試作12号「これはこれで良し」

 

 ブラックの地下研究室に私たちは向かい新しい火薬を作成していた。


「火薬の開発をする前に、なんであんな不安定な物質を欲するのか教えて欲しい」

「火薬として使う。従来使われている銃の機構は火薬を銃口の先端に詰めてそこに鉛玉を入れてフリントが火打ち金と擦れることで引火する火花を発生させる。ここまでいいか?」

「大丈夫だ。続けてくれたまえ」

「この方式はいくつか問題がある。まず装填完了までに手練れでも60秒はかかるところだ。それに湿気にも弱く、連続で撃ちまくると銃身内部の燃えカスに火薬が引火して暴発の危険がある。あと火花を引火させるところから発射ガスが漏れ出して弾丸に十分な圧力が行き渡らないんだ」

「なるほど、なるほど。それとあの危険なニトログリセリンの関係性が見えてこないな」

「問題解決にこの弾丸と火薬をワンセットにするというのを私は考えていた。金属の円筒に火薬を入れて先端に弾丸を詰め込む。この方法なら発射ガスのロスが少なくなる。ただし火薬を燃やす方法今のところ無いというのがネックだ」

「なるほど、密閉空間でもニトログリセリンみたいなのがあれば衝撃を与えるだけで燃えるわけだ」

「そういうことだ。それを銃として設計したらイメージはこんな感じ」


 私は設計図を見せる。ブラックは設計図を見て感心するよな声を漏らしている。

 

「ふむ……これは、なるほど面白いじゃないか。この方式に名前付けるとしたらなんて付ける」

「撃針式……なんかダサいな……撃針よりボルトのほうが響きは良いな……ボルトを動かす方式だから、ボルトアクション方式なんてどうだ?」

「ボルトアクション方式か! 素晴らしいこれが出来たら革命だよ!」

「そんなもんか?」

「勿論だとも中央の射撃大会に出たら貴族が泡吹いて倒れるだろう。元公爵令嬢が保証しようじゃあないか」

「へー、そりゃあいい、お貴族様が泡吹いて卒倒するところが見てみたい」

 

「ふむ……おや?」

 

 ブラックは自分の胸を右手で押さえる。また痛み出したのだろうか。少し心配だ。

 

「痛むのか?」

「いいや、逆だよ。僅かな間だったが、確かに痛みが無かった……不思議なものだな」

「自然治癒ってやつか?」

「さぁ、どうだろうな、可能性はある」

「そもそも痛みってのが気のせいだったりしてな」

「生憎気の持ちようでは……いや、否定する道理も無いか……人間は物質がただくっついたもので左右されるものだからな」

「くっつく?」

「厳密には化学反応だ。酸化、還元……その他諸々……」

「なんか複雑なこと言ってるな」


「そう聞こえるか、ふむ、ところでカメリア、君はいくつだ? 見たところ16から18と見受けられるが」

「15歳になっけど?」

「15か……若いな」

「いや対して変わんないだろ。そっちだって19だろ」

「確かにそうだ。カメリアは11の子供をガキだなと思う事は無いかね?」


 ブラックの言葉は腑に落ちた。なるほど、ブラックから見た私は11歳のクソガキに見えるということか。


「まだまだお子様か……」


 ブラックは首を横に振る。

 

 

「話を戻そうアガスティア中央女学園はご存じかな?」

「ああ、貴族が集められて教育を受けるところだろ?」

「そうとも、まぁ、学園と言えばアガスティア中央女学園を指すからだれも正式名で呼ぶことは無い。学園では先輩が後輩に勉強を教えるという慣習がある。今回はそれに倣おう」

「どういうことだ?」

「何、少しだけ化学のレクチャーをしてやろうと思ってな。なかなか受けられないぞ、座学を最高スコアで退学した私の授業だ。滅多にないぞ?」

「退学かよ」

「まぁ、我々の世代は競技のグレイ・ノーザンバーランド、座学のブラック・ヴェルヴェット、芸術のヴァーミリオン・シンギュラリティと持てはやされたものだよ」

「うわぁ、3分の2が既にぶっ飛んでいるな」

「残念3分の3だ」

「変態学年じゃねえか」

「いやぁ……仰る通りだ」


「まぁいいや、それで何をレクチャーしてくれんだ?」

「化学だ。まず化学の本質とは何か?」

「そうだな……小さいときの記憶が正しければ……たしか変な白衣を着た奴らが怪しげな液体を混ぜて笑ってる学問」


 5歳の時に一度だけ受けた化学という学問を私は思い出す。


「偏見甚だしいな! 間違っていないがそれは本質じゃ無い。全く以て偏ったイメージではないか」

「じゃあなんだよ」

「化学の本質、それは物の価値を上げることだ」

「物の価値?」

「例えば、鉄は鉄鉱石を溶かして作られるが、鉄鉱石を溶かすのも化学だ。鉄鉱石と精錬された鉄と言えばどっちが高価だ?」

「精錬された鉄だ」

「正解だ。それを我々は分子というとてもとても小さなスケールで行っている。硝酸も言ってしまえば糞尿だが、これを使うことで火薬を生み出すことが出来る」

「ようはクソとかションベンが火薬に……?」

「そうだとも。木材を加熱して得られる炭、これも熱による化学反応だ」

「確かに価値が上がっている……」

「そう、人間の欲望、楽をしたい、楽になりたいという願望が今を切り開いている」

「それが化学者か」

「これについては化学も当てはまるがもっと広い。職人、学者、皆誰かのために何かをすることで社会が成り立っている」

「私の銃もか?」

 

 ブラックは一拍、間を開ける。

 

「勿論だ」

「そっか……なんか良い気分だ」


「さて、ちょっとした歴史と化学のレクチャーはこれでお終いだ」

 

「ひとついいか?」

「なんだね?」

「何でこの話を今のタイミングで?」

 

「あ、いや、今生成している最中だから暇だったのだよ」

「えっ! いつの間に!?」

 

 よく見たらテーブルの上には実験器具が並べられて謎の液体がコポコポと音を立てている。


「まぁ、反応待ちで放置している最中だったから早いが、本来なら二日くらいかかる」

「そんなにかかるのか……化学でものを作るのは大変だな」

「まぁ、そのほとんどが余計な残留物の除去なんだがな。そうだな料理で言うところのアク取りみたいなものだよ」

「アク取りは確かに手間がかかってしょうがない」


「その通り。というわけで出来た。これが……そうだな雷酸水銀と命名する。これなら固体で使いやすいだろう。まぁ、この状態だと不純物が多いから粗雷酸水銀」


 ブラックはシャーレに淡い青色の粉を乗せて言う。これがさっきのニトログリセリンのように爆発するのだから驚きだ。


「粗? 雷酸水銀?」

「粗というのはそうだな、まだ不純物が残っているということだ。粗雷酸水銀と言うと、純度が低く余計なものが混ざった雷酸水銀と思えばいい。これがニトログリセリンより安全に取り扱えると思える火薬だ」

「なるほどな」

「早速実験だ」

 


 地上に戻って私たちは実験を始めた。

 

 掌ほどの布袋の中に粗雷酸水銀を入れる。


「これをどうすんだ?」

「取りあえず地面に叩き付けよう」


 ブラックは布袋を大きく振りかぶる。


「あ! おいおい!! まだ私離れ――」

「そーれ!」


 ブラックは私の制止を無視していきなり布袋を地面に叩き付けた。


 しかし何も起こらなかった。

 

「爆発しない……失敗か?」

「衝撃が弱ったかもしれない。一応、金槌でも叩いてみよう」

 

 ブラックが納屋から金槌を取り出し、布袋を叩く。

 

「それ大丈夫か?」

「大丈夫! 最悪四肢が爆裂四散するだけだ!」

 

 いや、それもうダメだろ。

 私は本能的にヤバイと察知して全力で振り返ってそのままダッシュ、数ヤード離れる。



 ブラックが勢いよく金槌を振り下ろす。


 

 結果は予想通りそりゃあもう、盛大にドカンだった。

 

 

 

 

「ふははははははは!! 見たかカメリア! 実験は成功だ!」

「ブラック! 怪我は!?」

「大丈夫この通り無傷」


 いや爆風で飛んだ泥まみれじゃねえか、怪我はねえけど色々ダメな気がする。

 

 ともあれ、このぐらいの衝撃じゃ無いと爆発しないのなら充分使用に耐えることが出来る。

 

「これでまた一歩前に進めた」

「ああ、そうだなカメリア」


 ブラックは私の方を叩いてニッコリと笑った。

 

 

 そんな彼女を見ていると疑問が過ぎる。

 ブラックは変わり者なのは間違い無いのだが、心優しく温厚で悪事を率先してやるようには見えない。

 どうしてこの人から人殺しの話が出てくるのかわからなかった。


「なぁ、ブラック……」

「どうしたのかね?」

「……いや、何でも無い。それより煤まみれだからお風呂湧かすよ」

「久々に湯に浸かるのはいい。沸かすのを頼んでも良いだろうか?」

「わかった、井戸から水を汲むところからだからちょっと時間かかるよ?」

「問題ない。出来たら声を掛けてくれ、反応がなかったら……先に入るといい」


 ブラックはそう言って家の中に戻っていった。

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