試作15号「芳しくない帰還」

 

 

 ブラックは墓で泣きわめいた後はいつも通りに戻っていた。


「君には助けられた」


 ブラックは呟く。静かな帰り道の馬車で彼女の言葉はよく聞こえた。


「胸は痛む?」

「いや……もう痛むことはないだろう」

「やっぱり喪失の痛みだったのか?」

「少し違うな、痛みは墓にいけなかったことじゃない」

「どういうことだ?」

「ただの孤独さ」

「いや普通そこは亡くした恋人との再会だろ」

「あそこにあるのはただの石だ」

「よく言うな」

「恥ずかしながら」

「しっかし、孤独って……」

「存外バカにできないものであるな」

「そうだな」

「あれだけ煩わしかった繋がりが自分に足りない最後のピース、皮肉なものだ」

「ん? でも孤独が原因で胸が痛んで、今は治っている……エドワードは死んでいるし……どういうことだ?」


 ブラックは私の頭をワシャワシャと撫でた。

 

「はぁ? 私!?」

「そうだ。この数日私は満たされていた。漠然と己の知識欲を貪るただの獣から目的に対し近づくという人間になれた。感謝している」

「……そりゃ、どうも」


 ちょっと恥ずかしいな。あけすけに言わないで欲しい。

 

「ところで夕食は何を作ってくれる?」

「パストラミサンド、薄切りのパストラミを山盛り詰め込んだサンドイッチ」

「パストラミサンドか……」

「嫌いだった?」

「いや、なに、恩師も時々食べていたのを思い出しただけだ」


 ブラックは懐かしそうに笑っている。


「恩師か……そういや師匠もパストラミサンド食ってたな、これぞアメリカ! って叫びながら」

「カメリア君は今、アメリカと言ったか?」


 私は頷いて話を続ける。


「師匠の故郷だって、アメリカのユタ州オクデンとか言ってたっけ?」

「こんなこともあるものだな、恩師のアレキサンダー先生はアメリカのカリフォルニア州ラファイエットで暮らしていた」

「そうだったのか、私もアメリカに一度でいいから行ってみたい。アガスティアからどのくらい離れているんだろうな」

「……カメリア残念だがアメリカはこの世界には存在しない国だ」

「え、どういうこと?」

「魔法だ。彼ら彼女らはクラレント魔法国で行われている魔法によってこの世界に召喚された人間だ」

「魔法で?」

「そうだ。だから彼らはここでは故郷無き異世界の民たちだ」

「何でそんなことをクラレントはやっているんだ?」

「単純さ、軍備の補強、異世界の民は神の祝福を受けているとかで類い希なる才覚を持った者が多く排出される。それを利用して兵隊を作り上げるんだ」

「そっか……師匠も……それで」

「だがクラレントはあくまで軍備の増強、強い魔力力を持った者しか厚遇しない。そのやり方にそぐわない者、魔法を扱うための力である魔力を持っていない者は国から追い出される」

「そんなことがあったのか」

「そうだ。まるで虎の威を借る狐だ。だが奴らは間違い犯した」

「間違い?」

「私の恩師であるアレキサンダー先生はこの世界に存在する化学知識のレベルを遥かに凌駕している。間違い無く五百年以上未来の知識を持った人物だ。そんな人の教えを私は受けている」

「だからブラックはそんなに凄いのか」

「それだけではない。ここは私の推論が大きく含まれている話になるが聞いてくれるか?」

「聞くよ」

「ひとつの仮説だが、異世界の民と精神的に深い繋がりを持った者に何かしらの形で特異な能力に覚醒するのかもしれない」

「特異な能力?」

「例えばグレイ・ノーザンバーランド、彼女にジークンドーを教えたのはトーゴ・ストーンウェル。その人もまた異世界の民だ。そして君も見たことがあるだろう彼女の人知を超えた怪力を」

 ムースの巨体を持ち上げて山道を闊歩し、グリズリーを殴り倒す。普通の人間には到底不可能なことをグレイはやってのけている。

「たしかに……」

「私の覚醒したのは彼女に比べて地味なものだ」

「化学の知識でしょ、それはそれですごいじゃん」

「残念この知識は自前だ。覚醒したのは毒への特殊な耐性だ」

「耐性?」

「不思議な事に私は過去三回ヘロインを自分の身体に投与したことがある。だが、ヘロインの作用として最も顕著な肉体的、精神的な依存性というのがなかった。試しに猛毒のトリカブトを大量に摂取したこともあるが結果はこの通りだ」

「毒で死ねない身体に?」

「その通り。薬効は受け付けるのに毒性は受け付けない。そんな都合のいい身体になってしまった」

「なるほどブラックの仮説とやらはわかったよ」

「なによりだ。これについてはまだ推論の域を出ない。他言無用でよろしく頼むよ」

「はいはいわかったわかった。あともう自分から死ぬような真似はするんじゃねえ」

「……そうだな、その通りだな。その時は止めてくれ」


 ブラックは優しく笑っていた。この画を切り取れば美麗なのだが中身に大きな問題があるのは、きっと神様が万能じゃない証明だ。

 

 

 

「しっかしクラレントのやり方、あんま好きじゃねえな」

「同感だ。やはり類は友を呼ぶのだな」

 

 ブラックの言うことが本当なら、クラレント魔法国のやり方は気に入らない。何というか生まれつき選ばれた人間だけが豊かさを享受しているような、そんな独占的なものがたぶん性分に合わないのだろう。

 

 おそらく、グレイもビリジアンも同じ気持ちなのかもしれない。

 

 だとしたら――。

 だから集ったのかもしれない――。



 グレイが何故私にこだわったのか、何となく分かってきた。

 

 

「類は友を呼ぶ……そうだな」

 

 

 私は異世界の民である師匠から何を覚醒させたのだろうか――。

 

 

 

 

 

 家に帰ると早速夕食の支度を始める。

 オーブンにパンを放り込んで表面を香ばしくサクサクにする。

 パストラミを透けて見えるくらい薄切りにして用意する。パストラミは分厚く切ると筋があって食感が悪くなる。だから薄く切ったものをこれでもかとたっぷりと用意する。スライスしたタマネギもだ。こいつが無きゃパストラミサンドを語れない。

 マスタード、チーズも鉄板だ。どうせなら今日くらいは豪華にしてやろう。泣き疲れているだろう誰かさんのためにもな。

 

 オーブンの中で良い具合に仕上がったパンを取り出して具材をはみ出すくらい詰め込む、食べやすさは度外視する。どうせ口も手も汚れるんだ。淑女のたしなみなんていうもの、このパストラミサンドの前じゃかえってマナー違反だ。

 付け合わせにはフューネラルポテトを用意した。


「おーい、ブラック、メシが出来たぞー」


 ダイニングからブラックを呼びかける。なんだか最近、母親見たいことばかりしてんな。


「わかった。今行く」


 ブラックは部屋から出てきてダイニングのテーブルにつく。

 

「さて、頂くとしようじゃないか」

「そうだな」

 

 早速パストラミサンドを両手で掴んで口を大きく開いた瞬間――。

 

「ただいま……」

 

 少し疲弊した声が玄関に響く。

 玄関が閉められると真っ先にダイニングに二つの足音が聞こえた。

 

「おかえり」

「戻ってきたようだな」

 

 土汚れが今までの旅路を物語っている。相当急いで戻ってきたのか二人が肩を上下に動かして息をしているし、顔に泥が跳ねたのをそのままだったからだ。

 

「それで医者の件はどうだったのだね?」

「……ブラック、申し訳ございません。医者を連れてくることができませんでした」

「後で理由を聞こうじゃないか。とりあえず今は顔を洗って着替えてくるといい」

 

 グレイとビリジアンは頷く。ブラックが洗面所の場所に案内する。

 

 私は腹ぺこな二人の為に追加でパストラミサンドを作る。疲れているだろうからパストラミを多めに挟んでおこう。

 外はとても寒かっただろう。そうだホットミルクも作っておこう。

 

 私は牛乳を取り出すと、小鍋に注ぐ。ふつふつと温まってきたらショウガと蜂蜜をたっぷり入れる。ショウガは身体を温めてくれる。ハチミツはグレイとビリジアンの好物だ。

 

 

 なんだろう、外で遊んできた子供に夕飯を作る母親の気持ちがわかってきたぞ……。

 このメンバーの中で一番私が年下なのに。

 

 

 二人が着替え終わり、食卓に付くのを見計らって料理を配膳する。全員が座ってようやくゆっくりと食事が始まるはずだった。

 

「おっと……」

「これはだいぶ……」

 

 グレイとビリジアンはよっぽどお腹がすいていたのか、マナーなんかゴミ箱にかなぐり捨てる勢いでパストラミサンドを口の中にねじ込んでいく。

 瞬きする時間も与えないような速度で皿に盛った料理が消滅した。

 

「カメリア!!」

「なんだ」

「おかわりを頂戴!」

「Give me!!」

「わかったわかった。私のやるからとりあえずそれで」

 

 グレイとビリジアンが私の皿を同時に掴む。

 

「ビリジアンどうせ新しいのが来るのですから、少しお待ちになられてはいかが?」

「F**k you!!」(※冗談でも使ってはいけない暴言その1)


 ビリジアンの言葉は方言だがなんかとんでもないことを言ったように聞こえた。彼女の名誉の為にも聞かなかったことにしよう。


「言いましたわねビリジアン、私は公爵令嬢ですのよ?」

「I'm gonna f**kin' kill you!!」(※暴言その2)

「もう三日も何も食べていませんの! だから寄越しなさい!」

「Shut up bitch it's mine!」(※暴言その3)

 

「まあまあ、落ち着け、ナイフ持って行くからこれで――」

「ナイフでどっちかが生き残った方が勝者でいいかしら!?」

「Come on!」


 違うそうじゃ無い。どうしてそうなるんだ……。

二人の口論はデットヒートしていった。ブラックはその様子を心底楽しそうに眺めながら自分のパストラミサンドをゆっくり咀嚼していた。

 

 

「おい! 静かにしねえとおかわりどころか明日の朝飯も抜きにすんぞ!」


 私はイラつきの余りキッチンナイフをまな板に突き刺す。

 

 

 この後の二人は非常に大人しくテーブルで待機している。私があげたパストラミサンドはブラックが綺麗に半分にしてやったようだ。

さっきまでの喧噪が嘘みたいに大人しい。これじゃあまるで貴族。いや貴族だったな。

 

 空腹こそ最大の敵なのだと私は心底考えさせられた。

 

 

 とりあえず追加の料理をたらふく作り、二人が暴れ出さない程度に餌を与えてから話は本題に入った。


「先ほどはお見苦しいところをお見せして申し訳ございません」

「いや、気にすることは無い。飢餓状態で正常な判断はできないしそれがカメリアの料理だったら私も同じ事をしたかもしれない」

「それはそうね」

「Exactly」


 私の料理をなんだと思ってんだこいつら。悪い気はしねえけど。

 

「それで、医者が連れてくる事が出来なかった理由を聞こうじゃ無いか」

「中央で貴族暗殺未遂事件があったわ。また軍事関係者を狙った犯行ね。それで何人かの貴族が重傷を負ったのよ。幸い死者はいなかったけど。それで医者は総動員、それどころじゃなかったわ。そのせいで帰り道は検問に荷物をほとんど没収されて、ちょっとのお水で中央からここまで来たの。よくよく考えたら何で食料まで没収されたのか本当に意味がわからないわ」

「それは大変だったな。そこまで理不尽な仕打ちをされては仕方がない」

「ごめんなさい。約束を守れなくて」

「気にすることは無い。胸の痛みはカメリアが治してくれた」

「え……カメリアあなた料理人から医者になったのかしら?」

「医者じゃねえ! あと料理人でもねえ! 私は銃職人! 銃・職・人!」

「そう言えばそうだったわね」


 いやうんあれだ、もうこいつら全員殴っても許されそうだな。

 

「と言うわけで医者は不要になった」

「じゃあ新しい対価が必要ね。もう一度交渉させて頂けないかしら?」

「わかった」

「こちらから提供出来るのは先の貴族暗殺未遂事件のせいで直ぐに用意できるものは限られているけど」

「直ぐに必要なものはないな。その代わり私が開発した火薬の生産権は私が管理したい。銃の弾丸の生産が始まったらその売り上げと出荷数を報告しそこから10%の売り上げを要求する」

「生産権を買い取るのはダメかしら?」

「火薬の濫用を避けるためにもそれは頷きたくない。王の勅命があるなら一考するが、それをやったら最後、二度と私の協力は得られないと思ってくれたまえ」

「わかったわ。それだと私たちの利益が薄くなるわ」

「そんなことはない、今後、私は君たちに同行する。長期間の共同研究をしようじゃないか」

「何ですって?」

「私の頭脳をしばらく君たちに預けると言ったんだ。これでそちらにも充分なメリットが見込めるんじゃないか?」

「それは、こちらとして願ったり叶ったりなのだけど」

「それでいい。それなら私は合意を表明するとも。心配なら書面に起こさせようじゃないか」

「そう、わかったわ。よろしくねブラック」

 

 話を要約すると、一回きりの協力関係の予定がブラックの気分がよくなったのでグレイ一派に参加を表明するということだ。

 ブラックが仲間になるのは心強い。世話するのがまた一人増えるけど。

 

「さて、カメリア、あなたの方はどうかしら?」

「こっちも色々掴めたよ。明日、テストするから楽しみにしてな」

「ちゃんと本職の方もやっていて安心したわ」

「やっとるわ、バーカ」

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