「第3章 フィルター越しの世界が壊れる時」 (2)
(2)
いつもと変わらない高校への通学。昇降口でイヤホンを取った巧は、ロッカーから必要な教科書類を取っていた。そこに、肩をポンっと叩かれる。
「おはよっ! 香月君。いや〜、昨日は遅くまで盛り上がったね」
「お、はよう……、新城さん」
いつもなら沙代は誰かと一緒に来ているのに今日は珍しく一人。
そのせいか夜と変わらないテンションの沙代に巧はぎこちなく挨拶を返す。すぐに他の誰かが彼女の下へやって来る。そう思って挨拶だけに留めて体を階段へ向ける。すると、後方から慌てた彼女の声が届いた。
「ちょっ、ちょっと待ってよ香月君。すぐに私も準備するから。一緒に教室行こう?」
「えっ、いや……。それは」
教科書をテキパキと取る沙代にどう答えていいか分からず、立ち尽くす巧。こんな所、誰かに見られたら。焦りと不安が寒気となって背中から上がってくる。その様子に彼女が取るのを中断してロッカーから手を離した。
「私と教室行くの嫌だったりする?」
「別に嫌とかじゃないけど……」
「良かった! もうちょっと待ってて。今日一時間目。古典だったよね。よし、これで全部」
巧が拒否をしなかった事で顔をぱあっと明るくした沙代。電話とメールで声の感じは同じなのに顔が見えるだけでこうも違うのか。
毎夜、互いに話をする仲になっていてもあくまで、夜だけ。昼間の学校では違う。巧はそう思っていた。だが、今の沙代の態度を見ると、どうやら違うらしい。そこを理解出来た時、諦めにも似た息を吐く。
沙代と並んで階段を上がる。
多くの生徒の声と足音が響く中、教室まで向かう事が昨日までは何とも思わなかったのに隣に沙代がいるだけで、何もかもが変わって見えた。
そんな巧の心の機微など知る由もない沙代は、昨夜も遅くまでメールをしていたので、寝不足だと笑う。それにつられて彼の頬も自然に揺れる。
巧は高校に入学して初めて、誰かと一緒に教室に入った。
「おっはよ〜!」
教室のドアをガラっと開けて、澄んだ沙代の声がクラス全体に響く。
すぐ近くにいるグループがその声に振り返った。彼女達の表情は親しい友人に会えて明るかったが、隣にいる巧を見てすぐに眉を潜める。
それはもう、嫌になるくらい分かりやすい反応だった。
「あっ、えっと……」
沙代は巧に向けられる彼女達の視線にどうしたらいいか、戸惑っていた。
そのせいもあり、教室の雰囲気が変わっていく。周囲の話し声のボリュームが絞られて代わりに視線が二人へ集まってくる。
そうだ。こんなの始めから分かっていた事じゃないか。
巧は目線を下にして、スタスタと自分の席へ向かった。今、顔を上げて沙代の方を向けば、迷惑がかかる。これが彼に出来る精一杯の抵抗だった。
——なんだ。隣に立っていただけか。紛らわしい。
——そりゃそうでしょ。いくら沙代でもあり得ないって。
冷たいイスに腰を下ろした時、誰かがそう言っているのが聞こえた。良かった、作戦成功。気付かれないように心の中でガッツポーズをする。
持って来た教科書類を引き出しに入れて、巧はペットボトルのお茶を飲む。登校途中、コンビニで買った常温のお茶は喉を通り、思考を緩やかに調節してくれる。
その後の巧は、また昨日と同じように学校生活を過ごして終わった。
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