第10話 戸惑い (6)


「三咲、どうだったの。土曜日のデート。きちんと報告しなさい」


先週の土曜日のディズニーランドのデートをしっかりと聞きたい美佐子は、三咲を昼食に誘うとテーブルに座ったとたん切り出した。


 話題をそちらに行かないように勉強のこととか話しながら、なんとなくごまかそうとしていた三咲は、いきなり切り出されて少し恥ずかしい様にほほ笑んだ。


「ふふふっ」

「なによ、その笑い。うまくいったのね」

「えっ、“うまくいったって”ってどういう意味」


“何を聞くつもりなんだろう。美佐子は”と思いながら黙っていると


「少しは、教えてよ」

ねだるように言う美佐子に

「仕方ないな。少しだけね」

と言って、待ち合わせのことやディズニーランドで何に乗ったかなどを話した。


「ふーん、でっ、その後は」

「えっ」

急に赤くなった三咲に

「聞きたいのは、乗り物じゃなくて、彼との進展よ。一番大事なところ」


確かに聞く側にとっての関心は、そこにある。


「家のそばの駅まで送ってもらって別れた」

「えーっ」

と声を出して、滑りそうになった美佐子は


「それじゃ、小学生の遠足じゃない。なにか、“こうっ”濃い場面とかなかったの」


“何をのぞんでいるの”と思うと


「そういう仲ではありません」

少し真顔になって言うと


「信じられない。一八も過ぎた男女がディズニーランド行って、そのままサヨナラだなんて。キスぐらいしなかったの」


“キス”という言葉に反応してしまった三咲の赤くなった顔を見て


「ほうら、やっぱりしっかりあったじゃない。そこが聞きたいの。どういう状況でしたの」


赤くなった顔を隠すように下を向いたまま、答えない目の前に座る友達に


「まあ、いいか。あまり突っ込むのも“はしたない”しね」


相手があきらめムードになったのがわかると顔をあげて“そうそう”という顔をして笑顔になった。


「でもね、美佐子。いまひとつ、彼が私をどう思っているのか、分からない。今回のディズニーランドもなんとなく“無理、無理“という雰囲気もあったし」


三咲の言葉に“まさか、こんな可愛い子が誘って一緒にデートまでして、嫌いとか興味ない”は、ないでしょう。それにいつの間に“彼になったよ”そう思うと


「それは、三咲の考え過ぎじゃない」


そう言いながらも確かに“ことを荒立てないようにするには、ある程度合わせた方がよいという場合もある”と思うと


「わかった、三咲。一度彼に会わせて」


“えっ”て、顔をすると


「大丈夫。取ろうとかじゃなくて。私が、“きちんと三咲と付き合う気があるのか”聞いてあげる」


“別にそんなことしてくれなくても”と思いながら“でもいいか”と思うと

「彼に聞いてみる」

そう言って、テーブルに運ばれてきたスパゲティを口にした。


三号館から出てくる優一を待っていた三咲は、優一の姿を見つけると、足早に駆け寄りながら

「優一」

と声をかけた。


声のほうを振り向きながら “なに”というような顔をすると


「今日、講義終わったら何か予定入っている」


三咲の言葉に頭の中で“何もないけど、今日は帰りたいな”と思っていると


「できれば、少し時間ない」

「うーん」


と煮え切らない返事をしながら考えていると


「ねっ」

と言って少し甘えた顔をした。仕方なく


「うん、いいよ」


時計を見た三咲は、

「じゃあ、四時にこの前お昼食べたファーストフードのところでいい」

「わかった」


“とりあえ美佐子との約束時間にとりあえず了解取れたけど、優一この後何するのかな”


「優一は、この後どういう予定なの」

「学生課にちょっと用事がある。その後は図書館でちょっと調べ物」

「図書館」


学内にある図書館に行くなんて、三咲には想像外の世界だった。“優一、図書館利用するんだ。何するんだろう”ちょっと興味を持つと


「図書館で何をするの。調べ物」

興味いっぱいで聞く三咲に

「うん、ちょっと調べ物」

「何を調べるの」


“もう、なんでそんなに聞くのかな。僕が何をしていいじゃないか”ちょっと面倒になった優一は、一瞬強く言おうと思いきつい目をしたが、その時、三咲が引くのがわかった。


「ごめん、そうだよね。優一の勝手だよね」

急に寂しそうな顔をする相手につい

「いいよ、ヘブライ語の調べ物。ちょっと分からないところがあって」

「ヘ、ヘブラゴ」


三咲は、頭の中に地球外生命体でも入ってきたようなショックを受けると目を丸くして


「ヘブライ語勉強しているの」

「うん」

「なんで、第二外国語でギリシャ語取っているでしょ。まだ他にも勉強しているの」

「うん、ちょっと仕方なくて」


「仕方ない」

“意味が分からない”という顔をすると


「将来必要になるから」

「えーっ、将来ヘブライ語が必要になる」


ますます、頭の中に疑問符がいっぱいなった三咲は、言葉を止めて優一の顔を見た。優一も三咲の顔を見ると何となく歩くように促しながら


「もう少し待って、“きちん”と話す時が来たら説明するから」


“なんでこんなこと言うんだろう。この子には関係ないことじゃないか”そう思いながら頭の片隅ある言葉を思い出した。


“一度家に連れてきなさい。お母さん会ってみたいな”。


“えーっ、そんなことない、そんなことない”自分で万が一の将来のことを想像すると必死に頭の中で打ち消した。


「優一、私もこの後、講義ない。一緒に図書館に行ってもいい。もちろん邪魔しないから」


“邪魔しないといっても気が散るし。でも仕方ないか。この雰囲気じゃ”と思うと


「いいよ。でも学生課にちょっと寄るよ」

「うん、待ってる」

三咲は顔いっぱいに笑顔を出しながら“うん”と頷くと優一と一緒に歩き始めた。


三咲は優一を連れて学校のそばにあるファーストフードの入り口を入ると、すぐに美佐子の座っている場所が分かった。美佐子と視線があうと“さささっ“と歩いて行った。


“ちょっと、どういうことなんだ。また、話でもあるのかと思っていたのに。相手がいるのか。”そう思うと心に抵抗を感じながら、入り口のそばで立ちながら三咲向かう方向を見ると


“あれっ、あの子は”と思った。同じギリシャ語の講義を聴いている女の子だ。受けている人数が少ないせいか、よく教授と会話している姿を思い出すと心の中の抵抗が少しだけ薄らいだ。


三咲がこちらを振り向いて手招きしている。ちょっと抵抗を感じながら立っていると近寄ってきて


「来て、友達を紹介する」

意味が分からないまま、仕方なく付いていくと


「優一、こちら、植村美佐子、私の高校時代からの友達。美佐子、こちら葉月優一さん」


優一は、頭を“ぺこん”と下げてお辞儀をすると相手の女性も笑顔で


「はじめまして、葉月優一さん」

と言って頭を下げた。


何を話していいか、全く分からない優一は、そのまま黙っていると

「ギリシャ語の講義で会いますね」

と言って美佐子が切りだした。


「えっ、美佐子もギリシャ語受けているの」

“意外だ”という顔をして、驚く三咲に

「うん、仕方ないの。お父さんから大学の間に“語学はよく勉強しておきなさい”と言われている」


“へーっ、この子誰なんだろう、将来の為に語学の勉強が必要だと父親から言われているなんて”自分と同じ感覚を感じた優一は、


「そうなんですか。僕も同じです。父から将来必要になるからと、語学は優先的に勉強しています」


“やはりそうか、葉月優の息子。葉月コンツェルンの次期跡取り”そう確信した美佐子は、


「三咲、素敵な人ね」

と言って三咲に笑顔を見せた。


「失礼ですが、どちらにお住まいですか」

“じっ”と顔を見て“どういうつもりで聞くの”という目をすると

「三咲の家のそばです。駅は、隣の南大沢ですが」


一息おいて

「葉月さんは」

と返した。優一は一瞬詰まると


「田園ライン沿いだって」

と三咲がフォローしたので“ほっ”とすると


「自分では言えないのですか。私と三咲には、聞いていますよね」


“まずい。この子結構強いな”と思いながら黙っていると


「美佐子、いいの。優一は、“時間が来たらきちんと説明してくれるって”言ってくれているから」

そう言って、隣に座る彼の顔を見ると“にこっ”とした。

「そう」

そう言って笑顔を作ると話を変えた。

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