第19話 心のままに (6)
三咲との箱根での卒業旅行は、楽しかった。昨日の夜の事も有り、三咲は安心したように甘えて来た。
“ちょっと”とは思いつつも可愛い笑顔に“まあいいか”と言う感じにしていた。
「優一、ケーブルカー乗ろう。綺麗な景色が見れる」
「優一、ボート乗ろう」
こんな感じで次の一日を過ごしたその日の夕方、三咲を家まで送って行くと自分の家に帰った。
三咲が“夕飯も一緒”と我ままを言っていたが、疲れた事を理由に断った。
駐車場に車を入れる前に一〇分ほどアイドリングをする。回していたエンジンは、止める前に少しアイドリングしないとオイルがエンジンの色々な部分に回ったままになる。
始動もそうだが、停止時も少し回して、オイルを落着かせる必要が有った。この辺が純粋なスポーツカーの手間のかかるところだ。
これをしないと次の時にエンジンが掛りにくくなる。こういう手間が、楽しかった。駐車場に車を入れてキーロックすると助手席に置いて有るバッグを取って玄関に回った。
「ただ今。お母さん」
可愛い息子の声を聞いてキッチンから出てきた母親のカリンは
「おかえりなさい。早かったわね。優一、植村さんから電話有ったわよ」
「えーっ、なんて言っていました」
「“いない”と言うと特に理由も聞かれずに切りましたけど」
“何でスマホに連絡・・・、あっ、スマホの電話番号知らない。知っているのは三咲だけだ。だから家に、でもなんだろう”そう思っていると
「優一、とりあえず玄関を上がって、手洗いとうがいをしなさい。もうすぐご飯です」
そう言って、母親は、キッチンに戻った。
一瞬自分のスマホを見たが受信が有る訳がない。代わりに三咲からの受信のマークが入っていた。運転中なので気が付かなかったようだ。
少し躊躇したが、受信マークにタップして発信するとすぐに三咲は出た。
「あっ、優一、家に無事に着いた。疲れたと言っていたから気になって」
“優しいな”と思いながら
「うん、大丈夫、あの後も道路が混んでなかったので車が流れた」
「そう、良かった。ところで優一。今度大学いつ行くの。もうほとんど授業ないし」
「うーん、ちょっと手帳見てみないと。ちょっと待って」
そう言いながら“なんでそんな事聞いてくるんだろう”と思った。手帳を見ながら
「来週の水曜日にゼミの先生に挨拶に行く。その位」
「そう、分かった。私、火曜日に行くんだけど会えない」
少し黙った後、
「火曜日、その日は、家で用事が有る」
「そう、分かった。じゃあ」
声のトーンを思い切り落として電話を切ると三咲は、心の中に風が吹いた感じがした。
実際には、火曜日にはなにも予定が入っていない。ただ“さっきまで一緒にいたのに”と思うと心に疲れを感じていた。
「どうしたの、優一。楽しい旅行をしてきたのでしょう。顔が暗いわよ」
母親は、心までも読めるのかと思っていると妹の花音までが、
「お兄様、お顔が暗いですわ。何か有ったのかしら」
また、母親と目を合わせて“”ふふっ“と笑うと
笑顔を作って
「えっ、そんな顔になっています。少し疲れているだけです」
ちょっと自分でも無理があるかなと内心思いながら。
食事後に二階の自分の部屋に戻り、美佐子に電話しようとして
“あっ、スマホの電話知らない”心に“くっ”と言う感じがすると、階下に降りて電話番号の通知履歴を見た。
“残っていた”急に明るい顔になって、すぐに二階上がる。
その様子を見ていた母親が、通話履歴をそのまま見ると“植村さんの電話番号”、少しだけ微笑むと通話履歴を元に戻した。
二階の自分の部屋に戻った優一は、急いでスマホで電話番号をタッチすると“発信”ボタンをタップした。
「はい、植村でございますが」
“初めて聞く声、お母さんかな”と思いながら
「葉月と言います。美佐子さん、いらっしゃいますか」
「どの様な御用件ですか」
疑る感じの声に
「僕が家を不在の時に電話を頂いたので」
ちょっと間をおいて
「少しお待ちください」
依然として疑ったままの声が、ウエイティングミュージックに変わると少し経って
「葉月君、私が電話した件」
心が少しときめきながら
「うん、居ない時、電話貰って」
「どこに行っていたの。一泊するなんて」
“お母さん、余分な事を”と思いながら
「うん、友達とちょっと」
「そう」
声のトーンが少し落ちたが
「明日、空いている。私、大学に午前中言った後、空いているんだ。折角だから会えればと思って」
“植村さんから誘うなんて珍しい”と思いながら
「うん、いいよ。どこで何時に待ち合わせる」
「じゃあ、表参道のヒルズの入口で一二時。食事でも一緒に」
「分かった」
そう言ってスマホの終了ボタンにタップした。
心が急に明るくなった優一は、“でも、なんだろう。三咲もそう言えば会いたいと言っていたし。何かあるのかな”全然理由が見えない。
お風呂に入るとそのままベッドに入った。
温泉もいいが、やはり自分のベッドが一番寝やすいと思うと“少し子供っぽいか”そんな事を考えながら睡魔の虜になった。
表参道ヒルズの入口で何気なく立って待っていると青山通り方向から植村さんが歩いてきた。さわやかな薄いブルーのワンピースを着ている。
「葉月君、待った」
「いや、さっき着いたばかりだけど」
「とりあえず食事しない。お腹すいた」
「何を食べたい」
「普通に大学生が食べるところの食事」
美佐子は顔を近づけて暗に“学生でしょ”という目付きで優一を見ると
「分かりました」
と言って微笑んだ。なぜか気持ちが軽かった。
結局、ヒルズとは反対側の通りから少し入った“若者が行くお店“という感じの所に入った。
大きなテーブルに向かい合って食べるようになっている。優一は美佐子と並んで座るとおしぼりを持ってきた店員にオーダーした。水はテーブルの真ん中に有るグラスに自分で継ぐようになっていて、優一が手を伸ばしてグラスを二つとって水を入れると
「ありがとう」
と言って“にこっ”と笑って、水を一口飲むと美佐子の顔を見ながら
「珍しいね。誘ってくれるなんて」
美佐子は、この前、体を許して以来、優一への抵抗が無くなっていた。一つの不安を除けば。
「うん、葉月君と会いたくなって。理由ない」
“そうか、女の子ってそういうものなんだ”。
優一は人と会う時は明確な用事が有る時だけだ。後は自分の事をしている方がいい。好きな事ができる。“車いじり”や“水泳”、最近、父親から習えと言われ始めたゴルフ。
あまり面白くないが、最低限必要な時が有ると言われて仕方なく練習を始めた。だから、用もなく人に会う暇が有ったら自分の事をしたいタイプだ。ちなみに妹の花音も同じらしい。
店員が、二人の食事を持ってくると
「わっ、おいしそう」
今度は、やはりテーブルの真ん中に置いて有った割り箸を美佐子は優一に渡した。笑顔で答えると
「食べよ」
自分も割り箸を割るとおいしそうに食べ始めた。
食べ終わって少し話した後、お店を出た。
「ねえ、ヒルズのお店見ていい」
「いいよ」
優一は、こういうところは、全く縁がない。というか足が向かない。“こっち、こっち”と言う感じで美佐子が手招きしながら歩いて行くと
「何かUSの郊外に有るアウトモールをまねしたような雰囲気だね」
「うん、そんな感じ。葉月君は海外にはよく行くの」
「よく行くって程じゃあないけど、お父さんが“若いうちから日本と色々な国の文化の違いを体で覚えておきなさい”と言って、USやEU、中東や東南アジアなど毎年連れて貰っている。と言うか、お父さんの出張の終わりに時間が取れる時だけ、呼ばれて行く感じ。
計画して旅行に行くと言う感じじゃない。言葉も行ったら“現地語でしゃべるように”と言われているし」
美佐子は、優一の話を聞きながら“すごっ、やっぱり違うな。我が家は、海外なんてそうそう行けないわ。それに現地語だなんて”そう思いながら感心していると
「今度一緒に行く」
驚いた顔をして
「冗談でしょう。行ける訳ない」
「うん、冗談」
と笑うといきなり美佐子の右手が優一の左の頬に触れた。
「いたっ」
「“どきっ”とする冗談言わない」
美佐子が微笑むと“これどこかで見たシチュエーション、我が家の男は妻に頬をつねられるのか”と思うと“えっ”と思って少し顔が赤くなった。
「どうしたの、葉月君。そんなに私、力入れてない」
「いや、何でもない」
自分の考えた事を否定しない自分自身がおかしかった。
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