第33話 いつもそばに (5)


頭の中が霧の中にいるような感じに自分の腕を動かすと


「優一」

「お兄様」

声の方向に目だけを開けると心配そうな顔をして母親のカリンと花音が自分の顔を見ていた。


「ここは」

「病院です。二日前に昼ぐらいに帰ってきたと思ったらいきなり二階に上がったので、声をかけたら、あなたが倒れたのです。すぐに救急車を呼んで緊急入院させました。人の顔色をしていませんでしたから」


なぜか、いつもより厳しい口調でいう母親の顔を見ながら何も言わないで見ていると


「お父様に連絡を入れてきます。心配なさっているでしょうから。花音いてあげて」

「はい」

と返事をすると母親が出て行くのを待って優一は、


「花音、お母さんは、なぜあんなに厳しい口調で言ったんだ」

「お兄様。理由を知りたいですか」

少し、微笑みながらいう妹に


「なんだ、笑いながら。お母さんは怒っている感じだったが」

「ふふっ、お兄様、気を失われている間、三咲様と美佐子様のお名前ばかり呼んでいましたわ」


また“ふふっ”と笑うと


「美奈様が、“お見舞いに行きたい”と言っておられましたが、“この状態では会わすわけにはいかない”とお断りになっていました。お兄様、どんな夢を見られていたのですか。花音は知りたいです」

可愛い妹の花音に言われた事にショックを受けながら


「忘れた」

と言うと


「ひどいですわ。二日半も付き添っていたのに」

少しふざけて怒った顔をすると、とても可愛く見えた。


「わかったよ」

そう言って、母親がいないことで気が緩んだのか、可愛い妹に気が緩んだのか、夢で見たことを話した。


「そうだったのですか。大変でしたわね。多分、お兄様の心の中で整理しなければいけない事とお兄様の気持がぶつかり合ってそのような夢になったのでしょう」

そう言って真面目な顔をする妹に


「花音」

とだけ言うとまた、目をつむった。


結局、病院を出たのは四日目の朝だった。家に戻り、携帯の着信を見ると美奈から連絡が入っていた。


“優一、お母様から聞いた。退院したら、連絡ほしい”


三日前の留守電だった。“心配させたかな”と思うとすぐにかけようと思ったが止めることにした。自分の心を整理したかったからだ。


結局、一週間、会社を休んだ。“自分の気持の整理ができるまで”そう考えての事だった。

土曜日の朝、朝食のテーブルに着くと父と母がいた。花音も座っている。


「お父さん、後でお話があるですが」

息子の言葉に視線を投げると


「何だ、ここでは話せないことなのか。ここにいるのは家族だけだ」

父の言葉に“ちらっ”と花音を見ると


「私は席をはずします」

「いや、花音も居てくれ」

そう言って、花音が席をはずすのを止めると


「お父さん、お母さん、石原美奈さんと正式に婚約を整えたいと思います」

花音は目を丸くした。母親は、鋭く息子を見ると父親が


「優一、いいんだな」

「はい」

「分かった」

それだけ言うと妻のカリンに視線を投げた。


「良いのですね。優一」

「はい、お母さん」

「分かりました」

そう言うと今度は微笑みながら“ふふっ”と笑って


「心の整理がついたのですね。では、美奈さんに自分の口からその事を告げなさい」


そう言って微笑んだ。朝食を済ませた優一は、二階の自分の部屋に戻ると携帯の美奈からかかってきている電話番号にタップした。少しの後、


「優一」

という声とともに


「心配したんだから」

そう言って本当に心配そうな声を出すと


「美奈、大事な話がある。今から会えないか」

優一の言葉に不安がよぎりながら


「いいわよ。どこで」

「今から迎えに行く。僕の車で」

「うん」


優一との電話の内容に悪い話ではないと思いながら、数日間母親から会うことを許されなかった事が、心に不安の種を残していた。

優一は、母親に事の次第を告げると


「今から連れてきます。お母さんとお父さんの前で正式に言いたい」

息子の真剣な言葉に


「分かりました。お父様には言っておきます」

その言葉に優一は、車庫に向かった。


久々にエンジンを駆けると少しの間待った。油温が上がらないうちは、走り出すのは危険だ。いつ止まるか分からない。ゆっくりとエンジンをアイドリングしながら、油温計が少しずつ上がり始めるとゆっくりと車を動かした。


 普通の乗用車なら、弦巻まで直線的に走る道もあるが、車には良い事を考えると少し大回りするが、環七を走った。


 二四六をアンダーガードして、途中から弦巻通りに入りT字路になる前で左に折れると車を止めた。スマホの美奈の電話番号にタップするとすぐに出た。


「美奈、迎えに来た。表にいる」

「分かった」

少し待つと普段着姿の美奈が玄関から出てきた。一人だ。

車から降りて微笑むと


「乗って」

そう言って、ドアを開けた。美奈は、初めてではないが、“ストン”と腰を落とすように座ると“きゃっ”と声を上げたが、優一は微笑みながら


「閉めるよ」

と言ってドアを閉めた。

エンジンをかけて車を動かし始めると


「優一、どこに行くの」

「僕の家。お父さんとお母さんに会ってもらう」

「えっ、もう何回かお会いしたけど。それに思いっきり普段着だよ」

「いいよ、素敵だよ。それに両親の前で言うことができた」

その言葉に美奈は、何となく分かりながらやはり不安だった。


表門につくと車をそのままに


「美奈、来て」

と言ってドアを開けると手を引いて車から降ろした。明らかにいつもの優一と違う。


“どうしたんだろう”と思いながら付いていくといつもなら居るはずの母親の姿がなかった。


「お父さん、お母さん、来て頂きました」

そう言って、応接に行くとすでに両親は座っていた。


「美奈、座って」

そう言われて座ると優一が隣りに腰をおろしてから


「朝も言いましたが、本人の前でもう一度言います。石原美奈さんと正式に婚約します」

美奈は頭の中が真っ白になった。いきなりだった。少しの間の後、母親のカリンが


「美奈さん、受けて頂けますか」

美奈に取っては驚きでしかなかった。


こんな形で優一から言われるとは思っていなかった。まして、優一の両親の前で。


優一からプロポーズされてからすでに七ヶ月。いずれはと思っていても優一の後ろにいる女性の姿が見えている間は、ないだろうと思っていた。それだけに五日間の休みの後の突然の出来事に少し困惑した。美奈が黙っていると


「美奈、駄目なのか」

優一が心配そうに声を出すとやっと声を出すことができた美奈は、


「ううん、とても嬉しい。でも、でも・・長かったから・・」

美奈の言葉に優一は、


「待たせて・・ごめん。心の整理は付けた。美奈しか、もう見ない」


その言葉に美奈は、目元に涙が溜まっていた。

両親が応接を出て行った後、美奈が


「優一、本当に私しか見ないのね。一生私を守ってくれるのね」

そう言って優一の目を見た。美奈の真剣な目に


「うん」

優一は、三咲と美佐子に言った言葉が一瞬だけよぎった。そして改めて“必ずこの人を幸せにする”と思って美奈の目を見た。

その視線に美奈が目を閉じると静かに優一は唇を合わせた。


それから一ヶ月後、正式に婚約をした。平岡にだけは、事情を話した。ただ、周りは自然と雰囲気が分かるもので、いつのまにか知れ渡った。


結局婚約までは長かったが、葉月家の長男、次期葉月コンツェルンの社長の結婚式を挙げるとなると招待する人の調整もあり、六ヶ月後になった。


なぜか優一は、美奈と食事をした後、体を合わせる事をしなかった。美奈は、優一の気持が決まった以上、誘われたら断らないつもりでいただけに、なぜ誘わないのか分からなかった。


優一自身は、三咲と美佐子の事は整理できても美奈に対して同じような流れで行くのが嫌だった。

もちろん美奈と体を合わせたい。“だが、でも”という気持ちも有った。その理由は、自分が犯した二人の女性に対する自戒の念がそうさせていた。


結婚式も後一ヶ月に迫った時、


「優一」

いつも食事をした後に行くバーのカウンターで隣に座る彼を見ながら美奈は


「もういいのよ」

あえて自分から言って、そしてそれだけ言うと顔を下に向けた。


「なんのこと」

わざと知らないふりをする優一に、美奈は少しだけいたずらっぽく


「じゃあ、いいわ。結婚式までお預けね」

「えーっ、そんな」

と言いながら自然と視線が美奈の顔から喉にそして胸元に泳いだ。


「エッチ」

と言っていたずらっぽい目をすると


「本当は、・・」

言葉が続かない優一に


「じゃあ、素直になりなさい」

「はい」

“なんでこうなるの”と思いながら


「美奈、行こうか」

「うん」


そう言って少し赤くなったのが、お酒のせいだけはない事が分かった。美奈は、優一の腕を掴みながら少しだけ微笑んだ。


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