第22話 思いと現実の中で (2)

「優一、一五分も遅刻だよ。どうしたの」

「ごめん、仕事が延びちゃって」


少し、心に引っかかったが、“そんなに悪意があるわけでもないし”と思うと


「じゃあ、お詫びに私の好きなところへ連れって」


一瞬、“どきっ”としたが、まさかと思うと


「赤ワインのおいしい店。でもホテルのような高いところは“だめっ”。少しおしゃれで普通のお店」


“また難しいことを”と思いながら、いつものわがままだと思い、


「わかりました。三咲の好きなとこいま、考えるからちょっと待って」


三咲は本当に可愛い子だった。七時は遅くない時間とはいえ、心配なので少し込み合うが、ハチ公前交番の前でいつも待ち合わせた。ここならば、変な男が声をかけることもないと思うからだ。


だが、二人のやり取りに交番のお巡りさんまでが、“じっ”と自分の顔を見られている気がすると三咲の手を引いてガード下へ行った。


「優一どこいくの」

「うん、ちょっと知っているお店。素朴だけどしゃれたワインと料理のおいしいお店」

顔を急に明るくして

「本当、楽しみ」

そう言って、今度は三咲が優一の手を握った。


宮益坂下の信号を渡って明治通り方向行き、ちょっと右に折れた左手にお店があった。

見た目が少し古びた感じの重い木のドアを開けると優一は見なれた顔の男に


「マスタ、二人だけど座れる」

「葉月様、大丈夫です」

と言って、奥の左にある二人座りの席を見た。


優一の後をついて“おずおず”と入っていくと優一が奥の席に、自分は店員が引いてくれた席に座った。

 周りをよく見るとフランスの地図に色々なワインの産地の名前が入った地図が壁に貼ってあり、後はワインクーラーやワインが所狭しと並べられていた。


「優一、素敵」

それだけ言って嬉しそうな顔をしている三咲に


「最初は簡単にグラスでビールを飲んだ後、ワインにしようか」

「うん」

そう言って、マスタの持ってきたお絞りで手を拭いた。


優一の言った通り、ワインは美味しかった。そして食事もフランスの普通の料理という感じで決して気取る事ない味に三咲はとてもうれしかった。


お店を出て、ゆっくりと渋谷駅の方向に優一の手を握りながら下を向いている三咲の姿に“まさか”と思いつつ歩いていると


「優一、今日は私の好きなところへ行ってくれるって約束したよね」

そう言って優一の瞳を見た。優一も三咲を見つめ返した後、少し自制心が切れているのがわかりながら


「三咲いいの」


なにも言わずに頭を“コクン”と下げると足を向けた。三咲とは卒業旅行以来、二度ほど体を合わせている。あれ以来、三咲と体を合わせるのにそんなに抵抗はなくなっていたが、美佐子の事を考えると自分から積極的にはいけなかった。それを三咲は良いようにとっているらしかった。


部屋に入ると三咲が優一に寄り添ってきた。


「優一」


それだけ言うと目を閉じて顔を近づけた。三咲の唇はマシュマロのように柔らかい。唇を合わせながら、ブラウスのボタンに手をやると三咲は優一に回している手を緩めた。ボタンをはずすと三咲は自分でブラのホックをはずした。決して小さくなくそしてとても素敵な胸だった。


三咲は、いつの間にか体が覚えた、めくるめく感覚の中で体をゆだねていた。ただ口から彼の名前だけを呼んでいた。

そして、彼の唇が自分一番感じるところに来ると別の言葉が口から洩れた。更に強い感覚が体に走る。三咲は自分の体が我慢できなくなってきたのを感じると


「優一、お願い」


言葉が漏れた。彼が入ってくるとたまらなかった。可愛い顔が体に走る感覚でゆがんでいた。ただ口だけが空いて言葉が漏れていた。優一はたまらなかった。やがてそれが来ると


「三咲我慢できない」

何回も頂点に達した状況の中で彼の声が遠くに聞こえた。


「今日は大丈夫」


それだけ言うと自分の体の奥に熱いものが入ってくるのがわかった。更に彼は激しく突いてきた。三咲はたまらなかった。シーツを思い切りつかみながら声だけが漏れていた。


また、彼の熱いものが体の奥に入ってくるとやがて彼は自分の体の上に覆いかぶさった。

「三咲」それだけ言うと唇にキスをした。やがて彼の舌が歯に当たるので少しだけ口をあけると彼の舌が入ってきた。

自分の舌が生き物のように合わせている。まだ、彼が自分の中にいる。三咲はずっと目を閉じていた。やがて激しい口付けが終わると彼は自分から抜けて、横になった。

なぜか自分の胸を遊んでいたので


「優一、なにしているの」

「可愛いなと思って」


そう言って遊ばれていると気持ちよかった。“自分の体は優一のもの。お嫁さんになるか、わからないけど優一とずっと一緒に居たい”それだけが三咲の心の中にあった。


だから本当は、もっと体を合わせたかった。そうすると優一がいつもそばにいてくれる気がする。そんな気がしていた。


でも二カ月に一度程度だった。それもいつも自分から誘う。三咲の心はいつも心配の気持ちがあった。“優一は、本当は自分を好きじゃないんじゃないか。


葉月家は厳しいから、私となんか付き合うなと言われているんじゃないか”そんな思いがいつもあった。


だから、優一の家には、あれ以来行っていなかった。ご両親や妹が嫌いなわけではない。でも、何か自分には受け入れがたい大きな溝があった。


「優一、私のこと好き」


体を合わせたばかりなのに少しさみしそうな顔をして言う三咲に“なんで今そんなこと聞くんだろう”と思いながら


「好きだよ。三咲」


決して嘘ではなかった。三咲とデートしている時はいつも楽しかった。今日も本当は自分が誘いたかったくらいだが、美佐子の事が頭にあり、自制しているところへ、三咲が誘ってきた。


自分としてはうれしかった。自分自身に都合のいい言い訳ができたと。自分ではずるいと思いながら、三咲と体を合わせることは嫌いではなかった。

三咲のからだは、唇と同じように柔らかく、きめ細やかで肌を合わせていると気もちよかった。


「優一、本当に今の言葉信じていいんだよね」

なぜ三咲がそこまで言うのかわからなかった。


「うん」

と言うと自分の体に抱きついて来て


「優一、ずっとそばに居たい。こうして居たい。離れていたくない。お願い」

自分の胸に三咲の目から零れ出た涙が触った。


「三咲」

優一はそれしか言えなかった。


結局、朝まで居たいという三咲をなだめて帰ることにした。すでに一時を回っていたのでタクシーで家まで送り、自分もそのタクシーで帰った。


 帰りのタクシーの中で優一は、なぜ三咲が、あそこまで言ったのか。そして可愛い瞳から零れ出た涙の意味がわからなかった。


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