第6話 戸惑い (2)


次の朝、優一は目が覚めると、側に置いてある体温計を手に取って、脇の下に入れた。“ぴぴっ”と鳴ったので、取ってディスプレイを見てみると三六.九度を表示していた。


“今日は、まだだめかな”そう思いながら目をつむると“あっ”土曜の夜の事を思い出し、確か昨日九時に宮益坂の信号の前で待ち合わせしていたことを思い出す。


“まずかったかな。安西さんに悪い事したな”頭の隅に有ったことを思い出した優一は、“でもまあ仕方ないか”そう思いながら、また眠りについた。


“今日も来なかった”そう思いながら、一限目に間に合わなくなると思うと仕方なく宮益坂を歩いて行った。


坂を登りきってそのまま大学とは、反対側の道路を歩いて一つ目の信号で大学の方の道に渡ろうと思っていた。

“やっぱり、あの事気にしているのかな。私も初めてだったし、何か勢いでしてしまったような気もするし”そう思いながら

“でもやっぱり、あいつの事好きになったのかな”そんな心の揺らぎを顔に隠せないまま一つ目の信号を渡ろうと青信号になるのを待っていると、大学の門よりずいぶん離れた所で黒塗りの車が止まった。


三咲は、“大きな車だな。タクシーかハイヤーにしても今時黒塗りは合わないな”と思っていると運転席側のドアが開いてサングラスに細いブルーのネクタイを着けた男が降りてきた。


“何だろう”と思って渡るつもりの信号が青になっても、渡らないで見ていると、その男は歩道側の後部座席に回ってドアを開くと軽くおじぎをした。

その後部座席から出てきた男をみた時、三咲は目を見開いて、つい大きな声で

「優一」

と叫んでしまった。


「優一様」

そう言って北川の部下のセキュリティ(お付きの者)が、ドアを開けると車から降りた。“一度は今日も休もうと思ったが、二日連続ではまずい”と思い、出掛けようとした時、母親のカリンが、

「今日は無理せずに車で送ってもらいなさい」

「でも」

と言うと

「風邪がぶり返したら一日の休みでは済みませんよ」

大切な子供に諭すように言うと

「分かりました」

と返事をした。


優一は、声の方に振り向くと“嬉しそうな心配そうな顔”をした三咲が、信号の反対側に立っていた。セキュリティが、三咲の方を向きながら目を鋭くすると

「大丈夫だ。あの子は大学の友達だ」

そう言って諭すとセキュリティは、頭を軽く下げて運転席側に回り車を動かした。


信号が青になり、三咲が走るように渡って来て、少し息を切らしながらもう一度

「優一」

と呼んだ。

そして優一の顔をしっかり見ると

「どうしてきてくれなかったの。昨日も今日も待っていたのよ、何で」

真剣に自分の顔を見る三咲に

「風邪を引いていたんだ」

「風邪」

その言葉に三咲は、下を向きながら

「私のせい」

「えっ」

「そんな事ないよ」

「でも」

「日曜に水泳に行った後、薄着で居たのが、原因らしい」

三咲は、少し明るい顔をして

「そう、今は大丈夫なの」

「まだ、完全じゃないけど」

「優一」

顔を見ながら少し不安な顔をしながら

「今の車は、なあに。この前も妹さんが同じ様な車に乗っていた」

時間が少しだけ流れた。


「安西さん、もう少し待って。言えると時が来たとき必ず説明するから」


“何故こんな事言うんだろう”そう思いながら、何故自分がこんな言葉を口にするのか、わからなかった。


「優一。今日の予定は」

三咲は優一と一緒に歩きながら“心の揺れ”を何とか抑えていた。

“優一と今日一緒にいれるといいな”そう思いながら返事を待っていると

「一限、二限と四限」


“なぜ聞くんだろう。自分の都合も有るだろうに。この前あんなことになったけど、勢いだけの様な気もするし”そう思いながら大学の正門が近くになると


「優一、二限終わったら、一緒に昼食とろう。ねっ」

そろそろ周りに同じ大学の学生も多くなって来た三咲は、何とか今日また会える約束を取りたかった。三咲の声に歩きながら

「良いよ」

「じゃあ、あの木の前で」

「分かった」


正門を入るとすぐに大きな木がある。多分学校が出来る前から有ったのか植えたのか分らないが太い木を見ながら答えると

「じゃあ、後でね」

そう言って三咲は三号と書かれている建物の方へ歩いて行った。


“優一と約束出来た”そう思うと、少しだけ顔色に血が集まるように“ほっ”とした顔になると

「あれ、三咲、今日は元気そう。昨日の落ち込み具合とずいぶん違うね。なにか、良いことあったの」


昨日散々落ち込んでいた三咲を何とか慰めよとした美佐子は、三咲の顔を見て自分も笑顔になると

「何が有ったの」

「ふふっ、内緒」

「教えなさい、三咲。昨日あれだけ気に掛けてあげたでしょう」

「うーん、それはとても嬉しかったけど、まだ言えない」

「ふふっ、三咲、顔に書いてあるわよ。“彼の事”だって」

「えっ」

とっさに頬に手をやると

「ほら、ばれた」

そう言って美佐子が微笑んだ。


「今度ゆっくり話してもらうわよ。三咲」

“まいったな。まだ、誰にも話してないし。もう少しごまかそうかな。まだ知られたくない”心の中でもう少し温めていたい気持ちに


「三咲、今日お昼どうする」

「えっ」


“まずい。何か理由見つけないと”


「あ、うん。ちょっと用事が有って」

「あっ、そう。なんか怪しいな。彼とデート」


“やばい。何とかしなきゃ”


「そんなことない。そんなことない」

手振りで一所懸命否定しながら

「もう時間、じゃあ」

建物の中に入ろうとして振向くと

「美佐子、昨日はありがとう」

そう言って微笑んで建物の入口に入った。


“ふう、危ない、危ない。でもどうしよう。約束場所目立ち過ぎだし。美佐子にばれたら、あの事まで話させられそう。何とかしなきゃ”頭の中で考えながら階段式のテーブルの一つに座った。


“この教授。なんでこのことをこんなに難しく言うだろう。もっと簡単に言えるのに”そんな事を思いながら“そう言えば、優一、言語系が大切だと言っていた。

将来どこか、留学でもするのかな。でも何か違う感じ。聞いてみようかな”なんとなく講義を聴きながら思いに耽っているといつの間にか一限が終わった。


“次は、二号だ。少し時間あるから外に出るか”三咲が階段を降りていると

「安西さん」

いきなり声を掛けられて振向くと知らない顔の学生が立っていた。いぶかしげに見ながら

「あなたは」

と聞くと

「二年の小林と言います。少し時間頂けませんか。話したい事が有るので」

「すみません。次の講義までの間にすることが有るので失礼します」

三咲のそっけない態度に負けずに

「では、次の講義終わった後では」

「その後も用事が入っています」

困った顔になったその学生は

「じゃあ、ちょっと今だけ」

と言うと

「僕、テニス部なんですけど、安西さん、まだクラブ入っていないと聞いたので、誘いたいのですが」

いきなり何を言うのかのと思うと“クラブの誘い。テニス。興味ないな”頭の中で思いながら

「すみません。クラブには、まだ入る気ないので」

そう言って、前を向きなおすと階段を降りながら“馬鹿じゃないの。階段の途中で話す事かな”そう思って一階に着くと、さっき話しかけた学生が、駆け足で三咲の前に来て

「“まだ、入る気ない”と言うことは、いずれ入るんですよね。その時はぜひテニス部をお願いします。では」

そう言って、駆け足で、校内の中に入って行った。


“何なのあいつ”そう思いながら外に出てステラで時間をつぶそうとしていると

「三咲。見てたわよ。もてるわね。相変わらず。結構カッコよかったじゃない。あの子」

声の方に振り向くと美佐子が立っていた。

「美佐子、見てたの」


笑顔を見せながら話す友達に

「テニス部だって。興味全然ない」

「分かってないな。目的は三咲の友達になりたいだけよ。それで“あわよくばっ”て所よ」

「へーっ、そんなものか」

「三咲は昔から変わらないな。そんなに可愛い顔しているのにちっとも彼を作ろうとしない」

「心を惹かれる人がいないだけ」

口に出しながら頭の奥で“あいつ”の事が浮かんだ。


三咲は、二限が終わると急いで正門の側にある大木の方へ歩いた。まだ“あいつ”は、来ていない。

回りを見ると特に知った顔がいないので安心して待っていると三号館から出てきた。一人で歩いている。声を掛けようとして一足出した時、“あいつ”の後ろから美佐子が、出てきた。


“これは、まずい、どうしようか”と思っていると、丁度“あいつ“と美佐子の二人の目と合った。美佐子が、

「三咲、どうしたの。誰かと待ち合わせ」

目の前にいる優一に声が掛けられないでいると

「安西さん」


“うわーっ、最悪。どうしよう“と思って困った顔になると


「あっ」

と言った美佐子は、突然

「じゃあ」

と言って三咲とすれ違うなり右目をウインクした。


“あの顔は“と思っていると

「安西さん、何か有ったの」

不思議そうに見られると

「ううん、何でもない。優一、時間有るから学校の外で食べよ」

笑顔で嬉しそうに言う三咲に

「うん、いいよ」

と言うと三咲は思いっきりの笑顔で

「嬉しい」と言った。


“可愛いな。こんなに可愛いのに”そう思いながら“なんだろう、この感覚。なんか解らない”そう思いながら三咲の笑顔を見ていた。


“なるほど、そう言う事か”頭の中で考えながら美佐子は、昼食の為、一人で大学の外に出た。

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