第8話 戸惑い (4)
“優一いるかな。この前みたいにいなかったら”そんな思いを胸に抱きながらまだ空いている早朝の渋谷駅井の頭線から、渋谷駅JR中央改札口のちょうど改札が見える位置に来ると、優一がスッキリした洋服と簡単な小物入れのバッグを肩からかけて、こちらを見ていた。
まだ自分を見つけていないらしい。わざと急いで走ると“ふーふー”息をして
「優一待った。急いで来たんだ」
いきなり抱きつこうかと思ったが、“ちょっと”と思うと
「安西さん、急がなくてもまだ、五時前だよ。もう直ぐ五時一〇分の東京方面行きが来るからホームに入ろう」
「うん」
三咲はもう心に羽が生えている気分になった。
山手線は、空いていた。優一と一緒に座ってお尻をピッタリとつけると
「安西さん、回りの人が見ている」
優一が小声で耳元に囁くと三咲は“ちらり”と周りを見て
“確かに見ている”と分ると少しだけ離した。
実際、三咲は目立つ子だ。少し切れ長の大きな目、すっと通った鼻筋に、潤んだ可愛い唇、柔らかい顔のラインに肩先まで伸びた良くブラッシングされた輝く髪の毛、色白で、すらっとしたスタイルに大きくも無く小さくもないちょうどいい胸、全体に調和が取れている。
優一はいつも“こんなに可愛い子が、なんで僕についてくるんだろう。別に僕の素性を知っている風でもないし”と思うと不思議だった。
この前の火曜日にディズニーランドに行こうと誘われた。
母親にディズニーランドのことを話すと、色々聞いてきたのを思い出していた。
「ディズニーランドですか。あなたが」
母親は、夫とは二人で言った事があるが、子供たちとは温泉や海外が多く、国内のレジャー施設は連れて行かなかった。それだけに息子の言葉に驚いた。
「どういう流れで、ディズニーランに行く事になったの。優一が行きたいとは、お母さん思えないし」
的を突いている母親の言葉に、“大切な自分の母親には嘘をつきたくない”と思うと正直に事の成り行きを話した。
「分ったわ。優一が一緒に行こうと思った子だったら、そうしなさい。でも一度、我が家に連れて来なさい。お母さん会ってみたいな」
夫の母親に“優のお嫁さんになって頂けない”と言われた言葉を忘れてはいなかった。それだけに“女癖の悪い”祖父と父親の血を引きながら“女にはきれい”な息子の優一の行動に興味を持った。
「優一、見て、ほらあれがディズニーランド」
優一の隣で、控えめに言う三咲の見ている目の方向を見ると“山とか、お城の様なもの”が見えてきた。
“ふーん”と思いながら三咲の横顔を見ると目が輝いている。
“女の子って、こういうの好きなんだ”そう思いながら嬉しそうな三咲の横顔を見ていた。
優一は、両親に連れられて一年に一度、北米、ヨーロッパや中東、アジアの主要都市や観光地に連れて行ってもらっている。ほとんどが、父親が先に出張した後、終わりを見計らって行くのだ。
父親曰く“若いうちから、日本と欧米の違いを肌で感じる事が重要だ。日本の常識は、海外では通用しない事の方が多い。若いうちからそれを体で理解することが必要だ”そう言っていた。
だから、優一は、ドイツやイギリスの城や宮殿を見ることもあった。それだけにディズニーランドにあるお城は、クエスチョンマークが頭に浮かんだが、“まあ、レジャーランドだから”と思って理解することにした。
「優一、シンデレラ城よ」
目を輝かしながら言う三咲を見ながら、何も反応しない優一は“うーん、ちょっと苦手かも”そう思いながら、ホームに入った電車から降りた。駅の改札を出ると右側に簡単に食事が出来るお店が有った。
「優一、ちょっとお腹満たしていこう」
三咲は、優一の手を引いて、ドアを開けるとカウンタの待っている人の後ろに並んだ。
「私がオーダーするから席を確保して。何食べる」
カウンタ前のメニューには、簡単なサンドイッチの名前と写真が置いてある。
「コーヒーとチキンのサンド」
そう三咲に言って、自分のポケットから財布を出そうとすると
「いいここは。後で割り勘」
そう言って“にこっ”と笑った。
“割り勘と言われても”と思いながら窓際の空いているテーブルを確保すると、カウンタに他の人と並んでいる三咲を見た。
メニューを見て楽しそうにしている。優一が見ていると、たまにこっちを見ては“にこっ”とする。お店の外は、待ち合せの若い人たちでいっぱいだ。
“ふーん”と思いながら見ていると
「持って来たよ」
と言って二人分のサンドイッチとコーヒーが乗っているトレイをテーブルに置いた。トレイを置くと座らないで、もう一度カウンタのそばに行くとナフキンとグラスに水を入れて持ってきた。
「はい」
と言ってテーブルに置くと優一の顔を見た。“えっ”という感じで見返すと
「優一は、こういうところ来るの初めて」
「えっ」
「また“えっ”。何か他の表現見つけて。私といる時だけでもいいから」
自分の顔を“じっ“と見て少し真面目な顔で言った。
「うん」
「こういうところに来るのは初めて。なんか違う世界を見ている感じ」
外の待ち合わせでにぎやかになっている風景を見ながら言うと
「これ早く食べて行こう。ネットでチケット持っていると言っても急がないと」
そう言って、口にサンドイッチをくわえた。
三咲に手を引かれながら行くと大勢の人が何列にも並んでいる。
「こっち、こっち」
手を引っ張りながら一つの並びの後ろに着くと左側を見て
「あっちは、チケットを持っていない人。当日売りを並んでいる人たち。こっちの三列がチケットを持っている人たち。ゲートまでそんなに遠くないから、ファストパスは何とかなる。優一順番が大事なの」
自分の顔を見ながら一所懸命説明する三咲に“嬉しそうだな。顔が輝いている”と思っていると
「優一、どのアトラクションから行く」
入口で渡された園内案内のパンフレットを見ながら言うと
「そうか、ごめん。始めてだから、聞いても解らないよね。私が行きたい所から行っていい」
嬉しそうな声で言う三咲に
「うん、安西さんに任せた」
なぜか、“じーっ”と自分の顔を見る彼女に“何か”という顔をすると
「ねえ、“安西さん”っていう言い方、ここだけでもいいからなしにしてほしい。“三咲“って呼んで」
“えーっ、そんな。名前で呼べるの妹だけだよ、女性を名前で呼ぶなんて”頭の中で“困ったな”と思っていると自分の顔に近づいて
「いいでしょう」
と今度は“いたずらっ子な顔”で言われた。優一は、つられて
「いいよ」
と言ってしまった後、“あっ”と思ったが、遅かった。
「やったあ。じゃあ練習。呼んで」
頭の中で練習すると
「三咲さん」
恥ずかしそうに言うと
「違う、“三咲”。もう一度言って」
“うっ。結構厳しいな。この子”そう思いながら思い切って
「三咲」
「よくできました」
と言って、思いっきり嬉しそうな顔をした。
「あっ、動き出した」
列がぞろぞろゲートの方に詰まって行く。大きなバッグを持つ三咲が楽しそうに歩きだした。
「お母様、お兄様は。ドアが開いて、もういませんでした」
「朝早く出かけました」
「えっ、どこへ」
母親の入れてくれた紅茶のにおいを楽しみながら聞くと
「ディズニーランド」
「えーっ、お兄様がディズニーランド。信じられません」
“ふふっ”と母親が笑うと
“誰と行ったのだろう。一人で行くとは思えないし”花音はそう頭の中で考えながら
「お母様、どなたと行かれるか聞いています」
また、“ふふっ”と笑うと
「さあ、聞いていませんよ」
と言って微笑んだ。
「ディズニーランドか、テレビで見たことが有りますが」
そう言って、あまり興味を示さない娘に“花音は、ああいうところは、興味が無いのね”そう思うとなんとなく心が和んだ。
カリンは、土曜の朝、久々に居る夫の優が朝食を一緒に取っている事が嬉しかった。
「あなた、今日は、何か予定入っています」
「いや、何も。カリンに合わせるよ」
「えっ、ほんと」
「うん」
夫の優は、おいしそうにコーヒーを飲みながらカリンに言うと、目元が緩みながら新聞を見ている。
「ほしいものが有ります。一緒に行って下さる」
「うん、良いよ。どこ」
「玉川高島屋SC」
「高島屋SCか、久々だね。東急本店もいいんじゃないか」
「いいえ、ちょっとあなたが出張でいない時、少し、ウインドウショッピングしました。その時に見つけたものです。まだ売れていないとよいのですが」
母親の嬉しそうな顔に、二人の会話を聞いていた花音は、
“お父様、久々に土曜日家にいるから、お邪魔しちゃいけないんだろうな。私も行きたいな玉川高島屋SC”
そう思いながら紅茶を飲んでいると
「花音はどうします」
“えっ、良いのかな。誘ってくれたのかな”と思いながら母親を見ると“良いわよ”という顔をしていた。
“ラッキー”と思って“ちらり”と父親を見ると“じっ”と花音の顔を見ていた。“あっ”と思うと
「お母様、お誘いありがとうございます。でも今日はお友達と約束が有ります」
“残念だなあ。私も洋服ほしいな”
「あら、珍しいわね。花音が断るなんて。でも顔に“私も洋服ほしい”って書いてあるわよ」
「えっ」
と言って自分の頬を触ると、その姿を見ていた父親が、目元を緩まして
「いいよ、花音、一緒に来て」
“やったー”と思いながら
「いえ、お母様、本当に用事があります」
“何で意地張っているの。行きますと言えばいいじゃない”頭の中と相反する言葉に自分でも理解できないまま
「そう、仕方ないわね。一緒においしいもの食べようと思ったのに」
“えーっ、そんな”またまた、思いながら、もう後には引き返せない雰囲気で
「そうですか。残念です」
そう言って、両親が、まだ楽しそうに話しているテーブルから離れた。
二階の自分の部屋に戻った花音は、窓から見える箱根や丹沢の山並みを見ながら“どうしようかな。でも、元々予定入っていなかったし。のんびりしよう”
部屋にある、三人は座れるソファに横になるとベッドの向こうにある鏡に自分が映っているのが見えた。
“人並みだと思うのだけどな”
花音は、高等部二年なるが、まだ、過去“彼”と呼べる人がいなかった。
しつけの厳しい中高一貫の女子学校に入れられて、元々チャンスが少ない上に休日は出かけてもセキュリティが一緒で、移動も車では声も掛けてもらえない。
“美緒、どうしているかな。電話してみようかな”中等部から知り合った友達の名前が頭に浮かぶとソファの前のテーブルに置いて有るスマホを手に取った。
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