試作16号「次の課題」

 

 翌朝、私は朝食の準備を始める。皆で食事をした後に試作品のテストを行う予定だ。

 気合い十分な私は朝食もいつもよりちょっと豪華にする。

 

「Good morning」


 ビリジアンが身支度を終えた状態でダイニングにやって来る。


「おはよ、早いな」

「There too、お手伝いします。流石に一人でやらせるわけにはいきません」

「そっか、じゃあそこにある野菜を洗ってくれ」

「Understood」


 ビリジアンは手際よく野菜を洗い始める。

 

 こうやって二人で料理するのは懐かしい。まだキッチンナイフを握り始めたばかりの頃は先代と一緒に料理をしていた。


「Hmm、カメリア、何を笑っているのですか?」

「なんでもねえよ」


 朝食のメニューはチーズを巻いたオムレツにホットミルク、昨日のパストラミを乗せたトーストにピクルスを添えたものだ。

 

 配膳の時に漂う匂いに釣られてグレイが起きてくる。だいぶ疲れが溜まっているのかまだうとうとしている。

 ブラックは地下にいるか、部屋で寝ているかで寝起きが変わる。ちなみに部屋の方が寝起きは悪い。

 地下の階段を覗き込むと明かりが漏れているので今回は地下のようだ。階段を降りてブラックを訪ねる。


「おはよう、朝だよ」

「ふむ、もう朝か、時間はあっという間だ」

「で、今回は何してるの?」

「以前作ったニトログリセリンを色々改良して安定させてみた」

「おー、やるじゃねえか」

「その結果衝撃では全く爆発しなくなった」

「意味ねえじゃねえか!」

「だが、火薬としては十分な機能を果たせている。何よりブラックパウダーより煙が圧倒的に少ない。雷酸水銀と合わて使う選択肢がある」

「でも雷酸水銀だけでよくないか?」


 ブラックは何か引っ掛かったような顔を一瞬だけした。


「まぁせっかくの試作だ。色々作っても問題ないだろう」


 ブラックの言うことは最もだな。こうやって熱心に研究してくれるのは感謝するし、私も負けていられないな。


「さて朝食が冷めないうちに頂くとしよう」

 

 

 

 

 朝食を終えて、全員が外に出て試作品の実機テストをチェックする。


「まず、ブラックと研究したことで従来の先込めのフリントロック方式を止めて新方式を開発しました」

「どんなものなの?」


 グレイが首を傾げる。


「火薬と弾を金属の円筒、薬莢に詰めて一体型とする方式だ。これではフリントがいくら頑張っても火を付けることが出来せん。だから雷管と呼ばれるものをこの薬莢底部に付ける。この雷管の中身は衝撃で爆発する火薬がセットされてて、それを銃が押し込むことで起爆、そして薬莢内の火薬を燃やす。この一連動作をスムーズに行えるように銃も改良した。この新方式をボルトアクション方式と命名しました」


 私が一通りの説明をするとグレイたちはゆっくりよく聞いてから頷いていた。


「なるほど、じゃあ実際に撃ってみてもらってもよいでしょうか?」


 私は頷いて、ボルトを半回転させ薬室を開き、ボルトをそのまま後ろに引く、雷管を打ち付ける撃針が後ろに後退する撃針はスプリングによって元に戻ろうとする力を溜め、トリガーを引くことで撃針が解放される。

 

 銃に弾をセットする。ボルトを押し込んで定位置に戻す。

 

 銃口が向く10ヤード先に案山子を立てる。ゆっくりと銃を構えて狙いを付ける。

 

 トリガーを引くと肩に軽い衝撃が走る。

 

 弾は豆鉄砲のように飛び7~8ヤードほど飛翔し地面に落ちてしまった。


「おかしいな……?」

「テスト用に威力を弱めているのかしら?」


 グレイは小首を傾げた。これでは皮膚すら貫通できない。


「いや、充分な量を入れている……はずなんだ。不発だったかもしれない。もう一発いいか?」

「いいわよ」


 私は新しい弾を再装填して射撃の準備をする。 

 トリガーを引いて案山子に弾を飛ばす。

 

 だが結果は先ほど同じで弾の飛距離が驚くほど短くなっていた。

 

「なんで……どうして……」

「少しいいだろうか?」


 ブラックが薬莢に入っている雷酸水銀を出してみる。それから少し考えをまとめるためか黙考する。


「ブラック……?」

「原因がわかった」

「原因はなんだったのかしら?」


 グレイが尋ねた。


「雷酸水銀だけだと火薬として反応速度が……火薬が燃え尽きるまでの速度が速すぎるようだ。本来なら薬莢内部の火薬がゆっくりと燃えて圧力が溜まるのに対し、雷酸水銀だけでは圧力が一気に限界まで上がってしまう。これでは十分なエネルギーが弾に加わる前に銃口から飛び出して威力が弱くなってしまう。解決策としてもっと燃焼の遅い火薬を使えばよいと判断する」

「わかったわ、その火薬を開発するまでテストは延期かしら?」

「心配には及ばないさ、こんなこともあろうかと既に作成済みだ。いや、まさか念には念をと思って作っていたのを使うことになるとは思いもしなかったよ」


 ブラックは私を見てウインクする。彼女は徹夜で火薬を作っていた。こうなることを予期していたということだ。

 同時に私の意志を尊重して、あえて雷酸水銀だけの弾を作っていたのも見ていたのだ。銃職人として悔しいけどブラックに助けられた。

 

 ブラックが今朝開発したばかりの火薬を持ってくる。私は器具を使って薬莢に火薬を詰め直す。

 

「私の推測が正しければこれで良いはずだ」

 

 私は新たな弾丸を装填し直し、銃を構える。

 

 今度は問題なく弾丸が発射し、案山子に命中する。

 直ぐにボルトを後退させて空になった薬莢を排出、直ぐに弾を薬室に再度装填、発射を繰り返す。

 

 ものの60秒で10発も射撃を成功させる。


「素晴らしいじゃない!」

「Perfect!」

 

 11回目の射撃を行うべくボルトを後退させた瞬間、銃本体から嫌な音がした。

 撃針が後退したまま戻らなくなった。おそらく撃針を保持するスプリングが故障したのだ。

 

「あれ……そんな……」


 弾の威力に銃本体が耐えられないのだ。


「本体に課題がありそうね……10発でダメになるのはいただけないわ」


 これにはグレイも少しガッカリしていた。


「グレイ……ごめん……」

「いいのよ、むしろここまで形に出来たことを褒めてあげる」

「まだ改良できるところが沢山あるはずだ。例えば材質とか加工方法とかを試行錯誤して……」

「だが、ここイーストサイドは産業として金属加工に明るくないのだよ。薬や農業ならアガスティア随一なのだが」


 ブラックの言うことはもっともだ。


「じゃあ、どうしたら……」

 

「なぁ、グレイ一つ提案があるのだが良いだろうか?」

「だいたい予想はついているのだけど聞きましょう」

「ヴァーミリオンを頼るのはどうだろうか」

「奇遇ねブラック、私も同じ事を考えていたの。やりたくは……ないけど」

「ヴァーミリオン? なんか聞いたことあるような……?」

「以前学園時代の話をしただろう、ヴァーミリオンは私とグレイの同級生だ」

「超絶技巧のヴァーミリオン、またの名はその宝石のような朱色の灼眼から灼銅令嬢」


 あー、わかったぞ、わかってしまったぞ、このグレイとブラックの同級生ということは奇人変人の類いだ。

 

 

「どうする、カメリア?」

 

 グレイの問いかけに対し、私は即答した。

 

「今すぐ会いに行こう!」

 

 答えは二つに一つしかなかった。

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