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 コンビニで夕飯の弁当とお茶を買ってから、アパートに帰った。バイト先からアパートまでは歩いて一〇分くらい。その道中にセブンが一軒あるから、いつも私はそこでサラダチキンとパリパリサラダ、あとお茶を買って帰る。とくに食欲のない日にはサラダチキンとお茶だけの日もあった。

 アパートに戻って電気をつける。テーブルの上には、花束がポツンと置いてあった。大学から帰るなり面倒臭くて机の上に投げ置いたのだった。

 昨日まで溌剌としていた花たちは、すっかり精気を失っていた。喉はカラカラ、水につけてほしいと言わんばかりだ。

 私はキッチンの中から適当なグラスを探した。前にスーパーのオマケでもらったプラスチック製のグラスがあったから、そこに水を溜めて、生けてあげることにした。

 花瓶代わりにして玄関に置いてみると、ちょっとアンバランスだが安定した。でも、すぐに花が元気を取り戻すはずもなく。萎れかけのギプソフィラが申し訳なさそうに頭を垂れていた。


「そう言えばこっちの手紙見てなかったな」

 サラダチキンを食べながら、私は手紙の封を切った。雨宮さんがくれた手紙の方だ。大学が一緒だったのは驚きというか、偶然だけど。わざわざ返してくれたのはさらに驚きだった。捨てたって構わないのに。それに手紙まで書いたって、何を考えているんだろう、あの人は。

 不思議な子だと思った。

 不器用な子だと思った

 たぶん私と同じ。

 彼女が寄越したそれは、手紙というよりもメモ書きだった。たしかに茶封筒に収まっていたけれど、中に入っていたのは便箋ではなく、ノートパッドの切れ端だった。それも手で千切ったんだろう、切りとった跡はガビガビだった。

「なに? これが手紙?」

 手紙、というよりもこれは何だろう。


    ♪


 ねえ、

 いまここに居るワケと、

 理由という名の言い訳を

 僕は探したり、汚したり、


 ねえ、

 しがみつく何かと、

 しがみつきたいモノを

 僕は貶したり、脅したり、ゆすいだりさ


 好きだった小説をゴミ箱に捨てたあの日、

 好きだったCDを割り捨てたあの日、

 好きな人の手紙を焼き捨てたあのときに、

 それ以外の選択肢を、手にできなかったのかな


 僕はいま十九歳で、世界はあと一年で

 僕はいま十九歳で、世界はあと一年で

 滅ぶと信じていたけれど、だけれど


     ♪


「なにこれ、歌詞?」

 とりとめもない言葉の羅列と、そのうえに記号のようにアルファベットが記されていた。手書きの文字で、急いで書いたような殴り書きだ。目をこらしてみると、やっとそれがAマイナー7thだとか、C7だということがわかってきた。和音コードを表す記号だ。昔ピアノをかじってたおかげでちょっとはわかった。とはいえ小学生の時に三年くらい教室に通っただけだけど。

 何の歌だろうと思って、試しに歌詞の一部をグーグルで検索してみることにした。

〈いまここに居るワケと、理由という名の言い訳を探したり、汚したり〉

 しかしグーグルはロクな結果を表示しなかった。誰かしらの愚痴を束ねたブログだとか、ロボットがテキトーにツイートを収集した結果だけのページだとか、とにかくそれらしいページは一つも無かった。だとしたらこれは歌ではない? と思ったけど、でもこのメモ書きはどうみたって歌詞とコードだ。歌以外のなんだって言うんだ。

「まさか、あの子の歌?」

 思い至った。

 あの子、背中にギターを担いでた。たぶんエレキギター。音楽をかじってるか、軽音サークルに入っているに違いない。だとしたらこの曲は、もしかして彼女のオリジナル曲?

「でも、なんで私にそんなメモ書きを書いて寄越すんだろう」

 色々考えてみる。そのうちサラダチキンを食べ終えたから、私は色々と演奏する方法を考えてみた。スマホのアプリに簡単なキーボードが弾けるアプリがあったから、とりあえずそれをダウンロードしてみることにした。

 スマホの小さな画面じゃ、和音を弾くのはかなり大変だけれど。とりあえずそれっぽい音を鳴らすことはできた。

 ぽーん、と音を鳴らしてみる。無料アプリのチープな電子音がアパートに響いた。それはただの和音だから、もちろんメロディなんかじゃない。一体この歌がどんなメロディのどんな歌かなんて、この走り書きからじゃわからない。

 でも、想像することはできた。

「僕はいま十九歳で」

 ぽつり、ぽつりと、慣れない手つきでスマホを叩く。

「世界はあと一年で滅ぶと信じていたけれど」

 もっともそれは歌というよりも、詩を朗読しているみたいになった。

 しばらくのあいだ私は、探すように音を奏でてみた。なんだか久しぶりに鍵盤に触れてみるのが楽しくって、ああスマホじゃなくて生の鍵盤があったらなって少し思った。でも、少しだけ。あんまりピアノ教室に良い思い出はなかったから、もう一度やりたいとは思えなかった。

「でもなんでこの手紙を寄越したんだろう。まさか私にこの歌を歌ってほしいとか?」

 まさか。

 私はそんな馬鹿げた考えを一蹴すると、手紙を花瓶に添えてあげることにした。兄さんからの手紙。本当はビリビリに破いて捨ててしまいたかったけど、そうしたら彼の思いを無碍にしてしまう気がして。かといって大事にとっておけるほど私は強く無いから。

「世界があと一年で滅んでくれないと困る、か」

 だから、私は花瓶の横に二つの手紙を置くことにした。一つは兄さんとその妻からの手紙。そして雨宮さんからの手紙を覆い被せるようにして置いて、兄さんの存在を消そうと思った。

 もちろん消せるハズがなかったけれど。

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