも無法者が集う区画のことだ。強盗、殺人、恫喝なんでもありの最悪の街だ。おそらくアガスティア南部を除いた場所で最も危険な場所のひとつだろう。東部も麻薬のせいでだいぶ治安が悪くなっているがここの比ではないな」


 逆に南部ってどんだけ危険なところなんだよ。


「なんとなくわかった。でも何で暗黒街を使うんだ?」

「暗黒街はその独自なルールから検問も余所とは違う。金で衛兵を買収すれば簡単に通れるということだ」

「うわ、腐敗してんな、お貴族様の力で潰した方が良いんじゃねえか?」

「そうもいかないのよ、暗黒街があるからこそ王都の治安が維持されている側面もあるの」

「そういうものなのか?」

「そういうものよ。それで一番困っているのはカメリアなのよ?」

「え、なんで?」

「あなたは王都に一度も来たことが無い。はっきり言うと田舎者臭が隠せなくて……悪い人たちにね……」

「カモにされると?」


 グレイは頷く。それに関して私は何も言えない。つい最近北部を出たばかりだし。

 

「それにしても、王都初心者がよりにもよって暗黒街か……ただでさえ迷路のような場所だというのに」

「Not to worry、私にお任せ下さい。何かあっても対処してみせます」

 何かある前提なのか。私の信用が無いのか、それともそんなに危険な場所なのか。

 

「現状出しているルートで一番生存できそうなのは暗黒街で間違い無いだろう。もしくは春先まで待つか」

「Hmm……ここから西部まで片道3ヶ月、クラレント魔法国の代表査察が来るのが夏、銃の量産などを考えると春まで待つのはスケジュールとして無理でしょう。私は暗黒街ルートがいいと思います」

「仕方ありません。暗黒街ルートにしましょう。何かご意見はございますか?」


 グレイが決めた方針に誰も異議はなかった。

 

 

「次は色々な課題についてね食料とか移動方法とかそのあたりね。今回からブラックが追加メンバーに加わった。そのあたりも加味しないといけないわね」

「光合成できれば私も迷惑にならないのだがね」


 光合成って何だろう。グレイならわかるのかもしれない。


「迷惑ではないわ。でも必要なものが増えたのは事実ね……」


 グレイも光合成には一切触れない。光合成とは一体?


「いやはや、すまないな」

「いいのよ、私は気にしないわ」


「それはありがたい。ついでの提案なのだが荷物を運ぶ馬も馬車を引くのに向いた大型の馬するべきでは? 今使っている中型の馬では流石に荷が重いだろう」

「うっ……確かにブラックの言う通りね。今までより荷物も増えることですし」

「馬と馬車についてはヴェルヴェット家にあるのを持って行こう。金もかからないし下手なところで買うより上等だ」

「Not smart、馬はまだしも馬車は家紋付いています、暗黒街でそんなものを乗り回してしまうとかえって怪しまれます」

「失念していた……ビリジアンの言うとおりだ」

「じゃあ、馬だけパクるとして馬車は購入か」

「任せたまえ、永久的に借りられそうなあてはまだある」

「ではブラックは馬と馬車の調達をお願いするわ。カメリアとビリジアンは食料をお願いするわ」


 私とビリジアンは頷いた。

 

「グレイは何をするんだ?」

「私は、王都へ根回しの為にこれから沢山の手紙を書くわ」

「根回し?」

「わかりやすく言えば、色んな貴族にちょっとずつお小遣いをせびるわ」

「なんでそんなことを?」

「暗黒街の検問を手早く終わらせるためよ」

「なるほどな」

「それに公爵にいい顔をしたい連中も山ほどいるのだからここで小さな恩を売らせてあげるの」

「それなら実家に直接言えば良いんじゃね?」

「そうしたいのだけれど、私は家出している身なのよ」

「そう言えば、そうだったな……」

「たまには、下級貴族に愛想よくしておかないとね」


 グレイはそう言ってウインクする。お小遣いの催促で愛想が良く思われるとは到底考えられない。それは私が平民社会に慣れすぎたからだろうか。


「お貴族様も大変だな」

「ここにいる者でまともな貴族は私だけですわよ」


 言われてみれば、確かに私は一家消滅で没落、ビリジアンは特別に公爵相当の権力を有している。ブラックは殺人の冤罪で追放。よりどりみどりの曰く付き女たちだ。

 

「さて、私は馬と馬車の調達に行くが、食料組はどうするのだね?」

「Hmm……この辺りで狩りを出来るところはありますか?」

「この辺りで狩りの文化はそんなに無いな。家畜を守るためのウルフハントがある程度だ。もっぱら川魚を狙う方が良いだろう。ここから更に北上すると大きな湖がある漁師も多いから魚を分けて貰えるかもしれない」

「Good、その湖ではどのぐらいのサイズのものが釣れますか?」

「釣るとなると、せいぜい大きくても1ヤードのパイクかキャットフィッシュくらいだろう」


 私が釣ったことあるパイクでも1フィートそこそこだ。それを超えるのがいるのか。


「Hmm……どうせならもっと大きい魚を釣ってみたいですね」

「大きいか……それならイトウが良いだろう。直ぐそこの川で釣れる」


 水車小屋の用水路に水を引いているおおもとの川の事だろう。川幅は80ヤードくらいで巨大魚がいてもおかしくはない。


「Wow! イトウは一度釣ってみたい魚です! 丁度良いです!」


 普通に1ヤードの魚となると取れる肉の量もかなりある。何十匹か釣れば充分で、あえて大物を狙う必要はないはずだ。


「いや、ここは安定を求めて普通にキャットフィッシュとパイクにしない?」


 ビリジアンにさとすように言い聞かせる。

 

 

「イトウは大きいものだと2ヤードに達するとか、何よりも重さは200ポンドに達する」


 ブラックが放った言葉が私とビリジアンを川に駆り立てた。

 

「よし、イトウを釣りに行こうビリジアン」


 大物釣りのロマンには勝てなかった。だってしょうがないじゃないか、2ヤードの魚なんて滅多にチャレンジできるものじゃないんだ。釣り人なら一度は夢に見るはずだ。自分の身体よりも大きな魚を釣ってみたいと。


「Good、決まりです。早速準備しましょう」

「よっしゃあやってやるか!」


 私たちは意気揚々と釣りの準備を始めた。

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