3-2

 バイト中の私は、半分無色透明だった。

 映画が好きだからと始めたレンタルビデオ屋のアルバイトだけど、そんなに楽しいモノじゃなかった。半年は続いたけど、でも一ヶ月後には止めると店長に話をしていた。

 だいたい平日の夕方は中高生が多く、九時過ぎくらいから仕事帰りのオジサンたちがやってくる。それを過ぎると閑古鳥が鳴き続ける。たまに私と同い年くらいの大学生もやってくるけど、たぶんサブスクとかをまったく知らないような無知な学生なんだと思う。思えば最近は私もDVDを借りることは減ってきて、ネットフリックスやアマゾンプライムで見るようになっていた。音楽もアップルミュージックがあれば十分に思えているくらいだ。

 十一時前。

 私は十一時上がりで、この時間になるとそろそろ夜勤の山本さんがやってくる。私の交代要員。山本さんはフリーターで、このレンタルビデオ屋は長い。給料はよくパチンコに溶かしていると聞くし、傍から見ればダメ人間だと思う。でも、業務の大半は社員さんに聞くより山本さんに聞いた方が早いから、私たちにとっては頼れる兄貴分的な人だった。だけどやっぱり彼が社会的に信用があるかというと、そんなハズがなかった。

「おはよっすー」

 バックヤードで山本さんの声が聞こえた。それからすぐにエプロンに着替えて、彼は私の隣のレジスターに立った。

「どうサリーちゃん。もう一ヶ月切っちゃったけど。ほんとに辞めちゃうん?」

「ええ、まあ」

「なんでえ。いいじゃん、家からも近いし給料も良いし、暇だし」

「それはそうですけど。でもなんか飽きちゃったっていうか。私、何事も長続きしないんですよね。お金貯めて何かしたいってわけでもないし。そりゃあバイトしてたほうが就職には良いかもしれないですけど。でも、私バイト代で何がやりたいかって言うと、特になにもなくて。映画見るの結構好きだから長続きするかなーなんて思ってたけど、そんなの関係ない仕事だったし。いつもレジ打っては並べ直しての繰り返しだし。なんていうか、なんなんでしょうね。私、やりたいことがないんですよ」

「ふーん。俺はね、昔は映画監督になりたかった。それで劇団に入ってたんだよね。脚本書きながらフリーターしてた」

「それ初耳です。あ、いまもフリーターしてるのってそういう夢を追いかけるため?」

「違うよ。劇団は解散しちゃった。それで俺は就職する機会を逸しちゃったからフリーターに甘んじてるだけ。結局さ、脚本書くよりここでDVD貸してるほうが向いてたわけだよ、俺って」

 POSレジにパスコードを入れて、「レジ休止中」の立て札をどかす。でも、DVDを借りに来る客は誰も居なかった。

「サリーちゃんは本当に自分のやりたいことないの?」

「うーん。無いって言うか。あったんですけど」

 兄さんはほかの女とどこかに行ってしまった。

 私の憧れはもうどこにもいないし、あの人にどんな言葉をかけてもムダなのだ。そう思うと、すべてが虚無に見えてきた。あの花束すらも。

「まあ、きっと何か見つかるよ。まだ十九歳だろ? これからさ。仕事に忙殺される前に見つけろよ。そのためにはたくさんの映画と音楽、文学を見ること。人生を豊かにする近道はたくさんの物語に触れることだからさ。ほら、交代の時間だ」


 なんだか胸にわだかまりが残ったまま、私はタイムカードを押した。エプロンを脱いで、私服に着替えた。思えばこのジーンズも前に長野に帰ったとき、兄さんと軽井沢のアウトレットで買ったやつだ。でも、もうあの人との思い出は振り返っちゃいけない。そう思った。

「お疲れ様です」

 私はそう言って職場をあとにした。山本さんの間延びした「おつっすー」って声が、ちょっとだけ安心した。

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