3-5

 昼ごはんを食べ終えて、次の講義までの空き時間。課題の一つでも済ませておけばいいのに、気がつけば私はサークル棟まで来ていた。

 サークル棟の一階は生協と運動系の部活で、二階と三階は学術系のお堅いサークルとか、ボランティアとかそっち系のサークル。四階には古くからの音楽系のサークルとちょっとカルトっぽいサークルがが入っていて、五階と六階はいわゆるオタク系のサークルとか、お笑い系のサークルがひしめき合っている。ちなみに何をやっているかよくわからないオールラウンド系サークル(まあ酒を飲むか男女を漁るのが目的だろうけど)とかは、サークル棟に居場所は持っていない。サークルにもそういうカーストがあるみたいで、新しくできたイケイケのサークルには割り当てられる場所がないのだ。昔からある特権階級的なサークルだけが部室を持つことを許されていて、そいつらはいかに事実上稼働していない幽霊サークルでも絶対に居場所を手放そうとしない……らしい。私はサークルに入ってないからわからないけど。美樹がよく言ってた。

『ウチが入ってるオーランのサークル、いつまでたっても部室もらえないんだもん。あんな活動してない哲学研究会とか潰しちゃえば良いのに』

 とかなんとかって。

 で、そんな私がわざわざサークル棟まで来た理由は一つだった。

 雨宮純を探すためだ。

 ギターを背負っていたし、曲を書いているのだとしたら、彼女は間違いなく軽音サークルに違いない。それでバンドを組んで曲を書いているんだろう。それがどうして私に歌詞とコード譜を渡したかはわからないけれど。何か意図があってのことに違いない。

 私はスマホでサークル棟の地図を見ながら、四階をウロウロ歩き回った。実際見てみると、山岳部だと現代宗教学研究会だの、社会学研究会だの、訳のわからないサークルがいっぱいだった。そしてどの部室にも人の気配は感じられなかった。

 歩き回ると、やっと音楽系のサークルを見つけた。部屋の外にはバンドのポスターがびっしり貼ってあったから、すぐにわかった。

 コンクリ打ちっぱなしの壁に、磨りガラスの扉。壁には手書きの文字で『軽音サークル・ZEP』とだけ書いてあった。

 ――いるとしたらたぶんこういうサークルだと思うんだけど……。

 扉に手をかけ、意を決してノックしようとしたときだ。

 突然、ガラガラと音を立てて扉が開いた。中は煙がモクモクと立ちこめ、エナジードリンクの空瓶とギターが転がっていた。

「あ、もしかして見学の人?」

 一人、部屋から出てきたのは、髪の毛をグレーに染めた男だった。奥にはもう三、四人の人影が見える。ギターをチューニングする間抜けな音が響いていた。

「いえ、そうじゃなくて。すみません、私、人を探してるんですけど」

「人? うちのサークルのメンバー?」

「たぶんそうだと思うんですけど。あの、女性なんですけど。名前が雨宮純って――」

 私がそう言いかけた、そのときだった。

 突然、グレーヘアの彼は顔をしかめた。深いため息とともに目を伏せ、彼は首を横に振った。

「雨宮純ならウチのサークルにはいないよ。っていうか、なに? 君ってばあの女のこと探してるの?」

「そうですけど……」

「あいつには関わらないほうがいいよ。ロクなことにならないから。俺は忠告したからね」

「はあ……。あの、じゃあ雨宮さんがどこにいるかは知ってますか?」

「知らないよ。知っててたまるかよ。ほか当たってくれ」

 彼はそう言うと、私が何か言うのも待たずに扉を閉めてしまった。あわや指を挟むところだった。

「……関わるなって、どういう意味……?」 


 それから二、三件ほどほかの音楽系サークルを当たって見たけど、反応は同じだった。


「雨宮ぁ? ウチに居るわけないだろ。ほか当たってくれ」

「雨宮純なんて会員はいません」

「あんなやつウチに入れるワケないだろ」

「ほか当たってください」


 最後の最後、四件目のサークル。そこはどっちかというとアコースティックなオシャレ系のバンドサークルだったので、ちょっと違うかなと思ったけど。まあ、案の定の答えだった。

 部室から出てきたメガネにオカッパ頭、ラルフローレンのポロシャツを着た部長だった。彼は私を部室に招き入れて、お茶まで出してくれた。だけど、それでも答えは「知らない」だった。

「僕も詳しくは知らないけれど。その雨宮純さんって、ZEPを破門になった人のことじゃないかな」

「破門、ですか?」

 私は部長が入れてくれたハーブティを飲みながら言った。

「言葉の通りだよ。何でも三年のメンバーでそこそこ実力のあるギターボーカルがいたらしいんだけど、彼のことをクソミソに――失礼、を言ったらしい。そしてサークル内の不満を買って、出て行ったとかなんとか……。しかも彼女はバンドサークルに居たはずなのに、誰とも一緒にスタジオに入らなかったらしいんだ。さらには自分で書いた曲を、その三年の先輩に聞かせてすり寄っていたらしいんだけど。でも、絶対にその曲をほかの会員に弾かせなかったし、まともに聞かせようとしなかった。曰く、『わたし以外の人間が、わたしの創作物に侵入してくるのが嫌いなの』とか言ってね」

「は、はあ……じゃあ、彼女はどのサークルにも所属してないんですか?」

「たぶんね。破門されてからというものの、どこに行ったという話は聞かないね。たまに新宿のライブハウスに顔を出していると聞くけど、でも彼女が演奏をしているのを聞いた人はいないそうだ」

「なるほど……」

「あくまで噂の域だけどね。ところで君は――」

「佐藤紗理奈です。サリーでいいです」

「サリー。君はどうして雨宮さんを探しているわけ?」

「実は彼女に曲の歌詞とコードを渡されまして。どうしたもんかと思って……」

「ふぅん。あの雨宮さんが?」

「あの雨宮さんがです」

「そうか。……不思議なこともあるものだね。まあ、僕に言えるのはこれくらいかな。とはいえ彼女もきっと学内にはいるはずだから、探せばいると思うよ」

「そうですね。あの、お茶ありがとうございました」

 私は残りのお茶を飲み干して、部屋をあとにした。心優しい――しかしゴシップ好き――な部長は、最後までにこやかに私を見送ってくれた。

 でも、これで前に進んだわけではない。

 結局、彼女は見つかってないのだ。

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