「第3章 フィルター越しの世界が壊れる時」 (6)
(6)
あれから、どれくらい時間が経過したのか。
巧は両腕を力無く伸ばしてベンチに座っていた。無論、すぐに座ったのではない。最初は沙代がどこかに飛んでしまったのではと、公園中を探した。
同じ場所を何度も探している内に焦りと不安から早々に体力の限界が来てしまい、一度状況を整理しようと、こうしてベンチに座っているのである。
いつの間にかベンチにあったはずの沙代の通学カバンまで消えている。もしかして自分が彼女を探している間、行き違いになって帰った? 一瞬その可能性が頭を過ぎったが、あり得ないと即座に否定する。
自分の身に理解不能な現象が起きたとしても、沙代は黙って帰らない。必ず連絡をするはずだ。巧は携帯電話を取り出した。
アドレス帳を開いて、新城沙代の名前を探す。
元々、登録件数が少ないので沙代の名前は簡単に見つかる。そう思って巧はさ行をスクロールしていく。彼女の名前が携帯電話に表示されるのは、もう当たり前の光景だ。
しかし、さ行を全部見ても新城沙代の名前は見つからなかった。すっと背筋に氷を落とされたような冷たさが走る。
そんなはずはない。昨日だって電話もメールもしている。
巧は受信ボックスや着信履歴を開いて、沙代の痕跡を探す。
だが、どれだけ注意深く探しても結果は変わらない。
何を勘違いしているか知らないがそんな人は元々いないぞ。
液晶画面を凝視し過ぎて目が痛くなった巧に携帯電話から、呆れ顔で言われているような気がした。
流石に番号までは覚えていない。だから、こちらから連絡が出来ない。
手詰まり。
その事実は巧の両肩に重くのしかかる。知らず知らずの間に疲労と共に蓄積されていたそれはとても辛くて、すぐには立てそうにない。
巧はベンチに背中を預けて上を向いた。沙代が消える前と消えた後の世界では、何もかもが当たり前のように流れている。
夜空も同じだった。少なくとも一時間以上前、この空は自分と沙代を見下ろしていた。それなのに、今は自分一人いる事を受け入れている。
少しくらい驚いてくれたっていいじゃないか。
ダメだ、疲れておかしな事を考え始めている。
頭を振り、機能を正常に戻す。
カラン。
伸ばした足が何かに当たった。音が鳴った方を見ると、そこには少し前まで飲んでいた空のコーヒーが転がっていた。遠くへ転がっていく缶を数秒見て、沙代が直前まで飲んでいたミルクティーの存在を思い出す。
ベンチから立ち上がり、彼女が座っていた足元を携帯電話のライトで照らした。正直、見つけても何の意味もない。それを承知の上で、消えてしまった彼女の面影を探し続ける。
時間にして一分弱、巧はライトを照らし続けた。
やがてライトを消した巧は再びベンチへと腰を下ろす。今度はさっきよりもだらしなく両足を左右に広げて、背もたれに両肩を乗せる。そして、顔を上げて未だに驚かない夜空を眺めた。
「ははは……っ」
まったく、容赦ないなぁ。缶の一つも許してくれないのかよ。
夜空を見上げる巧の口からは、そんな愚痴を込めた笑いが漏れていた。
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