Vo / Sally Cinnamon (And Photos by Chiharu Serizawa)

4-4

「それで、ベースにアテなんてあるんですか?」

 昼前、騒々しくなってきたカフェテリアの横。喫煙スペースにある小さなテラス。そして私の前にはこのあいだ会ったばかりの哲学科のオンナが一人。

 彼女――江守塔子は、どぎついブルーの髪を静かに揺らしながら、MacBookのキーを激しく打ち付けていた。タバコとコーヒーをついばみながら、カタカタとキーを打ち付ける。

「アテなんてあるわけないじゃん」

「えっ……じゃあ、どうやって探すんです?」

「ネットに決まってんでしょ。いまどきどこのインディーズバンドだって、知り合いツテかネットでメンバーを集めるもんなのよ。メン募掲示板なんて旧世代の遺物から集めようなんてね、地元のオヤジバンドの考えなのよ」

「はぁ……」

「それに、そんなもんで集まって成功したのは、U2とスーパーカーぐらいなもんなの。って、スーパーカーわかる?」

 私は首を横に振った。

「フェラーリとかランボルギーニとか?」

「違う。アンタ、それでよく雨宮のお眼鏡にかなったわね……っと、これでOK!」

 と、江守さんはMacをくるりと回して、その画面を見せた。映っていたのはTwitterとInstagram、それからいくつかのメンバー募集掲示板のSNSだった。投稿者は何故か塔子の名義ではなく、「June Amamiya」となっていて、しかもどこから引っ張ってきたのか雨宮さんのデモテープがたくさん貼り付けてあった。投稿のタイトルは、「新規バンド結成 メンバー募集」とのこと。現在はギター作曲担当と、ボーカルの女性二人で活動中。インディーロック好きのベーシスト、ドラマーを大募集とかなんとか。ついでにいつ撮ったのかもわからない雨宮さんの写真まで貼り付けてあった。それもかなり良い写真。高架下の河川敷で、一人真っ赤なギターを持ったセーラー服姿の彼女が大きな花束を振り回していた。

「こういうのはイメージ戦略とSNS戦略なのよ。雨宮は絶対『ガールズバンド』として売り出すのはイヤだから、女性性は絶対に押し出さず、ビジュアルも絶対に出さないとか言うけどさ。でも、世の中でまず受けるにはビジュアル。イメージが肝心よ。だからね、まずはこれで問い合わせの母数を増やす。雨宮に合うかどうか選別するならそれからよ」

 ほら、と江守さんが言うと早速リツイートがついていく。というか、そもそも江守さんのTwitterのアカウントやけにフォロワー多いけどこの人何者なんだ。フォロワー二千人くらい居るぞ。

「というわけで早速戦略を実行するから。行くよ」

 ぱたん、とMacを閉じてリュックの中へ。吸い止しのタバコをそのまま灰皿にねじ伏せると、私の手を強引に引っ張った。

「えっと、行くってどこへ?」

「ビジュアルをキメに行くのよ」


 大学からJR御茶ノ水駅へ。楽器屋の群れを抜ける最中、江守さんはひっきりなしに誰かと電話していた。相手はよく分からないけど、たぶん男っぽかった。

「うん、こないだ言ってた雨宮の件。うん、あんた雨宮のためならなんでもするでしょ? そう、あんたのウデが必要なの。いま吉祥寺? うん、じゃあ行くから。適当に場所見つけといて。あと、なんだろ、古着屋とか良い感じのとこ知ってるでしょ? そうそう、あんたや雨宮が好きそうな感じのとこでいい。メイクはあたしがやるよ。じゃ、よろしく」

 やっと電話が終わったころには、もう御茶ノ水駅。改札の向こうから午後スタートの学生たちがわらわらとやってきている。私達はその流れに逆らって、中央線に乗り込んだ。

「吉祥寺で降りるから」

「わかりましたけど、誰に会うんです?」

「秘密。あと、このことは雨宮には黙っといて」

「どうして?」

「アイツが一番キライで、苦手なコトをこれからするからよ」

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冷たいギプソフィラ 機乃遙 @jehuty1120

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