試作01号「師の背中」

 朝日が昇るより早い時間に私は起きる。


 欠伸をひとつ、眠たい朝食の前に工房へ降りる。建物の二階が居住スペースでその下の建物が銃工房になっている。

 今でこそ私の家になっているもののその前までは育ての父であり師匠である男と一緒に暮らしていた。


 工房にある炉へ炭を放り込み残り火に空気を送る。火がつき始めたら水の入ったポットを乱暴に燃えた炭の中にねじ込む。

 蝋燭に火を付けて作業机に座る。昨日、半端だった銃を組み立てる。フリントロック式銃はいつ見てもよく出来ている。これさえあれば雨さえなけりゃ快調にぶっ飛ばせるってもんだ。

 先代は金属加工についてやんややんや文句をクソみたいに垂れ流していたが、私はそうは思わない。そもそも先代は無茶ばかり言いやがったもんで鍛冶屋とよくよく揉めていた。

 

 そうこうしているうちにポットに入れた水がブクブクと泡をあげて注ぎ口からは白い湯気が噴出している。

 ポットを引き上げると、コーヒーの粉末が入ったドリッパーに湯を注ぐ。

 焙煎された香ばしい匂いで眠気を頭から追い出しながら苦い汁を口に含ませる。


「あっちぃ、クソが!」


 つい口に出してしまう。熱いと冷たいと痛いは意図せず口に出るのは何でだろうか。そう思いながらフーフーと私はコーヒーに息を吹きかけ冷ます。


 ちょうど今時期で先代が死んでから季節が一周した頃だ。


 夏が逃げ始め冬が助走をつけ始める秋の頃、私の師匠であり父である先代はこの世を去った。


 先代がこの街に来て十年で、ようやく銃砲店の経営が赤字を脱却した頃だ。まさか肺炎でひと月もしないうちにぽっくりと逝くとは誰も思わなかった。

 まだ習うべきことはたくさんあったはずだ。先代は「お前に教えられることはもう何もない」と私をおだてていたが、私は私が一流の銃職人であることを自負できない。


 今はとにかく銃を作りその構造をさらに熟知することに専念するしかない。

 

「仕事は、流石に今日くらいは休みにするか」


 仕事する気まんまんだった私の気が変わり店のドアにある看板をcloseのままにする。水瓶から桶一杯分の水を汲むと鏡の前でぴしゃりと顔を洗う。

 流石にそろそろ水の冷たさが身に染みてくる。とは言え目ヤニや煤がついた顔で街に出るわけにもいかない。我慢しながら顔を洗い、寝癖を整える。

 幸い生みの親からはまっすぐで癖のないクリーム色の髪を持たせてもらっており手入れにそこまで時間はかからない。


 作業着から買い物用の格好に着替えると店のドアを開けてカギを閉める。

 

 街は冬に備えて活気を見せていた。アガスティア皇国の北部に位置したここは冬になると雪がかなり積もる。そうなっては山や森に入れず動物を狩ることもできない。だからこの時期は冬に備えてより多くの肉を得るために春夏と倉庫でほこりをかぶらせた銃が掘り起こされる。

 それだけ放置しているとメンテナンスが必要な銃も出てくる。そこで私たち銃職人の出番となる。だから秋は銃職人にとって稼ぎ時と言える。

 私もその例外ではなく先週は山ほど銃が担ぎ込まれて内部の錆取り、パーツの交換、銃身の煤取り、フリントの交換など大小さまざまなメンテナンスを行う。


 そう仕事は山積みだ。でも休みにした。これが個人店の特権だからだ。

 

 私は街を歩き、花屋に寄る。花屋のババアとは顔馴染みだ。口の悪い私にものんきな声をかけてくれる。


「ババアいるかー?」

「だれがババアだい。まったく先代に似て口が悪いったらありゃしないよ」

「へーへーさいですか、花束はあっか?」

「用意してあるよ。質素なもんしか作れなかったけどね」


 花屋のババアはそういうとポインセチアの花束を渡した。それを受け取るとポケットから小銅貨一枚を渡す。


「どうも」

「先代によろしく伝えといてくれ。あとその口直しな!!」

「うるせえ、私はもうお貴族様じゃねえんだよ」

「はぁ……。しかし今の領主は本当に腹が立つばかりだよ。シュネーベルグ様が領主だった頃は――」

「長くなるなら後にして」

「そういうところを直しな!! まったくもう……」

「そりゃどうも」


 私は肩を竦ませて花屋を立ち去る。

 

 木枯らしが吹く。懐に冷たい風が入る。

 風が冷たいのか稼ぎが寂しいのかわからないがとにかく冷たい風だ。これならもっと厚手のコートを着ればよかったと私は後悔する。

 街はずれにある墓地に着く。時期もあってか人の気配はなく鬱蒼とした雰囲気が墓地から漂う。

 昼下がりということもあり、別段怖さはないがあまり長くいたいとも思わない。というかすごく寒い。

 敷地の一角にある共同墓地の墓標の前に立つ。


「久しぶり」


 この中に私の先代は眠っている。本当ならちゃんと名が刻まれた墓標を用意したかったが、そんな金は私になかった。


「今年も忙しいよ、あんたがいなくて手が回らないよ。全く……疲れるよ。クソったれ」


 墓標に言葉をかけるが、もちろん言葉は返ってこない。

 

 




 私は目を閉じて、先代を思い出す。

 年寄りだが精悍でしわのある顔とは裏腹に目はどの職人よりも若々しい。意外ときれい好きで何よりも銃を愛していた。


 私が幼い時、仕事の手伝いで部品磨きをやっていた。工房の作業机に座り、静かに淡々と仕事をする先代の背中に私は憧れた。

 ゆったりと炉の炭がパチパチと時々音を立てて、店先では荷馬車の蹄鉄が石畳をたたき小気味の良いリズムを奏でた。


 磨いたパーツを先代に見せると、油のついた、職人の手が私の頭を撫でた。油まみれになるのはいささか不快だったが、先代の不器用ながら私を褒めてくれたのはよく覚えている。


 昼食時になるとあまりこの地域には見られない香辛料を使った料理を作ってくれた。燻製した牛肉のスライスを山盛り挟んだパストラミバーガーやクリーミーでコクがあっておいしいフューネラルポテトはとても旨かった。

 おやつは、はちみつとバターを練ったハニーバターをたっぷりつけて食べるスコーンがたまに出ていた。


 どれもたまにしか食べれないごちそうだった。


 決して、裕福とは言えないながら先代は私を気遣い故郷の料理を振舞ってくれた。

 同時に先代はその料理を食べるたびに故郷に帰れないことを少し嘆いたり、五人の弟の話や死別した妻の話をしてくれた。




 懐かしい記憶があふれてくる。

 懐かしい映像、懐かしい記憶の回想だ。 


「ねえ師匠」

「なんだカメリア?」

「どうして私を助けたの?」

「知らねえ、道端に野垂れ死にしそうになってたのを拾っただけだ。捨て犬をうっかり拾っちまうのと大した変わりはねえ」


 先代はパイプを喫している。


「私、犬なの?」

「おめえは人間だバカ野郎。まぁでも子供は大事にしろって主神様も言っていたしな確か」

「主神さま?」

「俺んところじゃ有名な神様だよ。おめえそんな事も知らねえのか……そういやここアメリカじゃねえな」

「アメリカって何?」

「ああー、俺の故郷さ、アメリカはユタ州オグデン、いいところだぜ。クソみてえにな」

「私も行ってみたい」

「やめとけやめとけ、あそこはよそ者に厳しいんだ」

「そうなの?」

「ああ、主神様を信仰してねえと火あぶりにされちまう」

「怖いところ!」

「冗談だ。たぶんな?」


 先代はそういうとパイプの吸い口を運ぶ。ゆっくりと煙を吸うと、心を落ち着けるように煙を吐き出す。


「嘘つきはダメ」

「ハッ、ジョークとウソもわからねえんじゃ張り合いもねえ」


 先代はまだ幼い私をそっと抱きかかえた。煙草の煙が染みついた服は臭いが今となっては懐かしい匂いだ。

 

「カメリア、銃は好きか?」

「うん! 大好き!」

「そうか……だがなカメリア、よく聞け。銃は獣を殺す武器だ。イノシシ、シカ、クマ、そして人間」

「人間? 私たち?」

「そうだ、俺はアメリカでこの銃ってので儲けた。だが同時に俺が作った銃は大勢の人間の血を奪った。金と引き換えにだ。それを俺は良いことだとは思わねえ。だがな、それで家族は飯が食えた。それでいいと思っていた。それでもわからんところにぶち込まれてのんびり過ごしていると、時々思う。俺がやったことは間違いかもしれねえってな」

「師匠は銃を作ったのに間違い?」

「ああ、そうだ。カメリアもいつかそれを実感する。そうだな……俺かお前がライフルを作った時にでもな」

「ライフル?」

「今は……今度教えてやるよ。高いぞ俺の授業料は――」


 先代はそう呟いて口から煙を吐き出した。

 

 懐かしい記憶の一ページだ。

 

「師匠……私、全然何も教えてもらってないよ……」


 墓標は何も答えない。それもそうだ。

 

 木々の枝に残った枯れ葉が擦れ合う音がやけに聞こえる。それ以外と言えば風が吹く音だけだ。

 とても静かな墓地には私以外誰もいない。


「帰るね」

 

 私は先代にそう言って、墓地に花束を置いて帰った。

 元来た道を辿る。

 今のところ、仕事は問題なく出来ている。

 それだけで先代に追いつくことができるのだろうか。

 毎日そればかりが心配だ。

 

 

 街並みは今も昔も大きくは変わらない。石畳にレンガを積み上げた街が秋風に冷やされていく。

 ただ私だけがそこから置いて行かれるような気がした。

 工房に帰ると、山積みになったメンテナンス待ちのフリントロック式銃を見て私はため息をつく。


「やっぱ、休みはナシ、午後から仕事しよ……ああ、クソッ!」

 

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