第2話 初めての時 (2)

題名を変えました。


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三咲は、明大前で井の頭線に乗り換えると渋谷で降りた。

「うーん。今日は天気がいいな。大学まで歩くか」

小さく独り言を言うと渋谷駅を出て宮益坂方面に向かった。


宮益坂を降りてくるサラリーマン風の男たちが振返る。

父親は公務員。お母さんは先生の固い家だが、本人は明るく芯が強い。背は高くないが“すらっ”とした感じの体系をしている。


サラリーマンの視線をいつもの事と思いながら宮益坂を青山通りの方向に歩いて行くと、見たことのある後姿が前を歩いていた。


“あれっ”。追いつこうと思って早足で歩いていくと、女の子が大きな車から降りてきて声を掛けている。


“誰だろう”と思っていると、何か手渡ししている。少し見ていると、車の運転手らしき男がお辞儀をした後、何か話している。どうも車に乗るのを勧めているらしいが、断ってまた歩き出した。


車から出てきた女の子が、また何か言うとその子は車の中に入り、運転手らしい男が、女の子の乗ったドアを閉めると運転席に回って、その車は動き出した。


“なんだろう”と思いながら、その後ろ姿に追いつこうと、更に早足にすると近くなったところで声を掛けた。

「優一」

その声に彼は、

「あっ、安西さん」

そう言って足を止めた。


「どうしたの。珍しいわね。こんなとことで会うなんて」

「えっ」

「また“えっ”なの」

「あっ、ああ」


少し黙った後、また学校のほうへ歩きながら

「安西さんも珍しいね。ここで会うなんて」

「うん、天気が良かったから、渋谷から歩こうと思って。いつもは半蔵門線使うんだけど」

「ふーん。そう」

少し反応が悪い優一に

「優一は」

「えっ」


“優一は何でいつも同じ返事なの”不服そうな顔を少しして彼の顔を見る。


“えっ”言ってしまった優一は、今度は“あっ”と言うと

「僕は、雨が降らない限り渋谷から歩く事にしている」

「えーっ、そうなの」

「うん」

「私もそうしようかな」


一瞬、優一は戸惑ったが、“別に一緒になる訳でもないし”と思うと少しだけ笑顔を作った。


三咲は優一が笑顔を作った事に“自分と一緒に歩いてくれる”と勘違いして、

「じゃあ、毎日一緒に渋谷から学校に行こう」


嬉しそうな顔をして言う三咲に

「えっ、でも受ける授業違うから」

そう言うと

「だから、一限が合うときだけ。だめ」


“なんでこの子は僕と一緒に居たいんだろう。こんなに可愛い顔をしているんだから、一緒に歩きたい人、他にいっぱいいるだろうに”


三咲の言葉に“うーん”という顔をすると

「優一は、私と歩くのがいやなの」


少し寂しそうな顔をされたので

「嫌って訳じゃないけど」

「じゃあ、いいよね」


「えっ」


「もう、“えっ”ばっかりね、優一は」

そう言って、優一の左腕をいきなり掴んだ。


一瞬、優一は驚いたが、

“まあ、いいか。でもちょっと胸がぶつかっているけど”。

振りほどくのも悪いと思うとそのままにさせた。


坂を上りきったところで

「安西さん、もう学校近いから腕を放して」


また、寂しそうな顔をして三咲が腕を放すと

「安西さんのこと別に好きとか嫌いとかじゃなくて、まだ安西さんの事、全然知らないし」

「優一は、私のことがじゃま」


優一は“なんでそこにいくの”と思いながら


「そうじゃなくって、もっと、そうもっとゆっくりじゃだめ」


三咲は、考え込んだ顔をすると

「分った。じゃあ、そうする」

そう言って、また優一の手を掴んだ。


“もう”という顔をすると“へへっ”と笑って

「ゆっくりね」

そう言って、手を放した。


学校に近くなると

「優一、一限は何を受けるの」

「ギリシャ語Ⅱ」

「えーっ、優一、ギリシャ語受けるの凄いな。私なんか英語もまともじゃないのに。何か理由あるの」

「えっ、あっ、いや、まあ」


全く答えにならない言葉を口にしながら優一は、自分の家のことを少し考えていた。


「優一、お前は私の跡継ぎとして、いずれ色々な国の人と話をしなければならない。学生の内にしっかりと言語系は、習得しておきなさい。ヘブライ語なども必要になる。がんばりなさい」


父の言葉を思い出しながら歩いていると三咲は少し理解した様な雰囲気で

「まあ、色々有るんだ。私は、数学原論。教授の奴、自分が書いた本を買わせるのよ。“せこい”わよね」

「うーん、仕方ないよそれは。教授たちもビジネスだから」

「ふーん、分ったような事、言うわね」


学校の入口まで来ると

「優一、じゃあまた後で」

と言って、三咲は早足で歩き出した。


“後でって、今日あの子と同じ講義有ったっけ”

意味が分らないまま優一は、二号棟と書いてある建物に入って行った。


一つ目の講義が終わり、午後からの講義の前に、用事があって学生課に行くと午後の講義まであまり時間が無くなった。

食堂で簡単に食事をして来ようと思って、歩いていると、いきなり後ろから声を掛けられた。


「優一、昼食取った」

声の方に顔を向けると三咲が自分の方に歩いてくる。

「まだ」

「じゃあ、一緒に食べない」

「うーん、午後一の授業まであまり時間がない」

「時間がないって、どの位」

「三〇分位」

「じゃあ、十分ある。行こう」

と言っていきなり優一の手を引いた。


“何なんだこの子は”


と思いながら学校の食堂へ行き、カウンターでカレーを受け取った優一が、テーブルで食べようとすると

「優一、朝、宮益坂で声を掛けた女の子は誰」

三咲は講義中も気になって仕方なかった。

“自分以外の女の子が声を掛けるなんて”、いつの間にか、三咲の心の中に占める“モノ”がはっきりしてきていた。


「うーん」

言い辛そうにしている優一に、三咲は思い切って

「彼女」

と聞くと

「えっ、彼女」

つい噴出しそうになった優一は、

「違う、違う」

と言って口を手で押さえた。


「じゃあ、だれ」

優一が笑うように答えたので、少し怒った風な顔で三咲が聞くと

「妹だよ」

とポツリと言った。

「えーっ、妹さん。黒塗りの車に乗って、怖そうなサングラス掛けた人が運転していたわよ」


“たぶん、北川の部下のことだな”と思うと


「あれは、妹のセキュリティ兼運転手」

それを聞いた三咲が大きな声で

「えーっ、セキュリティ」

と言うと周りで食事をしていた学生が二人に注目した。優一は、口に人差し指を置いて

「声、大きい」

と言って三咲を睨んだ。


「ごめん」

と下を向いて謝る三咲に

「いいよ。でも、もう家や家族の事は聞かないで」

そう言うと三咲の顔を見た。

優一は、見かけで判断されるのが嫌で、あまり友人にも家のことは話さなかった。一部の親友を除いては。まだ三咲は何も分からない。あまり話したくないと思っている。


「ごめん」

また、謝って下を向く三咲に“困ったなあ”と思っていると下を向いたまま

「もっと優一の事、知りたい。だめ」

と言って、三咲の前のテーブルに小さな涙が落ちた。三咲は、なぜこんなことを口にしたのか分らなかった。ただ、自然に出てしまった。


「安西さん」

それだけ言うと少しの間、時間が流れた。


「安西さんの気持ちは、分ったけど、もう少し待って」

その言葉を言うと、何となく回りから見られているのが分った。

「安西さん、行こう」

そう言って、三咲の頭をなでると急に顔を起こして、少し涙目をして笑った顔で

「うん」

と言って、席を立った。



あおいは、花音と会うために表参道の駅から明治通り方向に歩いていた。反対側から来る男たちの視線が嫌でも自分に注がれているのが分かる。

肩から少し長く伸びた光ほどに手入れされた髪の毛、母親譲りの大きな切れ長の目にすっとした鼻筋、吸い込まれるように潤った唇が、男でなくても視線を注いでしまう。


いつもなら“お付の者”が運転する車に乗って行くのだが、花音の母と自分の母が良く利用したという表参道を歩いて見たかった。


「うんっ」

何か自分の世界にはいない生き物を見たような気がした。もう一度良く見るとそれは、人並みの中で紛れてしまった。

そんな事を記憶にとどめながら、あおいは約束の場所に近くなると人の流れが緩やかになっている所を見つけた。自分もそちらの方と思って近くに行くと見知った顔が急に笑顔になった。


いつ見てもたまらないくらい素敵な笑顔だ。回りの人の流れが一瞬止まっている。いつもの事だと思って

「花音」

と声をかけて手を挙げると花音も

「あおい」

と言って手を上げた。


“爽やかな春風が吹いたような気持ち”にさせる母親譲りの素敵な笑顔が、

「あおい、どうしたの、歩いて来るなんて。お母様に叱られるわよ」

「花音だって」

そう言われると花音は、少し“ふふっ“と笑って

「だって、お母様たちが若い頃遊んだと言っていた原宿を歩いて見たかったの。北川には、内緒にしておいてって頼んでおいた」

「なーんだ、同じだね。私も」

と言ってあおいは、微笑むと

「でも北川は、多分お母様に言うわよ」

「そうかなあ」

いつもの人を疑うことを知らない“天然の純真無垢“な顔で言うと

「花音」

そう言ってあおいは、目元がほころんだ。


葉月花音一六才、三井葵一三才。二人の母親が中学時代からの親友。それが縁で物心ついた時から知っていた。姉妹のような関係だ。


「でも、あおいも同じでしょ」

「私は、大丈夫。だって駅までは車で来たから」

“えーっ“て、顔をすると

「実を言うと私も」

と言って花音は、“ぺろっ“と舌をだした。


「花音、ところで何かオーダーしたの」

首を横に振ると

「あおいが来るまで待っていた。でも五分位」

そんな話をしていると店員がオーダーを取りに来た。嬉しさでいっぱいの顔をしている。


奥で他の店員も二人を見ているところを見るとあおいは、花音の顔を見て“いつものことね”という顔をした。

二人とも母親譲りで小さい頃から人目を引いていた。


「あおい、学校はどう」

大好きな“フォローズン・スカッシュ”のストローを遊びながらこの春、中等部に入学したばかりのあおいは、

「うーん、少し慣れた」

「そう。友達は出来た」

「まだ友達はいない。でも、同じクラスの子とは普通に話すよ」

「それなら、大丈夫ね。入ったばかりだから友達を作る時間は一杯あるわ」


あおいは、今年の春に花音と同じ学校に入学した。両方の親も通った学校だ。

「あおい、何か困ったことが有ったら教えて。力になれるかも知れないから」

「花音、ありがとう。ところで今日行きたいところがあるの。一緒に行ってくれると嬉しいのだけど」

「えっ、良いけど、どこ」

「青山通りを右に行って少し行ったところ。洋服欲しいの」

「良いわよ。でも少し歩くわね」

「うーん、花音、歩こう。歩いてみたい。せっかく表参道に来たんだから」


あおいが言うと花音は、目を道路側に流して

「大丈夫。石崎が見てるわよ」

花音が、そう言うと聞こえるはずもない距離なのに、あおいのお付きの者が会釈したような気がした。


あおいは、少し黙ると

「良いわよ。無視、無視」

「そんな事言って良いの。お母様からお叱りを受けるのは石崎よ」

あおいは、また考え込むと

「分かった」

と言ってお付きの者の所にいき、何かを話している。お付きの者が困ったような顔をしながら渋々承諾した様だ。あおいが戻って来ると

「何を言ったの」

「うん、“私達は歩くから、貴方は車で付いてきなさい”って」

「まあ」

と言うと花音は、微笑んだ。


少しの間、二人で話をした後、あおいの言っていたお店の方に歩き出すと、男が何人か声を掛けそうになったが、何故か何もしないで通り過ぎて行った。

「花音、後ろの者、何とかならないの」

「無理、無理、仕方ないわ」

二人のうしろに黒のスーツに細いブルーのネクタイをしてサングラスを掛けた男が、二人に付かず離れず付いて来ている。

あおいも諦め顔で、初めて歩く表参道を楽しんでいた。


「お母様たちは、自分達が若い頃、こんな素敵な所で楽しんでいたんだ。ズルイなあ」

「あおいも直ぐに慣れるわよ。私もはじめて来たときは同じ気持ちだったけど」

そう言って微笑むと

「そうなんだ」

と言ってあおいも微笑んだ。


二人がまわりの街並みを見ながら歩いていると、やがておあいが行きたいと言っていたお店の近くまできた。

「花音、もうすぐ、ほらあそこ」

と言ってあおいが指を指したところは、この前花音が、美憂と学校の帰りに寄ったお店だった。

花音は、“あっ、ここは”と思うと、今日は私服であることを考えて

「あおい、ちょっと先に入っていて」

と言って、あおいが先にブティックの中に入って行くと、案の定、店員が“こんな子供が買うの”と言う顔をしていた。


花音は、空々しく店員に聞こえる声で

「あおい、気に入った洋服見つかった」

とあおいの側に寄って来て言うと花音の顔を覚えていたのだろう、店員が急に愛想を良くして近寄って来た。


あおいは、“どうしたの”という顔をすると花音は、あおいの耳に手を近付けて、この前の事を話した。あおいが微笑むと

「私も同じ事、しようかな」

と言って花音の顔をみた。


ブティックの入口まで大きな袋を持って出てきた店員が、あおいに袋を渡そうとするとサングラスの男が近づいてきたので、あおいが手で制止すると店員が“なに”という顔をしてサングラスの男を見た。


店員があおいに袋を渡し、はっきりした声で

「ありがとうございました」

と言うといつの間に止まっていたのか、二台の黒塗りの車の前にそれぞれサングラスを掛けた男が後部座席のドアを開けて待っていた。


店員が、“なんなの”という顔をしていると

「花音、ありがとう。もう帰る。今日は楽しかった。これ以上歩くと石崎が、お母様に叱られるから車を使う事にします。ごきげんよう」

と言って“お付の者”が待っている車に大きな袋を持って歩いて行った。花音も

「あおい、私も楽しかった。ごきげんよう」

と言ってやはり“お付の者”が後部座席のドアを開けて待っている車に歩いて行った。

周りの人が“何かの撮影か”とか思いながら歩いていると、その風景を見ていた店員は、目を丸くしたまま少し動けなかった。


「お母様、今日はあおいと会って来ました。お母様たちが、若い頃楽しんだ表参道です。あおいは、“お母様たちは若い頃、こんな素敵なところで遊んでいたんだ”と喜んでいました」

「そう、あおいさん元気だった」

「はい」

カリンは、“そういえば、かおるともずいぶん有っていないな。最近仕事忙しいようだし。今度連絡取ってみよう”そう思いながら嬉しそう顔をして話す娘の顔を見ていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


2回目の投稿です。

題名は、小説家になろうで投稿している原作の題名を持ってきて、今までの題名を副題としました。



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