2-5

 偶然か必然か。

 彼女の名前は佐藤紗理奈といった。だからサリー。学部は同じ文学部で、教育学系だった。学年もわたしたちと同じ二年生。(もっともわたしは英文科だし、塔子は哲学科で浪人しているが)まったくの偶然か、必然か。

 そうとわかれば学内で彼女を探すしかなかった。わたしは花束と、彼女に当てたメッセージを一枚ノートパッドに書き出すと、それを花束に一緒に挟んだ。

「わたし、その佐藤紗理奈って子を探してくる」

「どうぞご自由に」

 塔子はグリーンスムージーを飲み干すと、わたしに手を振り、代わりに煙草を一本取り出した。もちろん館内は喫煙。出口の裏に喫煙所があるから、そこまで出る必要がある。

「手伝ってくれないわけ?」

「ここまで調べてやったのに、まだ手伝えっていうの? あとは勝手にやりなよ。それにさ、実際にサリー・シナモンに会ってみたところで、あんたとウマが合うかなんてわからないし。っていうか、十中八九うまく行かないよ。純が自分の音楽に他人の介入を許すの?」

「わからない。でもそうしろって言ったのは、塔子、あなただけどね」

 それからシンヤさんだってそうだ。

 それにわたしだってわかってるんだ。わかっていても、それでもわたしは自分の理念とか、理想とかが穢されるのがイヤで避けてきた。だけど、もし同じ考えの人間がいたとしたら……。

「探してくる。同じ文学部だもの。キャンパスを歩き回ってたら見つかるよ」


     *


 午前中の授業を出たら、そそくさと講義室を出てキャンパス中を歩き回った。ギターケースを背負い、ブーケを片手に歩き回る女だ。周りは何事かと思ったに違いない。二時間ほど歩き回ったが、そのあいだに何回二度見されたかは、もう数えようもなかった。

 二時間弱も歩き回せば、さすがにキャンパス内といえど足もくたくたになったし、腹も減った。そう言えば学食おごるとか言ったくせに、塔子のやつから何にもお礼をもらってない。まあ、もとより彼女に義理や付き合いを求めるなんて、無理な相談だったが。

 結局、わたしは休憩時間に学食のある学部棟まで行き、軽くサンドイッチとコーヒーだけ口にした。生協のサンドイッチは、値段のわりに味が微妙だ。だが長蛇の列になっている学食に行くよりはずっとマシだった。それに昼飯に金をかける暗いなら、新しい機材がほしい。

 結局今日の昼食代は三〇〇円。ゴミ箱に包み紙と空き缶を投げ入れると、渡り廊下を伝って文学部棟まで戻ろうと思った。あいにく夕方の講義はまだある。哲学科の講義で、塔子と一緒にとったやつだ。

「さて、この花束もどうしたもんかな」

 一日一緒に歩き回ったせいか、このブーケもだいぶくたびれていた。モリッシーのように振り回したり、スラックスのポケットに挿し入れてみたいが、そうするには少し可哀想な気がした。だから大事に右手で持ってやった。

 渡り廊下は日の光がいっぱいに差し込んでいる。わたしは「たっぷり栄養を摂取しろ」と思って、ギプソフィラを窓にあてがってやった。

 そのときだった。

 渡り廊下の向こうから、二人組の女学生が歩いてくる。談笑しながら。誰かが学食の席を取ってるとか、おなか減ってないとか、明日の課題どうするとかそんな話だ。

 そしてその右側に立つ女に、わたしは見覚えがあった。

 ゆるくパーマがかったミディアムボブの髪。青いドレスではなく、長袖のTシャツにジーンズだったけれど。その儚げな影のある声は、間違いなくわたしが昨日見たサリー・シナモンだった。

 その証拠に、彼女はわたしを見るなりビクッと肩をふるわせた。まるで親の敵にでも会ったみたいな反応だった。

「……見つけた」

 わたしは興奮していた。それに元来の人見知りが先走って、まともに喋れなかった。唇が震え、舌先が思うとおりに動かない。気付いたら考えなしに言葉を口走っていた。

「これ、あなたのでしょ。佐藤紗理奈さん」

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