第24話 思いと現実の中で (4)
「優一、どうしたの。久々に会ったのに。何か他のことを考えている」
美佐子は、三週間ぶりに会った優一が、なにか遠いところを見ている気がした。
「いや、なんでもない。ちょっと仕事のことで」
美佐子は、優一の瞳を“じーっ”と見ると
「ウソばっか。優一が仕事で悩むはずないし。正直に言いなさい。でないとこうよ」
と言って、優一の左の頬を軽くつねった。
「いたーっ。わはりまひた」
その言葉に美佐子は“ふふふっ”と笑うと
「はい、これ」
と言って自分が作った卵焼きを箸で持って優一の口元に持ってきた。口をあけて卵焼きを口に入れると少し噛んだ後、
「うん、とてもおいしい」
そう言って“にこっ”とした。
二人で多摩川の河川敷でお弁当を食べようと三週間前に約束した。本当は、一週間前に来る予定だったが、優一の家の都合で今週になったのだ。
「優一、綺麗ね」
「うん」
まだ、太陽は真上から少し下がったところだ。多摩川の水面に映る景色とのんびりとした流れがとても心を穏やかにする。周りは、家族連れや、二人と同じようなカップルでいっぱいだ。
美佐子は、三咲と違って、自分に付いて来ながら確実に色々なところでフォローする。母のカリンも美佐子ならと思っている。
優一は、現実選択できないでいた。自分の気持ちは間違いなく美佐子にある。でも三咲の自分に対する一途な思いと一緒にいるときの楽しさは、美佐子とは違うものだった。
その中に石原美奈が入ってきた。自分自身で理解できない状況だった。
美佐子が作ってくれたお弁当を食べ終わると
「優一、少し散歩しよう。お腹いっぱいだから」
そう言ってお弁当を入れてきたタッパや紙袋を片付け始めた。優一はそれが終わるとシートを畳んで手に持った。
美佐子が寄り添うように付いてくる。川沿いを歩きながら
「優一、さっき悩んでいたことって、なあに。私に教えられること」
黙っていると
「そう、そう言うことか。わかった。でも整理ついたら必ず教えて。二人の間であまり隠し事持ちたくない」
その言葉に“その通りだよ。僕が悪い”。美佐子の自分の分をわきまえる。こんな所もお母さん好きなんだろうな。初めて美佐子を母親に紹介した時のことを思い出していた。
美佐子が玄関に立つと、いつもと同じように透き通るような瞳で頭の天辺からつま先まで見た後、玄関での上がり方、靴の揃え方などもしっかりと見ていた。
自分の靴だけでなく、優一の靴もしっかりと揃え、自分の靴は玄関の端に、優一の靴は中央に揃えて置いたことなども母親の目に留まるものだった。三咲は脱ぎっぱなしで上がることを考えると天と地の差だ。
応接に通した後も紅茶の飲み方や、カップの触り方までしっかりと見ていた。もちろんそんなそぶりは微塵も見せないで。
家庭のことや普段の習いごとなどもさらりと聞きながら、その受け答えも全てチェックの対象になる。普通の女の子なら嫌になるだろうことも美佐子はさらりと流した。
そして母親が最後に
「美佐子さん、またいらして下さいね」
と言ったということは、間違いなく初日は合格点だったということだ。葉月家は、妻と迎える女性を厳しく見る。歴代の仕方ないことだった。お母さんも祖母から相当に厳しくチェックされたと聞いている。
「優一、また何か考えている」
歩くのを止めて優一の顔を見ながら言うと
「あっ、ごめん。美佐子が、初めて我が家に挨拶に来た時のことを思い出していた」
間が空いた後、
「あの時は厳しかったな。玄関に入った時から出るまで、全て見られていたもの。優一のお母様は、相当に厳しい方ね。でもあの爽やかな雰囲気と透き通るような瞳で見られると何となく心が和らぐの」
その言葉を聞きながら父から聞いていた“カリンは、人を穏やかにさせる何かがあるようだ”と言う言葉を。
「うん、お母さんは、お父さんと知り合った頃から不思議にそんな雰囲気を持っていたらしい」
また歩き出しながら
「そうなの。かなわないな」
「別に、お母さんと争う訳でもないだろう」
「そうはいかないわ。優一とこれからどうなるか私にも分からないけど、お母様がそういう目で見る限り、対抗心出てしまうもの」
それを聞いた優一は
「葉月家の女」
「えっ、なにそれ」
「うん、我が家は、代々、家は妻となった女性が守り受け継いでいくものと決まっているんだ。男は仕事をして、妻が家を守る。我が家は、もう知っている通りの家だ。それだけに守り受け継ぐ女性(ひと)を“葉月家の女”と呼ばれている」
「そうなんだ。優一のお嫁さんになるということは、並大抵の女性ではできないわね」
「それは、そうでもないみたい。一から覚える決まりになっている。踊り、お茶、生け花、所作、パーティ作法、その他、仕事関連や親戚筋の事も全て教えられ、それを受け継ぐことになっている」
「えーっ、本当。優一のお母様は全てそれを身につけたの。あの爽やかな雰囲気の人が」
さすがに美佐子は驚いた。若いころはどれだけの女の子だったか想像に難くない、そんな雰囲気の持ち主だ。
「お母さん、父以上に厳しく、芯の強い人らしい。祖父や祖母から聞いた。詳しいことは分からないけど」
「そうなの。見かけじゃ、分からないわね」
他愛無い会話の中で、陽も傾きはじめると
「美佐子、夕飯どうする。できれば一緒に食べたいな。中々会えないし」
「もちろん、いいわよ。でも中々会えないのは、優一のここの問題でしょ」
と言って、優一の胸を突いた。
「えーっ」
と言いながらはにかむと
「その件だけは優一に任せる」
暗に“三咲の事は、自分ではっきりしなさい”と言っていた。
多摩川の川縁から優一の家まで歩いてくると夕焼けが一番濃い時間になっていた。時計を見ると六時半だ。
「丁度いいね。でも疲れたからちょっと休んでいく」
「いい。お母様に視線厳しいし」
「大丈夫だよ。お母さん、美佐子の事、気に入っているみたいだし」
「でも、止めておく。ここで待っているから、これ捨てて来て」
多摩川は自分たちのゴミは持ち帰りが鉄則だ。手に持ちながら優一の家まで帰ってきて、それを家で片付ける必要があった。
美佐子は表戸の前で待っていると
「行こう。お母さん。残念がっていたよ。花音も」
「えっ、妹さんもいらしたの」
美佐子は妹の花音には会っていなかった。会いたいとは思っていたのだ。優一の妹に。
「そうか、残念だな。花音さんには会いたかったな」
「じゃあ、今から行く」
「いい」
そう言ってほほ笑むと二人で駅に向かった。
結局、二人は渋谷で九時位までゆっくりと食事をした。その後、美佐子が
「優一、どうする」
そう言って優一の顔を見た。“えっ、どうすると言われても”と思いながら美佐子を見ていると
「三週間ぶりよ。会ったの。どうするの」
“えーっ、何考えているの”そう思いながら
「でも、美佐子これから帰っても家に着くの一〇時近くになるし。いいの」
「よく言いますね。しっかりと朝方まで人を止めたのは誰。もう両親にはバレバレです。車で送ってくれればいいわ。今日は遅くなると言ってあるから」
そう言って、優一の顔に自分の顔を近づけた。
「えっ、僕の事言ってあるの」
少し下を向くと首を横に振った。そして少し寂しそうな顔をして
「言ってない。葉月君だということは。困るでしょ」
そう言ってまた、下を向いた。
「美佐子」
三咲の両親は、葉月家の事を知らない。学校の先生と公務員という両親の仕事がら知ることがなかった。
優一の事はせいぜい裕福な家の子ぐらいにか思っていない。しかし、美佐子の場合は違う。美佐子の父は、三井グループ傘下の会社の社長だ。葉月の名前を知らないわけはない。もし知れば、色々な意味が出てくる。
優一は、美佐子のこういう心の優しさが好きだった。三咲の我がままと全く対照的な自分を思いやる気持ちが好きだった。母が気に入っている一つでもあるのだろう。
「分かった。美佐子。しっかり送って行くからもう少し二人でいよう」
そう言うと美佐子は思いっきり笑顔になって「うん」と言った。
結局、送って行ったのは午前一時近かった。優一は帰りのタクシーの中で“どうすれば”という思いでいっぱいだった。
甘えっ子でたまらなく可愛い三咲、そして、自分の事を考え、常に一歩下がりながら接してくれる美佐子。更になぜか心に残ってしまった石原美奈の事。
タクシーの窓から見える真っ暗な多摩川を見ながら考えていた。
門でタクシーを降りてそっと玄関を上がろうとすると
「優一お帰りなさい」
“えっ”と思って振り向くとガウンをまとった母親のカリンが立っていた。
「お母さん」
そう言って母親の目を見ると
「遅かったわね。美佐子さんしっかりと送ってきましたか」
「はい」
「今度、お父さんが美佐子さんとお会いしたいと言っていました」
「えーっ。なんで」
「“なんで”はないでしょう。三井グループ傘下の植村建設の娘さんです。もし、あなたの妻になるならば、今のうちにかおるとも話しておく必要があります」
「妻・・。お母さん、まだ何も」
「そうは行きません。こんな時間まで渋谷で一緒にいるのです。ある程度はあなたも考えているのでしょう」
そう言って、優一の目を見た。爽やかな瞳の奥に深い洞察を持つ母親の目を見ると何も返答できなかった。
「分かりましたか。美佐子さんのご都合を聞いて下さい。お父様のご日程の調整をする必要があります」
優一は何も言えず頷きながら「はい」と言うと二階に上がり自分の部屋に入った。
“なんで、お母さんは知っているんだ”不思議に思いながらもそれ以上考えることもなくベッドに入った。美佐子と体を合わせた後、風呂には入ってきている。
翌朝、九時過ぎまで寝ていた優一は、スマホの呼び出し音で目が覚めた。ベッドの中からスマホを取ると“三咲”と表示されていた。“なんだろう”と思いながらスマホの表示をスライドさせ「はい」と答えると
「優一、三咲。今日時間空いている」
「えっ」
「“えっ”は言わない約束でしょう。今日洋服買いたいの。一緒に来てほしいの」
優一へのこういう誘いは大体断られていただけにちょっとだめかなという感じで言うと
少しの間をおいて
「何時から」
「わーっ、うれしい。やったあ。一時位に会って一緒に昼食とってそれから買い物したい。いいでしょう」
三咲のいつもの言い様に“仕方ないな”と思うと
「じゃあ、いつものハチ公交番の前で」
「うん、じゃあ一時ね」
スマホの向こうからうれしそう声が返ってくるとスマホの終了ボタンにタップした。
“なんでいいって言ったんだろう”自分自身を不思議に思いながらまた、ベッドに入ると昨日の母親の言葉が頭の中に浮かんできた。
“三井グループ傘下の植村建設の娘さんです。もし、あなたの妻になるならば、今のうちにかおるとも話しておく必要があります”
その言葉に少し重さを心に感じながら
「もう起きるか」そう言って起き上りカーテンを開けると空が綺麗に晴れ渡っていた。
階段を下りて洗面所に入ると自動的に明かりが着いた。自分が生まれた時、祖母が母と自分の為に人感センサーを付けたおかげだ。顔を洗い、髪の毛を整えて、ダイニングに行くと
「お兄様、おはようございます」
母親譲りの爽やかな可愛さをしっかりと受けついだ妹の花音が優一に声をかけた。
“よく見れば妹も結構可愛いな。彼氏いるのかな”と思いながら椅子に座ると
「お兄様、どうかいたしまして。私の顔をそんなに見つめて」
「えっ」
“ふふふっ”と笑うと
「お兄様、花音は、まだ彼はいません」
そう言ってまた“ふふふっ”と笑った。
「なぜわかるんだ」
言ったが最後、あとの祭りだった。
「大切なお兄様です。顔を見れば何を考えているのか分かります」
“えっ、花音は読心術でもやっているのか”と思って目を大きくあけるとまた“ふふふっ”と笑って
「お兄様、花音は読心術はやっておりません」
「えーっ。なんで分かるんだ」
またまた同じことを言うと
「お兄様、分かりやすくて」
また、“ふふふっ”と笑った。二人の会話が終わるの待っていたかのように
「優一、コーヒー、紅茶どちらにします」
と言って母親のカリンが声をかけた。優一が
「コーヒー」と言うと
カップにコーヒーを入れて優一の前に出しながら
「昨日言ったこと、早めにお願いね。お父様はお忙しい方なのでスケジュールの調整が必要です」
そう言えば、父の姿がない。そう思っていると
「お父様は、今日からオーストラリアへお仕事で出かけました。戻るのは明後日です」
“えーっ、お母さんも心読めるの”と思って、コーヒーを吹き出しそうになると、今度は母親が“ふふふっ”と笑って花音と目を合わせた。
優一は、一時一〇分前に待合わせ場所に行くと三咲がもう来ていた。周りの男から視線が集まっているのが分かる。優一を見つけると手を挙げてうれしそうに近付いた。
「三咲待った」
「うん、いっぱい」
うれしそうに話す三咲に“可愛いな”と思いながら
「でもまだ一〇分前だよ」
「うそ、今来たところ」
と言って、優一の腕にしがみつくと甘えたように
「ご飯行こう」
と言って優一を見た。周りの人たちが“なに人前でいちゃついているんだ”という顔をしている。その視線を感じると
「三咲とにかく歩こう」
そう言って、自分の左腕にしがみついている三咲に言った。
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