試作05号「化学者を探すために」
グレイの依頼を受けてから三日が経った。まず大まかなコンセプトを固める段階から始めた。グレイやビリジアンの言葉を具体化させる。
銃の改良にはいくつか案があるが技術的な壁がいくつか存在する。
まず弾に関して、従来方式は銃口から火薬と弾を詰め込む先込め方式がポピュラーだ。この方式に合わせて一発撃つのに必要な弾と火薬を紙の袋にまとめた紙薬包がある。この方式を根本的に改良する必要がある。
理想は火薬と弾をあらかじめ一体型、例えば金属の円筒に詰め込んでそれを銃にセットして終わるような機構ならかなりの速度上昇が見込める。
問題は火薬への発火方法だ。金属の円筒を使った状態で火薬を燃やす方法だ。それがネックで実用化が出来ていない。
次に飛距離だ。これの改善に関しては火薬を変えるのが一番いいだろう。ただ私は化学者ではないため火薬の開発を行うことができない。こればかりは有識者が必要だ。
まずはこの二つを改良するところから始めた方がいいだろう。
弾薬形状の改良と火薬の改良をファーストステップとする。
セカンドステップは銃本体の変更だ。金属の円筒を詰めて、排出する機構の設計が必要になる。先代が言うには火薬が燃えた時、ガスが発生し銃身内部の圧力が上がり、弾が押し出される。だから弾と銃口径の差をタイトに詰めれば詰めるほど性能が良くなると言っていた。
それに習うなら、弾を込めたあと弾全体を閉鎖空間に閉じ込められる方が効率よく内圧を高めることが出来る。例えば銃身の横に弾を入れる空間を作りそこに弾を入れる。その後蓋をするような機構にすればいい。
機構部分はこのような形にすれば性能は上げられる。
「だから火薬をどうやって燃やすんだよチクショウ! なんか都合良く燃える火薬とかねえのかよ!」
私は工房で叫ぶ。設計を考えてはボツにするのが続いてイライラが募っていた。
「随分、煮詰まっているようね」
グレイとビリジアンが工房に入る。
「お、良いところに来たな。頼みがあんだけどいいか?」
「何かしら?」
「グレイの知り合いに火薬の開発が出来る奴はいないか?」
「火薬……ね」
「あとは化学者とかか?」
「化学者……そうね一人いるわね。いるけど……うーん」
「なんだ?」
「その子、とてつもなく変わり者なの。それに最近、ちょっと色々あってかなり奇行に拍車が掛かっているの」
「なんだその暴れ馬みたいな奴」
「名前はブラック・ヴェルヴェット、稀代の天才であり天災、最も悪魔とフェアトレードを成立させた女とか色々謳われているけど、一番しっくり来るのは、薬理令嬢かしらね」
「薬理令嬢?」
「そうよ」
「んで、そいつはここに呼ぶのは難しいのか」
「そうねえ、無理だと思うわ」
グレイは露骨に嫌な顔を浮かべ、想像しただけ疲れるのがひしひしと伝わった。
「わかった。じゃあ、私が向うのは?」
「それならでき……えっ!?」
グレイはキョトンとした。
「行けば良いだけだろ、言葉は通じるだろ?」
「行くってあなたね、ブラックはアガスティア東部にいるのよ。あと何されるかわかったもんじゃないわ」
「なにをそんなビビってんだ?」
「ブラックは、元許嫁であるエドワード・スカイデアとその婚約者シャルロットを自宅で殺害した疑いがあるの。貴族の殺人で色々裏があるみたいでその事件そのものもうやむやになったのよ。いいカメリア? ブラックは危険かもしれないの」
「……そうか、じゃあグレイもビリジアンも来ればいいんじゃ?」
「それなら……まぁ、ギリギリ妥協できるわ」
「じゃ、決りだな三人で行くか」
「はぁ……最初はうじうじしていたのに吹っ切れた途端明朗快活になりましたね」
「うっせえ、どうでもいいだろ、どうせ、また直ぐに凹むことになんだから」
「ネガティブ方向にポジティブね……」
「じゃあ、準備するか……何を準備すればいいんだ?」
「あなた銃以外ひょっとしてポンコツなのかしら?」
「魚釣りも出来る」
「そういうことではないの」
「どういうことだ?」
「Excuse me、東部まで行くとなると移動だけで3週間ほど掛かります。最短ルートだと補給ができないので3週間分の水と食料が必要になります」
ビリジアンは淡々と私に説明した。今は秋口、みんな冬越えの為に食料が必要な時期だ。当然、明日食う飯にも事欠く状況のため分けてくれる人間はいない。
「冬が明けるまで移動はできねえか」
「No、食料を集めれば良いだけです。幸いここは直ぐ近くに山があります」
ビリジアンは微笑んだ。正確には微笑んでいるように見えただけで口角ひとつピクつかせない鉄仮面だ。
「貴族のお嬢様が狩りでもやるのか?」
「Exactly、では今から準備をして狩りに行きましょう」
「わかった。銃は要るかい? 良いのを揃えているぜ?」
「Excellent、最上級品をお願いします」
「こっちに来い、外套は脱げ……ふっ、何なら上全部脱いでもいいぜ」
冗談のつもりで私はビリジアンに言ったのだが、当の本人はそれを間に受けたのか上半身は下着一枚になった。
「これで良いですか?」
「いや、上着脱ぐのは冗談のつもりなんだけどな……まぁいいや、少し触るけどいいか?」
ビリジアンは首を縦に振る。私は彼女の両手から肩、背中、腰と順番に骨格のバランスや体の癖などを調べる。
どうやら彼女は両利きで右に体重をかける癖がある。肩の骨格の具合から銃の肩当ての部分であるストックは左の方が彼女に向いている。
トリガーの重さは軽めのストロークを少し長めにしたほうが撃ちやすそうな手をしていた。
「Excuse me?」
「すまん、もういい、助かった」
私は数ある在庫の中からビリジアンに合う銃を見繕うと空撃ちして動きを確かめる。動作に問題ないことを調べた上で、彼女に銃を構えさせる。
慣れた手つきで銃を構える、トリガーを引く。金属が擦れる小気味良い音とフリントの具合の良い火花が目に映る。
「Wow、これは良いです」
声は楽しそうだが、表情が一切変わらないのが少々不気味だ。
「ちょっと銃寄越しな」
受け取った銃のトリガー部分を工具で調整する。
「今度はどうだ?」
ビリジアンは銃を受け取ると先ほど同じ所作で空撃ちをする。
「Perfect、私の体に合わせて銃を調整したのですか?」
「この位どうってこともない、利き目はあるか?」
「Nothing」
「オーケー、これでよし、試射してみるか?」
ビリジアンは首を横に振った。どうやら早く狩りで撃ちたいようで目が山を見つめていた。
私は外套を取り、ビリジアンの腕前を拝見させて頂くことにした。
馬を使って私たちはムースが多く住む山に移動した。
久々の乗馬で尻が痛くなりそうだったが、幸い明日には響かないと思う。
秋風が落葉樹の葉をさらうように落とす。荒涼とした空気にはほのかに獣の気配を漂わせていた。
適当な木々に馬の手綱を縛り付けて私たち三人は山に入った。獣道に入って直ぐに先頭を歩いていたビリジアンがピタリと静止する。
「Stop、この臭い、ムースの縄張りですね」
ビリジアンはただでさえ鋭い目をより一層、それはまるで蛇のように細くした。彼女はムースが近いことを悟り、紙薬包を口で千切り、火薬と弾を銃口から奥へと詰め込む。撃鉄を起こし、いつでも発砲できるように準備した。
「臭い?」
「Yes、この次期のムースは縄張りを主張するために精液を漏らします」
「漏らした奴はさぞかしご立派なものをお持ちのようで」
「下品よカメリア」
「Instruct、誘い出します。お静かに」
ビリジアンは口をもごもごと動かし、ゆっくりと舌と口の開き具合を調整する。それから息を大きく吸い込んだ。
「――――ッ!!」
ムース独特の膨らみのある声が山に広がる。
ビリジアンはムースの声を寸分違わず再現したのだ。その声に私は目を丸くするほど驚嘆した。
「――ッ!!」
遠くの方から返事の声が聞こえた。
程なくして、立派な角を二本ぶら下げたオスがのそのそ現われる。ビリジアンは銃を構えてムースを狙う。
空気が張り詰めていく静寂の中、聞こえるのは私とグレイ、そしてビリジアンの息づかいとムースの足音や角で樹木を小突いている音だけだ。
蹄が小枝をパキパキと折れる音が刻々と鮮明になっていく。
もはやムースの息づかいまで聞こえてしまいそうなほど近くに感じた。
カチッ――ダーンッ――!
撃鉄が下ろされ、火打ち金にフリントが擦られ、火花が落ちる。火薬に引火し爆ぜた音と共に鉛玉が撃ち出された。
ムースは首の骨を砕かれその場に倒れながら痙攣していた。
「Wonderful……」
ビリジアンは銃をまじまじと見つめて呟く。
「そりゃどうも」
「お見事よビリジアン、やっぱりいつ見てもビリジアンの狩りは素晴らしいわ」
グレイはまるで自分の事のように誇らしげに言う。そのまま彼女は獲物のところへ足早に向った。
ムースはアガスティア北部のみに生息している種でとにかくデカい鹿で有名だった。取れる肉の量も多く一頭で一家が一ヶ月食いつなげる程だ。問題はその巨躯を運ぶ方法だ。道まで来れば馬を使えるが、この山のど真ん中で馬を歩かせば、良くて捻挫、最悪骨折だ。ムースに加えて馬肉も抱える程人間は力持ちでは無い。
「しかし、見事に首の骨が砕けてるな」
「流石私の腹心!!」
「Excited、ムースを狩ったのは初めてです。これで家族にまた自慢できます」
「自慢?」
私はビリジアンに問いかける。
「Yes、ローゼンタール家は狩りで生計を立てた家です。そのためより多くの獲物を狩るのが栄誉なのです。ムースは南部にいないので狩るのが夢でした。まさかこんなに大きいとは……胸が高鳴ります」
「そうか……ビリジアン、悪いんだが……」
「What?」
「このムースは小さい方だ」
この言葉を聞いたビリジアンはあんぐりと口を開いた。彼女の鉄仮面が驚きに支配されたのはこれが初めてだ。少しだけ彼女と距離が縮まったような気がした。
「How、最大はどの位ですか?」
「だいたい1トンくらいだな」
「Good! 次はそのくらいを狙います」
ビリジアンは鼻を膨らませていた。
「ねー、川は近くにあるかしら? 血抜きを早くしましょう?」
グレイは何食わぬ顔でムースを担ぎながらこちらに戻ってくる。
「は、うっそ……えぇ!?」
いくらこのムースが小柄と言っても1000ポンド(※約500kg)は超えている。それをまるで子供を肩車するように持ち上げるのは人間として桁が違い過ぎる。お嬢様の服を着たオーガかトロールか何かなんじゃねえか。
「普段のトレーニングよりちょっと軽いですわね……」
この女、パンの代わりに鉄くずでも食べて、ミルクの代わりに悪魔の生き血でも毎朝飲んでるのか?
「川なら、山を下って直ぐのところにある……ぞ」
「じゃあ、運びましょう」
グレイはムースを担いだままスキップでもするように山を下る。
「なぁ、貴族の令嬢ってみんなああなのか?」
「No、あれはグレイ様だけです」
「だよな……」
私とビリジアンもグレイを追いかけて川に向った。悪路を悠々と進むグレイに終始驚かされるばかりだった。
川に着くと流れが緩やかで深い場所にムースを沈める。ビリジアンがナイフでムースの頸動脈を切り川が一気に血に染まり始まる。この一手間でムースの肉が臭くなくなるとビリジアンは説明した。
血抜きが終わるまで私たちは河原でのんびりとジャーキーを囓っていた。その絵図に貴族令嬢の文字は微塵も無い。
「このジャーキーっていう食べ物、意外と美味しいわね。カンパーニュより固いけど」
「よく噛むから少しで腹一杯になる。もっと香辛料を利かせるとなかなかイケる」
「Tasty、懐かしい味がします」
ビリジアンは狩猟をよくすると話していたためジャーキーも馴染み深いのだろう。唾液を上手く使ってふやかすため食べるのがとても早い。
「…………」
「…………」
「…………」
川のせせらぎを耳にしながら、私たちはジャーキーを黙々と囓る。
「なんか、会話ねえか?」
「無いですわね……」
「nothing」
「こんなんじゃ私たち三人とも嫁の貰い手もいねえな」
冗談交じりで言った台詞だったがグレイとビリジアンはガックリとうなだれた。
「嫁、婚約……頭痛がしてきたわ」
「Agree」
「あんたら一体何したんだよ」
「ビリジアン、話してあげなさい」
「OK、私はこう見えて婚約の申し出が多く、年に五回くらい言い寄る殿方がいるのですが、正直話にならないので婚約を蹴っているのです」
「話にならない?」
「Yes、私の家は代々アガスティア南部を治めております。南部はその独特な地形から険しい山々にジャングル、下ったら最後二度と戻れない渓谷、猛獣が跋扈する平原、地獄のような暑さの砂漠など、常に命と隣り合わせの土地です。当然、私の夫に相応しい相手は、家柄や身分などよりも生命力に富んだ人間で無くてはなりません。その辺の甘やかされて育った貴族と婚約しようものなら私の家にたどり着く頃には骨が残れば良い方です。そんなものですから婚約を申し入れられたら身ぐるみを剥いで全裸で森の中に放逐し一ヶ月生活させて生きていたら申し入れを受け入れます」
もはやそれは手の込んだ殺人ではないかと言いたくなったがここは抑える。
「もはやそれは手の込んだ殺人では?」
だが直ぐに私は喉まで出かかって抑え込んだはずの言葉を吐瀉物のように吐き出す。
「No、私も成人の儀としてやっているのでやれないはずは無いです」
「ちなみにビリジアンは全裸で三ヶ月よ」
グレイ、サラッと言っているけど、それは成人の儀では無く、人間を超越する儀だ。
「で達成した奴はいるのか?」
「Yes、今まで二人の殿方がいます」
「どうなった?」
「Mystery、優秀な部下になりました」
「いや、どうしてそうなったんだよ」
「Unknown、そんなこんなで誰も寄り付かない女となりました」
「なるほど、じゃあ次、グレイはどうなんだ?」
「私はねえ――」
ゆっくりと口を開いて、グレイ・ノーザンバーランドは何故婚約破棄されたのか語り出した。
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