試作14号「死した君を想う」
朝が来た。
私は悶々とした日々を過ごす。朝食を終えた私は早速ボルトアクション式の銃を完成させるために離れにある水車小屋に向った。
水車小屋の中は水車の力を利用して金属に穴をあけたり削ったりする機械があった。人力でやるより遥かに効率的だ。
早速、私は設計図にあるパーツを鉄の板や塊から削って作成する。
「っしゃああおらクソ久々の銃だバアアアアアアカ!」
今まで作ったこと無いパーツが多くあり作るのが難しい。クソかよ。誰だよこんな設計したやつ。私だけど。
心で毒づきながら作業を続ける。この時間がなんとも言えない。楽しいと言えば楽しいしクソと言えばクソだ。ただこうしている時間は、先代と繋がれているような気がする。たぶんそんな時間に浸るために仕事をしているのかもしれない。
「たぶん師匠なら、そのパーツの置き方が違う! ちゃんと磨け! って怒鳴っているだろうな」
ぽつりと私は呟く。
作業を始めてからかなりの時間が経った。昼飯は用意してあるからブラックが勝手に食べているだろう。
必要なパーツが大方揃う。バネを作るのが苦労したがこれでボルトアクションの大まかな機構が完成した。
予想外だったのは暇つぶしでやっていた数学がまさか本当に役立って、当初の設計よりパーツ数を半分以下に改良することが出来た。これによって作業時間も短縮することができた。
弾薬も金属の円筒に穴を開ける。その穴に雷酸水銀を詰めたパーツをはめ込めるようにする。このパーツに衝撃を与えて、金属の円筒内部に入れた火薬を燃やす。役割としては火花を発生させる部分と言うことになる。
このはめ込むパーツのことを雷管と呼ぶことにした。名前の由来は雷酸水銀が破裂するとき管楽器のように高い音がなるからだ。
ブラックにこれを言ったら「なんだ、てっきり
ブラック――。
彼女の胸の痛みは医者では治せない。治し方を知っているのはブラック自身だ。
私も少なからず大切なものを失ったことがある。
目の前で大切なものを滅茶苦茶にされてそして奪われて破滅する光景を目の当たりした。そんな彼女が立ち直るにはどうしたら良いのだろう。
「……世話焼きバカがチクショウ」
無鉄砲な自分が恨めしい。まぁ、鉄砲って付いているから無鉄砲という言葉、嫌いじゃないけど。
私は決めた。必要以上に関わらなくていいものに首を突っ込むことに。
そう決心したら私の心が軽くなったような気がした。先ほどより丁寧で早い動きで銃を扱えている気がする。
水車小屋を出ると夕日がほとんど沈みかけていた。悪い癖だ。没頭すると時間を忘れてしまうのは。
枯れた芥子畑の真ん中を歩きながら秋の冷たい風が顔にきつく当たってくる。
冬の臭いがした。ということは今頃ノースサイドは雪に閉ざされているな――。
「寒いな……今日はポトフにでもするか、それともクリームシチューかな……クリームシチューだな」
家に戻るとブラックがダイニングのテーブルに座っていた。
「お帰り」
おかえりか。随分と懐かしい響きだ。悪くない。
「ただいま」
「どうかしたか、そんなジッと見つめて?」
「ああ、いや、姉がいたらこんな感じなのかなと」
「まだ家族が恋しい年頃か?」
「バーカ、そんなんじゃねえよ、晩飯はクリームシチューでいいか?」
「是非もないさ」
私はボルトアクション式の銃の試作をテーブルに置いて流しにむかう。手を洗って夕飯の支度を始める。
「これが例の試作かい?」
「そうだ。触ってみてくれ」
私はクリームシチューに使う野菜を切りながら答える。
「ふむ、どれどれ」
「意外と手間取った。特にスプリングが思い通り作れなくて苦労した」
「いや……普通これだけのパーツ作るのに二日三日かかりそうなものだが」
「そうか? そしたらよっぽど忙しい職人か仕事が出来ねえのどっちかだな」
「そういうものか……」
ブラックはボルトアクション式の銃に弾丸と火薬を詰め込むための金属の細い円筒を入れる、トリガーを引く、ボルトを操作する。この一連の動作を繰り返している。
「どうだ動きは?」
「つまるところはない。動作に問題はなさそうだ」
「そりゃどうも」
「ふむ、しかしこの火薬を詰める金属の円筒の名前を決めていなかったな。雷管は決まっているのに」
「あーそういやそうだな」
「そこでこの金属の円筒を火薬の
「じゃそれで」
「随分適当じゃないかカメリア! お姉さんは少し寂しいのだが?」
「うるせえ姉じゃねえだろ!」
と言うわけで金属の円筒は薬莢という名前になった。
夕食の支度を終える。皿にクリームシチューを盛り、こんがり焼けたバゲットと共に頂く。
「しかしカメリアの料理は本当に美味い」
「そりゃあどうも。お世辞でも嬉しいよ」
「何かコツとかあるのだろうか?」
「そうだな……分量通りかな。あと食材を何かで代用しないことかな」
「ふむ全く参考にならんな!」
「それは残念でした」
「まぁ、必要になったら作ってもらえばいいか」
「私が暇なうちはそれでいいけどよ」
こんな生活はいつまでも続くというわけじゃない。火薬ができればこの縁も切れるのか、それはそれで少し寂しいな。数日という短い付き合いだけど。
「では、いる間は注文を付けてやるとしよう」
「はいはい……あ、そうだ明日買い出しに行きたい」
「わかった。明日は私もほとんどの実験が放置時間だから手が空いている。付き合える」
「んじゃよろしく」
私はこの時、いらぬお節介を思いつくのだった。
次の日、午後から私はブラックと街に出向いた。
日用品と食料品、金属製品とそれからブラックの買い物で薬品の補充などを購入した。
そして私は馬車を街の奥へと進める。
「カメリア、どこに行くんだ?」
「いいから、黙ってついてくんだ」
私が馬車を停めた場所は墓地だ。ブラックはばつが悪い表情を浮かべた。私は彼女の手を取って無理矢理引っ張る。
墓地の中でも貴族が使っていそうな場所に来ると私はそこにある墓を指差した。
「嗚呼……ここは……」
「行きたくともいけなかったんだろ、葬式」
「……その通りだ……よくわかったな」
エドワード・スカイデアと名が刻まれた墓をブラックは見下ろしている。
「久しぶりだな……エド……その、随分無機質な姿に変わってしまったな」
「あれから一年か二年か、珍しく忘れてしまったよ。この私が……思い出したくなかったよ。だってまるで昨日のことのようによく覚えているのだから」
ブラックは背中を小さく丸めてその場に座り込む。
「君の事を……私は……」
ブラックはエドワードの墓の隣にある墓石を指差す。
「どうして! どうして! その女が君の隣で眠っている! 度し難い! 度し難いな!」
そこに刻まれていたのはシャルロットと名が刻まれた墓だった。
ああ、そっか、ブラックはこれを見るのが嫌で嫌で今まで墓に来れなかったんだ。
「その女が君と私を滅茶苦茶にしたのに……なのに……どうして……私は矮小な人間だから、その女を許すことが出来ない。そして私を置いて先に逝ってしまった君も許すことが出来ない。できるわけがない」
天才、そう呼ばれていた彼女の背中は酷く小さく、吹けば消えそうなほど弱々しく、そしてどうしようもなく、どうしようもなくただ人間だった。
「君の隣がいい……どうして死んでしまったんだ!」
嗚咽が混じった声が墓に広がる。
それからブラックは子供のように泣きわめき、エドワードの墓に張り付いていた。無機質な石を抱きしめ――。
未だ朽ちぬ恋心をより一層に燃やしながらその最後の一片までも焼き尽くし、燦然と輝かせていた。
死した君を想う。
この行いが正しかったかは私にはわからない。これによって私は嫌われたかもしれない。
それでも良いと思えた。たぶん私が、先代に似て酷いお人好しだからだ。
でも――。
私は見たことが無かった。
私は知らなかった。
泣いているブラック・ヴェルヴェットのあそこまで穏やかで安らかな表情を――
人を愛するということがこんなにも美しいことだったとは。
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