第7話 戸惑い (3)
「優一、今度の休みに一緒にどこか行かない」
彼が目の前にいる。距離にして一メートルも離れていない。当たり前だ。大学の近くのファーストフードは、テーブルが小さいので椅子に座ってもすぐそばにいる感じだ。
“何か言って”そう思いながら顔を見ていると
「今度の休みって」
「優一が学校ない時」
「えっ、でも安西さんは」
「優一の都合に合わせる」
一瞬黙って“どうやってこういう時は、返事をすればいいんだろう”と考えていると
「ねえ、だめ」
“まいったなあ。返事のしようがない。はいとかうんとかでいいのかな。どこに行くつもりなんだろう”頭の中で思い巡らしていると
三咲は段々下を向いてきて
「なんで何も言ってくれないの。そんなに私と一緒にいるのいやなの。本当にそうなら“私の事、嫌い”って言って。優一の事諦めるから。私だって良くわからない。でも優一の側にいたい」
そう言って下を向いてしまった三咲に、またまた“困ったな。こういうの苦手。この子のこと好きとか嫌いとかじゃなくて。可愛いけど・・どうすれば”
自分自身が、こういう状況にならなかった高校時代までを悔やんだ。
“ここは、うーん、でも”そう思っているうちに涙が目元に溜まり始めた三咲に
「いいよ。安西さんの好きな所に一緒に行く」
「えーっ」
何をするかも決めてなかった三咲は予想外の言葉に目元に浮んだ涙をそっちのけにして
「いま、優一、“私の好きなところに一緒に行く”って行ったよね」
“間違いないよねっ”という目で見ると
「うん。言った」
その言葉に三咲は
「じゃあ、今度の土曜に“ディズニーランド”行こう」
今度は優一が
「えーっ、“ディズニーランド”」
回りのひとの目が自分に一斉に集まった事に首をすくめると
「安西さん、僕、“ディズニーランド”って行った事ないんだ」
「えっ、一回も」
三咲は、頭を縦に振る優一に、少し“ニンマリ”すると
「分った。私が案内してあげる。でも朝は早いよ」
「何時ごろ」
「六時半には正門にいないと“ファストパス”取れない」
「えーっ、六時半。だって“ディズニーランド”って浦安ってとこにあるんでしょ」
自分の頭の片隅にある地名を引っ張り出しながら言うと
「優一って、浦安がどこにあるか知っているの」
少し黙った後、首都圏地図を頭に浮かべながら“えーっと、たしか”そう思いながら答えないでいると
「優一は、結構知らないのね。浦安は、千葉にあるの。それも東京に近いところ」
三咲の言葉に“ふーん”と思いながら“何て言おうかな。お母さん心配しそうだし”そう思っていると
「優一、何か心配事でもあるの」
「えっ、別に」
「顔に書いてあるわよ」
「えっ」
と言いながら自分の頬を“さする”と
「ほらっ」
と言って微笑んだ。
目の前にいる人を見ながら“ふふっ、優一とデートの約束しちゃった”心の中が昨日の“どんよりとした曇りから雲ひとつない快晴”になった。
「じゃあ、優一、渋谷の中央改札口に五時一〇分。私は始発に近いな」
嬉しそうに言うと
「あっ、この前の事もあるから携帯の電話番号教えて」
「えっ、この前の事って」
「優一、忘れたの。私を二回も“すっぽかして”
「あーっ」
風邪で待ち合わせ場所に行けなかったことを思い出すと“いいのかな。教えて”と思いながら三咲の術中にはまった事を自覚しながら携帯番号を教えた。
“ふふっ、これで携帯番号ゲット”そう思って嬉しそうな顔をすると
「どうしたの、安西さん」
また“ふふっ”と笑うと
「別にー」
と言って目元を緩ませた。
「安西さん、そろそろ」
そう言うと意味を理解して
「うん、行こう。優一、午後終わったらどうするの」
「うん、今日はまだ、体調万全でないから真直ぐに家に帰る」
学校の帰りにこのままデートと思っていた三咲は、作り笑顔をすると
「そうね、そうだよね。優一、まだ風邪気味だもの。体調完全に治してもらわないと」
そう言って微笑んだ。
“何を期待しているの”そう思いながら学校の近くにあるファーストフードを出るとそのまま、三咲と並んで学校に向った。
“なるほど、三咲の彼はあいつか。確か葉月とかいう名前だったな”。たまたま同じファーストフードで昼食を取っていた美佐子は、しっかりと二人の昼食の会話を聞いていた。美佐子は、何とはなしにスマホで“葉月”という名前を検索した。
“葉月コンツェルン”、“葉月優”・・
「えーっ、でも、まさか」
そのまま、URLをタップすると優一の父親の顔が出てきた。そっくりだった。
“まさか、父親が優、あいつが優一”言葉にならない声に会社情報を出すと“二〇〇社以上のオーナー会社、えーっ、どういうこと、あいつってここの御曹司、三咲この事知っているのかな”
頭の混乱に拍車をかけ始めた美佐子は、午後の講義が頭に入らなかった。正門で三咲の出てくるのを待った美佐子は、三咲の顔を見つけると
「三咲、ちょっと時間ある」
「あっ、美佐子。別にいいよ。このまま家に帰るつもりだったから」
「ちょっと、お茶しよ」
そう言って近くのファーストフードに入ると“昼間も入ったなここ”と思いながら三咲は美佐子の後を付いて行った。
「三咲、実言うと、貴方が、ここでうちの学生と有っているとこ見ちゃった」
一瞬、アイスティーを噴出しそうになった三咲は、
「見ちゃったの」
と言って、まずそうな顔をした。
「彼とはどこまで」
「どこまでって」
そう言って恥ずかしそうな顔をすると
「その調子では、キスぐらいかな」
美佐子の言葉に真っ赤になりながら“なんでわかるの”と思いながら視線をそらすと
「彼のことどこまで知っているの」
少し黙った後、首を横に振って、
「“ゆっくり時間が来たら話すから、家族の事は聞かないで”って言われている」
三咲の言葉に何となく、あいつの優しさを感じると
「そうか」
そう言って“そういえば、三咲、この手初めてだもんね”と思うと、これ以上何となく深入りをしてはいけない気持ちが自然と出てきた。
「良かったね。三咲。始めての彼だね」
ますます、顔を真っ赤にすると
「まだ、彼の事分らない。自分を好きでも嫌いでも無い感じ」
それを聞いた美佐子は
「大丈夫だよ。出なければ“ディズニーランド一緒に行く”って言わないよ」
「えーっ、なんでそれ知っているの」
口が滑ったと知った美佐子は、昼間の事を話した。
「絶対、他言無用だからね」
まだ、心の中で温めておきたかった三咲は、本当に厳しい目で美佐子に言うと、両方の手のひらを前に出して
「わかったから、そんなに怖い顔しないで」
そう言って“参った”という顔をした。
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