試作02号「カメリア・シュネーベルグ」
作業机に腰を据えるとメンテナンス待ちの銃を手に取る。複雑な手入れのいる銃たちは大体片付いている。今残っているのは、錆取りや煤取りなどの軽微なものばかりだ。
工具を使って銃を一度バラバラに分解し各パーツを全て磨き上げてまた組み直す。いわゆるオーバーホールという作業だ。
5歳の時からやっているためか最近はいくらか手際よく作業できている気がする。
パーツを手に取ってはブラシで大まかに汚れを取り、錆は金属ヤスリで削り落とす。ある程度形を見て再利用可能かどうか判断し、ダメなら新しいパーツを使う。
淡々黙々と作業続ける。指が一人歩きしているかのように勝手に仕事を進めている。頭の中は今日の夕飯は何にするかとか、そんなとりとめのない事が通過しては雲のように消える。
やがて私はとりとめのない事柄からとりとめのない記憶を引き出しから取り出し始める。
今住んでいる家より、はるかに綺麗な部屋、そこにあるふかふかのベッドの上で私は目を覚ました。
「おはようございます」
メイドの一人が挨拶をする。
「おはよー、ナース」
私は寝ぼけ眼でナースの呼びかけに答える。ナースはうとうとした私を介抱しながら着替えさせる。鏡を正面にするとまだ華奢で身長も今の半分以下だった頃、だいたい5歳くらいの私がいる。
「ナース、今日の朝食は?」
「カメリアお嬢様の大好きなエッグベネディクトです」
「エッグベネディクト!! 早く行きましょうナース!」
私は飛び跳ねるように部屋を飛び出すと食堂へ意気揚々と向った。
貴族の中ではあまり大きな屋敷ではない。そもそも爵位も男爵で大きな権力はもっていない。今の私が住んでいる首都から遠くはなれたこの街で一番の権力者程度のものだ。
それなりに豪華な廊下を歩く。靴の音が春の若葉が揺れる音と重なる。小鳥のさえずりも靴の音のリズムに合わせているかのように鳴り重なる。
装飾が施された扉を開くと朝食準備をしているキッチンメイドをよそ目に自分の席につく。
「おはようございます。お父様、お母様」
「おはようカメリア」
父は早く朝食を食べたいのか手を擦り合わせている。
「おはようございます。カメリア、昨日はよく眠れたかしら」
「はい、眠れました」
「では早速食べよう」
父はそう言うとナイフとフォークを手に取った。それを見てから母と私はナイフとフォークを掴む。
朝食は私の好物のエッグベネディクト、半熟に仕上がったポーチドエッグを割ってベーコンとマフィンにつけて食べる。オランデーズソースの濃厚なコクと程よい酸味がおいしさをさらに引き立てる。
「んーーーーっ! おいしいわ!」
「カメリアはエッグベネディクトが大好きだものね」
母は私がエッグベネディクトを頬張る姿を見て穏やかに笑っている。
「カメリア、晩ご飯は何か食べたいものはあるかい?」
「そうねお父様、私、ムースのローストが食べたいわ」
「わかった用意しておこう。ただし今日は花屋のお手伝いをしっかり見学してくるんだよ」
「ありがとうお父様!」
父は珍しい領主だった。貴族ではあるものの質素倹約で贅沢をあまりしたがらない。この国がアガスティアと言う名前に統一される前からこの地を治めている。それ故にいわゆるお貴族様のような感じでは無く平民に寄り添った生活に近い。だから平民の生活レベルを知るのが幼少期からの重要な勉強だった。
街に出かけた私は花屋に預けられた。花屋は代々我が家の祝い事に花を卸してくれる顔なじみの店だ。信頼もあるし私自身、この店には色々お世話になった。
「おばさんこんにちは」
「カメリア、今日はうちのお手伝いだってね、相変わらずかい?」
「はい、元気です」
「そうかい、まぁ、私のところは他の店と違ってあんたをこき使うからね。覚悟しておき」
花屋のおばさんは自分にも他人にもわりと厳しくキツいこと多々言う人だ。ただ真面目で誠意を欠かさない性分から来るもなので嫌味というわけではない。
花屋の手伝いは5歳の私にとってキツい作業が多かった。特に井戸から水を汲むために何度も往復したのは大人でも大変な仕事だ。
今日は午前中だけの仕事のはずだったが花屋のおばさんは昼食をご馳走してくれた。花屋の家族と食った昼食は美味かった。タマネギが多かった気もするが。
迎えが送れたのは、どうやら父が仕事のトラブルで大揉めして、今帰ると最悪のタイミングになるからと知らせがあった。
それから迎えが来るまでなんやかんやあって夕方、私は花屋の手伝いを結局閉店までさせられた。
迎えの馬車が来て私は帰路についた。
帰る途中、既に辺りは真っ暗になっていた。
馬車の窓からは何も見えない。
そして森を抜け、屋敷まであと少しという時だ。眼前には火の海が見えた。
何が起こったのか理解できなかった。
そして何をすべきかも思いつかなかった。
上がった心拍を抑え込むように呼吸を深くしようとするが胸が苦しい。父、母、使用人たちの安否が頭を圧迫する。
そうしていくうちにふと神のお告げでもあったかのように自分の乗っている馬車が淡々と進んでいることに気づいた。もちろん馭者は声一つ出していない。
「ちょっと! 馬車を止めなさい!」
私は強い言葉で馭者に言いつけるが、馭者は何も言わない。
その時点で私は悟った。おそらくこの馭者は私の家に火を放った人間と関わりのあると。
馬車の扉を開けると地面が流れるように景色が次々と変わっていく。馬車が全速力で走っているのだ当然だ。しかし私は無謀にもそこから飛び降りた。
着地するも受け身がうまく出来ず地面にぶち当たって全身が軋む痛みに苛まれた。馭者はそこで自分が逃げ出したことに気づき何かを叫んでいる。
このままでは自分が何をされるかわからない私は来た道を戻り、必死に森の中に逃げた。
森の中は真っ暗で落ちている枝や地面から出っ張った根っこに何度も足を引っかけた。それでもただ走った。
進んでいる道が街へと向かっていると信じて走った。
しかし、子供の足だ。後ろから徐々に追手の声が聞こえる。聞きなれない訛り、少なくとも街の者ではない。
恐怖と怯えが足を速めた。
暗い暗い森を一人で走る。馬車から飛び降りたせいで体中痛む。
そして光が見えた。
私は必死にその光を追いかけた。
だが、それは街の光ではなかった。
「なんだ、獣かと思ったらガキか、どうした? ママの言うことを聞かねえで放り出されたのか?」
聞き慣れないイントネーションで男は私に語り掛けた。
「あなたは敵でしょうか?」
私は怯えた声で尋ねた。
その声音を聞いた男は訝しんだ。それから足元に立てかけていた銃を手に取る。おもむろに火薬を銃に詰め込みその上から鉛の玉をねじ込んだ。
「敵かは知らんが今のことろ俺に子供を狩る趣味はねえな」
男はそういいながらパイプを咥える。おそらくこの男は旅人でたまたまこの森で野宿をしているだけのようだ。
「た、助けてください……」
「俺を用心棒か、いくら払える?」
「私はカメリア・シュネーベルグ。シュネーベルグ男爵家の一人娘、あなた一人雇うくらいのお金はお父様が支払うわ」
私は虚勢を張って強い口調で言う。
「そうか、そりゃあいい、金なくて困っていたところなんだ」
男はそう言うと銃を構える。そして私に銃口を向けた。
そして男は引き金に指をかけて、フリントが火花を散らした。
火薬が燃え上がり白い煙が噴き出した。炸裂音が響く。黒いカスとともに何かが通りすぎた。
それは私の頭上を通り後ろにいた男に直撃した。
「ふん、案外フリントロックも悪くねえもんだ。お嬢ちゃん大丈夫か、街まで歩けるか?」
男は私に聞く。私は銃をぼんやりと眺めているばかりで何も言えなかった。男は痺れを切らして荷物と一緒に私を背負うと街へと走った。
煙草と火薬の燃える匂いは今も鮮明に私の記憶に深く刻み込まれている。
銃に火薬を詰める。
鉛玉を詰める。
そっとフリントがついた金具を起こす。
ストックを肩に当てて構える。
頬をストックに当てて照準を定める。
引き金に指をかけそっと引く。
フリントが火打ち金に当たって火花を散らす。
火花が火薬を燃やし、一気に火が上がる。
衝撃にも似た銃声、飛び出す鉛玉。
立ち込める硝煙とその匂い。
何もかもが私に鮮烈に映り込んだ。その一撃は文字通り私に衝撃を与えた。見惚れるほどの何かがそこにはあった。
「はぁ……お嬢ちゃん、銃は好きか?」
男は尋ねた。
「わからない」
「そうか」
「でもね、とても素敵だったわ」
「だろうな、あんな目を光らせて銃を見る奴は初めてだ。怖くねえのか?」
「全然怖くなかったわ」
「そういうもんか……まぁ、時代も場所も変わればそんなもんか、もしくはお嬢ちゃんが変わり者のどっちだろうな」
「私が変わり者?」
「ああ、そうだ」
「そんなこと言うのあなたが初めてよ」
「そりゃどうも、さて、鬼ごっこの鬼さんたちがおいでなさった」
男は、私を下すと、銃に鉛玉を手際よく再装填する。真っ暗で手元がよく見えない中でも難なく銃を撃てる状態にする。
ゆっくりと銃を構えて追手の一人を撃ち抜く。
男は私の手を引くとすぐに走り自分の居場所を悟られないようにした。
「面白いだろ、あいつら音にビビってんだ。銃声が鳴ると誰かが死ぬ、動かなければ銃声は鳴らない。だから動きたくとも動けねえって寸法さ。クソみてえに卑怯だが効果的だ」
男は得意げに言った。おそらく私を安心させたかったのだろう。手を引かれるままに私は夜の森を駆け抜けた。
暗い森がこの男のおかげで怖くなくなった。体は痛いままだったがなんとなく足は軽かった。
どのくらい歩いたのか皆目見当もつかないが私は夜明け前に街へと到着した。街に入るとパン屋を訪ねた。パン屋は朝早くから仕込みをしているため夜明けでも起きているからだ。
ボロボロになった私を見るや否や街中がパン屋の声で起きてぞろぞろ集まり、シュネーベルグの家に何が起こったのか調査が始まった。
私と男はパン屋の軒先で木箱に座り焼きたてのパンとコーヒーを啜っていた。男はブラックコーヒー、私は砂糖とミルクをたっぷりと入れて甘くておいしいカフェオレだ。
「お嬢ちゃん、報酬くれるんだろうな?」
男は聞いた。
「払えなかったら、働きます」
子供ながらに考えて言い返した。
「そうか、じゃあ払えなかったらよろしく頼む」
この後、私の家は全焼し父と母、それに使用人たちの焼死体が見つかった。家財の類は全て奪われていたそうだ。
私が訛りの話をしたら隣の領地の人間であることが判明した。もともと隣の領主とシュネーベルグ家は土地の利権やらなんやら揉めておりその結果、殺しに発展したようだ。
つまり私は5歳にして天涯孤独の一文無しになったわけだ。
そして今に至る。
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