試作03号「来訪者」

 

 

 丸三日、丸三日も一睡も出来ていない!


「クソッタレチクショウが!」


 私はぼやきながら今日も変わらずオーバーホールをする。このところ徹夜続きなのは行商の占い師が今年は激しい冬になると言ったからだ。確かにこの地域は積雪量が多く冬は閉ざされがちになるが今年はその比ではないと予言した。


 そのせいか防寒用の皮革と食料の需要が一気にせり上がりどの家も埃まみれの銃を持ち出して慌てて狩りに出かけることになった。

 そのしわ寄せとして銃のメンテナンスも同時に需要が上がったというわけだ。しかも割高でもいいから短納期で仕上げろという注文ばかりだった。


 更に厄介なのは銃専門の職人はこの街に私しかいない。猫の手も借りたいが、そんな収入はない。


 半分寝ている脳みそで手に指令を出して銃をオーバーホールする。きっと今の私は白目を剥いて口を半開きにしたアホ面で仕事しているに違いない。

 だがそんなクソみたいな状況ももうすぐ終わる、なんせ今私が持っている銃で最後だからだ。


「だあああああああ!!!!やってやらあああああああ!!!!こんのボケナスがぁ!」


 闘魂注入しながら最後のパーツを磨き上げ、それらを全て一気に組み直す。

 

「っしゃあおらああ終わった! こんな仕事二度とやらねえバアアアアカ!」


 口では言うが辞める気はさらさらない。私は冷め切ったコーヒーを一気に飲み干してぼんやりと天井を眺める。

 店の窓に目をやると外はすっかり日が落ち込んでいる。

 

 

 ギィィとドアが開く音が聞こえる。それと同時に冷たい空気が雪崩れ込む。背筋をゾクゾクとさせた私の方へ二組の足が靴の音を鳴らした。


「いらっしゃい、見ない顔だね。行商の人?」


 私は睡眠不足のぼんやりした頭で二人組の女性に聞いた。

 一人は銀の短め髪に灰色の瞳を持ち白い肌が記憶に残る美女。もう一人は深緑の髪が腰程、毒々しいほど鮮やかな紫の瞳、瞳孔が縦長でまるで獣のようだ。整った顔立ちが不気味さと妖艶さを醸し出す。

 二人とも外套を羽織っているが名家のような絢爛さを服からは感じない。どちらかと言えば少し羽振りのいい商人とかの娘にも見えた。


「店主はいるかしら?」


 銀髪の女は聞いた。


「私に何かようですか? それとも先代についてでしたら昨年亡くなっておりますが?」


 そう答えると銀髪と深緑の髪は顔を合わせた。


「そうですか、少しお話をお願いできますか?」

「商談なら明日でお願いします。雑談は……少しなら?」


 流石に脳みそが死んでるこの状態で商談なんてしたらぼったくられるに決まっている。だからと言ってこの如何にも金になりそうな人間をみすみす見送るのも癪だ。


「では夕飯をご一緒というのはどうでしょう?」


 銀髪は答える。


「夕飯ですか、すみません、私の手料理で良ければになりますが?」


 私はくまだらけの両目とボサボサで金属のクズまみれの髪、そして全身汗と油まみれの体をアピールした。


「では、ご相伴に預からせて頂きます」


 銀髪の女は無邪気に笑ってそう返した。


「あまり期待しないで下さいね?」


 私は店の一角にあるテーブルに二人をつかせた。

 

 

 私はブラシで出来るだけの金属のくずやらゴミやらを全身から落とすと、油まみれの手を石けんでよく洗い食事の用意を始めた。


 幸いにも家にはローストしたムースの肉と少しばかりの香味野菜、バター、それからハチミツと卵と小麦がある。


 肉用のソースとデザートくらいは作れるだろう。キッチンに立つと私はいつも通りの手つきで料理を始めた。

 香味野菜のたまねぎとニンジンはみじん切りにしてオイル敷いたフライパンで炒める。全体的にきつね色になりしんなりし始めたらマデラワインを注ぎアルコールを飛ばす。本当ならここに肉や野菜から取っただしを加えるが今回はないのでビネガーを入れて美味しくなることを神に祈ることにした。淡泊なムースの肉に対してさっぱりとしたソースは印象に薄い気もしたが食すのが女であるためおもったるいソースよりこっちの方がいいだろう。


 ある程度水気が飛んだら調味料で味を調整してソースは完成。ローストしたムースの肉を再度温め直して皿に乗せる。付け合わせの野菜が無いため鹿肉を薄くスライスしてそれをまな板に並べてくるくると丸めて花の形にする。これなら多少なりとも彩りもいいだろう。


 カンパーニュをトーストしている間にデザートの準備を始める。卵の白身と黄身を分けて白身にハチミツを加えてメレンゲにする。

 黄身はハチミツと合わせて白っぽくなるまで混ぜ合わせる。先ほど作ったメレンゲと黄身を合わせて生地を作る。

 ココット皿の内側にバターと砂糖を塗り身離れを良くする。生地を流し込んでオーブンにいつでも入れられる準備をする。


 鹿肉のローストを運び、二人の待つテーブルに向う。

 

「お待たせしました鹿肉のローストです」


 二人の前に皿を置き、ナイフとフォークを渡す。


「意外と料理上手なのね」


 そうです。私こう見えて銃関連以外の趣味は掃除と料理なのです。


「見た目だけかも知れませんけどね」


 私はそう言いながら二人の対面の位置に座る。

 

「では、早速」


 ナイフとフォークを慣れた手つき、それも細かいところまできっちりとマナー通りの手順で二人は料理を口に運んだ。


「うーん! これは美味しいわ!」


 銀髪の女は満足げに笑った。


「Wow……おいしい」


 深緑の髪の女はようやくまともに声を聞いた。


「どうも、聞きそびれてしましたがお二人はどちら様でしょうか?」

「私はグレイ、グレイ・ノーザンバーランド、こっちはビリジアン・ローゼンタールよ」


 ノーザンバーランドと言えば公爵の家柄だ。アガスティア中央に居を構える名家中の名家だ。


「ノーザンバーランド……ご冗談でしょうか?」


 たまにこういう客はいる。貴族の名を偽って権力を振りかざしている風にして金やら商品やらを巻き上げる詐欺紛いの行為をする連中だ。

 グレイはニッコリと笑う。自信満々だ。相当な手練れかあるいは本物か。少なくとも後者に関しては限りなくゼロに近い。北部の片田舎に一体何の用件で来ているのか、そしてわざわざ護衛を付けないで女二人、不用心すぎる。


「偽者、と思っているのかしら?」

「ノーザンバーランドがこのしがない銃砲店に何の用件があって来るのか疑問で仕方ない」

「それもそうね、どうやったらあなたは認めるのかしら?」

「そうだな、手っ取り早いのはノーザンバーランドの家に行ってあんたが本物か尋ねるってのはどうだ?」


 冗談を交ぜながら私は提案する。


「良いわよそれで?」


 即答だった。言い訳も何もなくこの女はそう言った。

 その目は充分過ぎるほど信頼できると思わせた。全く以て根拠はなかったが。

 

 私は立ち上がり、店のカウンターから鍵付きの箱を取り出す。売り上げなどが収められている金属の箱から、金貨を取り出す。


「グレイとか言ったっけ?」


 私は敬語を省略してぶっきらぼうに尋ねる。


「You――」


 ビリジアンが眉をピクリと動かしたが直ぐにグレイが彼女を制した。


「なんでしょう?」

「裏? 表?」


 私は聞いた。十秒ほどの間が経ってからグレイは「裏」と答えた。

 親指で金貨を弾き、それをキャッチする。掌に乗ったコインは裏を出した。

 少なくともグレイの運と私の直感は本物であると語っていた。金貨を戻すと私はテーブルに戻った。


「ひとまず信じることにした」

「なんて言うか、本当にそれでいいのかしら?」

「別に、どうでもいいさ、ただ言葉は改めない。お貴族様向けの言葉なんて忘れちまったからな」

「忘れた? 習っていないのではなくて?」


 グレイは私から出た言葉を聞き逃さなかった。


「学がなくて悪いなお貴族様、習っていない、だ」


 貴族は嫌いだ。両親の事が大きいだろう。貴族ではなく平民に生まれていれば両親は健在だったはずだ。


「嘘はつかない方が良いわよ?」

「……下の下の平民に何を仰いますか?」

「あなたはカメリア・シュネーベルグなのでしょ?」


 グレイは鹿肉をゆっくりと口へ運ぶ。


「人違いだろ」

「近所の花屋で聞いたわ、私が貴族のお友達と言ったら全部話したわ」

 

「……チッ、あのババア!」


 グレイはハナから私で遊ぶつもりだったようだ。それにまんまと騙されてポーカーフェイスを気取っているのだから顔から火を噴き出しそうになった。


「ふふ、あなた面白いわね、どうかしらまた貴族に戻らない?」

「ケッ、お断りだよ。知ってんだろシュネーベルグ家について」

「ええもちろん、その上でもう一度この領地を貴方が治めるのはどうかしら?」

「今の私はただの鉄砲売りだ」

「あら、残念、せっかくのチャンスなのに」

「どうとでも言え、それに今の生活は気に入っている」

「それは銃職人にとして生きる道?」


 私は首を縦に振る。


「そう、それならそれでいいわ」

「そうかい」

「じゃあ、本題に入っても良いかしら?」


 グレイは体を前のめりにして両肘をテーブルにつけ、顎を手に乗せる。

 

 

「お断りだ。明日の午後にしてくれ」


 私は最後の肉を食べる。


「どうしても?」

「はぁ……もう三日も寝てない、流石に休ませてくれ……」

「あー……そう、わかったわ、ゆっくり休んでね。それではまた明日」


 グレイはそう言うと立ち上がる。踵を返して店の外に向おうとした。

 

「ちょっと待て」


 私は二人を呼び止める。


「何かしら?」

「デザートのスフレはどうする?」


 二人は足をピタリと止めて、足早に席に戻った。

 

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