第23話 思いと現実の中で (3)
次の日、石原美奈と渋谷で会った。二人とも帰りの都合がいいという理由だ。会社にばれないように携帯のCメールで場所を決め、別々に会社を出た。
会社のメールで携帯の番号だけ教えてもセキュリティチームは疑わない。
「葉月君、待った」
「ううん、今来たところ」
「どこ連れて行ってくれる」
“えっ、どういうこと”と思いながら美奈の顔を見ていると
「こういうときは男性がエスコートするものでしょ」
“そちらが誘ったのに”と思いながら石原美奈の積極さは、心地よかった。
「何か食べたいものある。和洋中華どれがいい」
「うーん、どれでも。できれば和がいいな」
「わかった。ちょっと待って」
と言うと優一は、スマホを取り出した。前に父親に連れられて行ったお店を頭に思い浮かべると
「すみません。今から行って席ありますか。・・・はい、二人です。・・・そうですか。では五分後位で行きます」
“へーっ、電話で予約するほど知っているんだ。この人”と思いながら
「葉月君、詳しいんですね。渋谷。電話で予約するなんて」
「えっ、いや」
前に父親に連れて行ってもらったお店を一軒知っているだけだった。“なんか誤解されたかな。まあいいや。今日だけだし”と思いながら
「行こうか。あっち」
と言って目線をセンター街に向けた。
センター街を歩いて三つ目の十字路を右に曲がった。美奈の右腕が一瞬だけ優一の左腕に触ったので優一は、ちらりと美奈の顔を見たが、あまり気にした様子はないようだった。
そのまま、ハンズの通りに出ると左斜め前のパルコ通りに抜ける所に階段がある。そこを上がるとお店があった。
“この人、こんなとこ知っているんだ。ちょっと新入社員が入るという感じじゃないけどな”美奈は、どこかのビルの中にある適当な店にでも行くと思っていただけにちょっと内心意外だった。
階段を上がると、小さく石畳と砂利が敷いてあり、打ち水までしてある。引き戸を引くと“がらがら”という音がした。明らかに“和”を意識したお店だった。
引き戸を引くとすぐ右に会計処があり、そこの仲居が、
「いらっしゃいませ。葉月様ですね」
「はい」
優一は、なんで知っているんだろう。ここに来たの一年以上前だし“と思いながら仲居を見ていると
「こちらへ」と言って。右手で行く方向を指した。
美奈も少し驚いていた顔をしていた。“すごっ、こんなとこで食べるの”そう思いながら優一の後を付いて行くとやがて、座敷に通された。
「こちらでございます」
“えーっ、入口左あるオープンな場所だと思っていたのに”そう思いながら座敷に上がった。美奈も一緒に上がると結構なテーブルに明らかに高そうな座布団が二枚対面で敷いてあった。仲居が
「いま、ご用意します。少しお待ちを」
と言って出て行った。
「葉月君、いつもこういうところで食事するの」
ちょっと驚いたような、怒ったような顔をしながら言う美奈に
「違う、違う。僕も驚いている。このお店は父に一年以上前に連れて来て貰っただけ。僕も入口の左にあるオープンなところかと思っていた」
少し、優一の顔を見た後、
「左側だって、相当な感じよ」
やがて、仲居が、お絞りとお品書きを持ってきた。
「決まりましたらお呼びください」
と言ってもう一度下がった。
美奈はお絞りで手を拭きながらお品書きを見ると、とても自分では来れる値段ではなかった。
割り勘にしても厳しいと思うと
「結構高いですね。良いんですか」
暗に“ごちそうしてくれるんでしょ”と言うと
「うん、いいよ。好きなもの注文して」
“もうどうにかなるだろう。最悪、家のカード使ってお母さんにごめんなさいするしかない”と思うと自分もお品書きを見た。
美奈は、値段を気にしたのか、控え目な品を選んだが、優一はそれではお腹にたまらないと思ってお刺身や揚げ物を選ぶと
「葉月君、結構食べるね」
「えっ、石原さんが控え目だから」
「そんなことないけど」
少し、はにかんだように“にこっ”とすると“結構可愛いな”と思いながら
「ところでなにを飲みます」と言った。
美奈は、結構お酒も飲めた。両親が飲めるからだ。だが、初めからそれを出すわけにもいかないと思うと
「うーん、どうしよう」
迷った振りをしながら飲み物のリストを見ていると
「じゃあ、最初はビールにしようか。瓶ビールなら少しずつ飲めるし」
美奈が頭を縦に振ったので優一は仲居を呼ぶボタンを押した。
「葉月君、今の会社、どうして選んだの」
本当は、一気に飲みたいグラスに入ったビールを三分の一位口にしながら聞くと
「うーん、ちょっと」
“どうしようかな。親が決めた腰かけなんて言えないし”
と思いながら実際のところ就職活動しなかった自分の痛いところを突かれたと思った。
「ちょっと」
“答えになっていない“という言い方をすると
「うん、実は、父の関係で」
“わーっ、なんで言っちゃたんだろう。誰にも言っていないのに”、アルコールが入ってもそうそう口にしない言葉に自分で驚いていると
「ふーん、縁故なんだ」
なんとも言えない雰囲気で言うと、優一の瞳を見た。
「石原さんは」
「一応入社試験は受けたけど、縁故ちょっとありってところ。今の会社に知り合いがいて、うちの親に紹介してくれたの」
「そう」
“どんな家の人のなのかな”優一はすぐに相手の素性を気にしたがる自分の癖にちょっと腹の中で笑うと
「葉月君、なにがおかしいの」
「えっ、いや、なんでもない」
“まいったなあ。でもなんでこの子には抵抗ないんだろう”そう思いつつ、テーブルにある料理に手を進めた。
結局、優一は、瓶ビールの後、日本酒を二合飲んだ。美奈は、ビールのままにしていた。
少し入ったせいか。つい首元から胸のラインに目が行くと“ふっ”と思い、美奈の顔に視線を戻すと“どこ見ているの”という顔をしていた。
「葉月君、飲み過ぎじゃないの。そろそろ帰ろうか」
“えっ、もう少し居たいのに。あれ何でそんなこと思うんだろう”
「葉月君って、ほんとあまり話をしない人ね。せっかくこうして二人で居るのに」
「いや、その」
話す前にいつも色々考える習慣が付いている優一は、そういう風に見えるらしい。
「まあ、いいわ。葉月君。今日はありがとう」
“もう少し、色々話したいのに”そう思いながら自分の言った言葉に残念がっていると
「うん、じゃあ出ようか」
仲居を呼んで精算をお願いすると
「これを会計にお出しください」
と言ってプレートを優一に渡した。
入口の右に有った会計処で支払いを済ますと
「ご馳走様」
と言って美奈が微笑んだ。
外に出る九時ちょっと前だった。まだ帰るには、早かったが
「葉月君、今日は楽しかったわ。ありがとう」
美奈は、本当はもう少し話していたかったが、これから次に行くと遅くなると思うとあえて自分から時間を切ることで帰ることにした
「石原さん、僕も楽しかったです」
「じゃあ」
と言って帰ろうとする美奈に
「あの」
と言って中途半端に声をかけると美奈は“なあに”という顔をした。
「また、会って頂けませんか」
「葉月君次第。じゃあね」
と言って地下鉄の入口に入って行った。
“なんであんなこと言ったんだろう”自分でも分からなかった。三咲と美佐子という女性がいる。そしてどちらも自分にとっては大切な人だ。
三咲の我がままに“ちょっと”と思う時もあるが、一緒に居ると楽しい。美佐子はとても惹かれるものがある。美佐子には“三咲の事をはっきりしてくれないと自分自身の気持ちに素直になれない“と言われている。
その上、二人とも両親に紹介している。三咲に至っては、向こうの両親にも挨拶に言っている位だ。
それだけに石原になぜあんなことを言ったのか、自分でも分からなかった。電車の中で“やはり自分は祖父と父の血をひいているのか“そう思わざるを得なかった。
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