__ / Sally Cinnamon
3-1
「これ、あなたのでしょ。佐藤紗理奈さん」
昨日、私が酔った勢いで突き立てた花束。それがいま目の前にあった。ギターを背負った彼女は、昨日と同じようなジャケット姿でそこにいた。酔っていたがそれは覚えてる。間違いなかった。
「そうですけど……。もしかして同じ大学?」
彼女はコクリと頷いた。
「文学部英文科二年、アマミヤ・ジュン。雨の宮に、純粋のジュンと書いて、雨宮純」
「はあ。佐藤紗理奈です。すみません、私ってば昨日酔っ払ってって」
すると隣にいた美樹が何かを察したのだろう。私の肩をポンと叩くと「先に行ってる」と耳打ちした。私は彼女に隣にいてほしかったけれど、でもその背中を目で追うことしかできなかった。美樹は階段を降りて学食に向かっていった。
「返します、このブーケ。あなたが持ってるべきだと思うので」
雨宮純と名乗った彼女。少しだけ萎れたブーケを、カッターナイフを渡すときのように柄を持って差し出した。私は、差し出されたからには受け入れるしか無かった。
まただな、と私は思った。人から渡される花束というのは、嫌が応にも受け取らなくちゃいけない。人生で四回目の花束。うち二回は同じブーケだけど。でも、今回が少し違ったのは、私が手に取れるように渡してくれたことだろうか。
「捨ててもよかったのに」
私は受け取ってからそう言った。でも、言ってから失礼な言葉だと気付いた。
「捨てたらあげた人が悲しむと思って。それ、手紙が入っていることに気付いてました? たぶんそのブーケを渡した人は、わざとあなたに投げたんだと思います。あなたに拾ってほしかった。あなたに幸せになってほしかった。それが一方的で、独善的な願いだとしても。だから、嫌でもあなたが持っているべきだと思う」
「そう、ですか」
手紙が入ってるなんて気付かなかった。思えば私、このブーケを受け取ってからというものの、まともに兄さんに向かえて無かった。この花束を目にすることすら嫌で、ずっと視線を逸らしていた。それでヤケ酒して、そそくさと東京に帰ってしまったのだから。
「それから、わたしからの手紙も」
「わたしからって、雨宮さんから?」
「そうです。読んで、考えて、もし興味があれば連絡をください。あなたが昨日歌ってたサリー・シナモン、よかったです。それじゃあ」
枯れかけの花の香りがふわりと広がる。
雨宮さんは私の肩をポンと叩くと、そのまま文学部棟へと吸い込まれていった。
私、花束を握りしめたまま「待って!」と叫びそうになった。
でも彼女は振り返る素振りもなく、ただちょっと気恥ずかしそうに手を振って、教室のほうに消えていった。
花束に添えられた手紙には、こう書いてあった。
†
『サリー、今日は来てくれてありがとう。サリーにもいつか幸せが来ますように。 芳屋樹・舞結』
†
何が幸せだ。
何が来ますようにだ。
何がありがとうだ。
手書きの文字は明らかに兄さんの字だった。小綺麗で、まるで女性みたいな細い文字。間違いなかった。兄さんの声でこの言葉が聞こえてきた。そして聞こえるたびに怒りがこみ上げてきた。
でも、この手紙を、この花束をゴミ箱に捨ててしまおうなんて気にはなれなかった。
〈ねえサリー、どうした? なんかあった?〉
美樹からメッセージ。
私はそれになんと答えるかも、彼女らと顔を合わせる気にもなれなかった。
結局、私は花束を片手にキャンパスを出て、電車に乗り込んでいた。美樹に返信をしたのは、電車が四ッ谷を過ぎ、新宿に着くころだった。
〈ごめん、美樹。私帰るよ。このあとバイトだし。ごめん〉
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