「第7章 クローバーとイエローブースターの関係性」 (5)

(5)


「着いたよ」


 ぼやけた耳に隣から声が届いた。


 いつの間にか眠ってしまったようで、彼女の声で巧の意識が覚醒する。


 目を開けるとそこはサービスエリアではなく、前回も送ってもらった駅前のロータリーだった。あまりにも一瞬の移動にワープしたのかと思ってしまうが、ナビのディスプレイに表示されている時間は最後に見た時から一時間以上経過している。どうやらワープではないようだ。


「すいません、眠っちゃって」


 ずっと運転して疲れているはずの彼女に巧は謝罪する。


「大丈夫。運転は好きだから。それよりもさっきの話だけど、すぐに結論を急がなくもいいから、じっくり考えて」


「ちなみに貴方はどう思ってますか?」


 助手席のドアノブに手を掛けて巧はそう問いかける。


 自分自身の奇跡を消滅させるか否か。結論が出せない巧は少しでも参考意見が欲しかった。


「もし、私が巧君の立場だったら……。うん、答えは出た」


「どっちですか!?」


 答えが出た彼女に身を乗り出す勢いで問いかける。


 彼女は「おっと」っと小さく驚いてから、首を左右に振った。


「私が教えられるのは方法まで。横からの答えは聞いちゃダメだ。これは巧君が一人で答えを出さなくちゃいけない事だから」


「そう、ですよね」


 至極当たり前な事を返す彼女に巧は首を落とす。 


「私は巧君がどんな答えを出しても応援するから。納得出来るまで、しっかり考えて答えを出しなさい」


「ありがとうございます」


 彼女の優しさに礼を言って、巧は車から降りた。


 外の風はサービスエリアで感じた時よりも寒くて、寝起きでぼんやりとした頭には丁度良い。


 最後の挨拶をしようと運転席へ回る。それに合わせて彼女はパワーウインドを下げてくれた。


「今日は本当にありがとうございました。とても一日では収まらない程の沢山の事を知れました」


「うん。私もやっと全部話せて嬉しかった」


「教えてもらったイエローブースターの方法ですけど、結論が出せたらもう一度電話してもいいですか?」


「いいよ。いつでも電話してくれていいから。番号も教えてあげる。毎回、イエローブースターを使う訳にはいかないものね」


 彼女はポケットから銀色の携帯電話を取り出した。巧も自身の携帯電話を取り出して、互いの連絡先を交換する。


「よし、出た出た」


 こちらの名前が表示されて満足そうな彼女。逆に巧は次に電話をかける時の事を今から想像して、どうしても緊張してしまう。それが顔に出てしまったらしく、彼女は小さく微笑んだ。


「本当、大丈夫だから。どんな結末になっても私は反対しないし。なんなら、結論が出なくても電話をしてくれていいからね」


「もしかしたら本当に電話するかも知れません。その時はよろしくお願いします。えっと……、榎本さん」


 携帯電話に表示された榎本という名前を見て、彼女の名前を呼ぶ。


「あーあ。バレちゃったか〜。最後まで名前を明かさずカッコいいお姉さんでいこうと思ったのに」


 ふざけてそう話す榎本に巧は笑って答える。


「もう充分、カッコいいお姉さんです。安心してください」


「そう? なら良かった。じゃあ、もう行くね。電話、待ってるから」


「はい。では、また」


 榎本は、パワーウインドを上げて車を発進させた。彼女の車がロータリーから通りに出るのを見送ってから、巧は改札を通る。


 ホームで電車を待つ間、巧は携帯電話を取り出した。そこには連絡先を交換した榎本の名前がある。当たり前だが、電話番号がちゃんと表示されているか確認をした。


 イエローブースターの事を自分より詳しい人の連絡先。何だか夢の中にいるような浮遊感があった。ルーズリーフを昨夜見て、今日会うまでこんな気持ちは全くなかった。そういう意味でも今日の収穫は大きかった。


 得られた収穫、イエローブースターの取り消し。それをどうするか。


答えは自分で出すしかない。ひたすらに考えるんだ。


 そう自分に言い聞かせて巧は電車を待つのだった。

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