4-3
ドラマーを探さなくちゃいけない。
そんなのは最初からわかってた。というか、ほかのメンバーも募集しなくちゃいけない。よくわかってる。
でも、わたしはこれまでやってこなかった。
なんでやってこなかったって、それはもう高校時代から理由は変わってない。
†
あるときインターネットのメンバー募集サイトに自分の楽曲をあげたときがあった。高二のときに作った曲で、『Tell Me How to Die Nobly』という曲のデモテープだった。今思うと結構良い曲で、書き直したいなと思っている曲の一つだ。わたしとしてはNew Orderとか、初期のギターロックをしていたころのRadioheadを意識していた。 ある日そのデモテープを聞いてどうしても会いたいという人がメッセージをくれた。近くの大学に通ってる学生とかで、歳は十九だったと思う。歳も近いし、わたしは会っても良いかなと思って、その人と浦和のスタジオで会う約束をした。初めてだったから、スタジオを借りたのは一時間。軽く合わせましょうって話になった。
彼はベーシストだった。真っ黒いスティングレイを担いでやってきた彼は、まあわたしがよく思い描くタイプのバンドマンだった。つまり、髪の毛を金髪にしてメロコアでも弾いてるタイプ。でもヒョロッとしてるあたりは、ちょっとUKっぽい気はした。
「はじめまして」
って、お互いにそれぐらいで雑談は切り上げて、さっさとスタジオに入った。わたしは自分の曲を弾いてきたけど、彼はうまく弾けなかった。たぶん練習してなかったんだと思う。それにわたしが好きな曲、弾ける曲をあげても、彼は「知らないなぁ」と言う切りで、結局一時間ムダにしただけで終わってしまった。
スタジオから出るとき、わたしたちはとても気まずいムードで、わたしは今すぐにでもイヤホンをしてその場をあとにしたい気分だった。レディオヘッドでも聴いて心に空いた溝を埋めたい気分だった。
でも、彼は言ったのだ。
「雨宮さん、このあと時間ある? おごるから、お茶でもしない? バンドの話をか詳しく聞きたくってさ」
わたしは、その瞬間にすべての関心が、彼に感じていたすこしの感覚をも消え失せてしまった。
「ごめんなさい、無理です」
わたしはそれだけ言うと、イヤフォンを耳に挿し、iPodはレディオヘッドのパブロハニーを再生した。早く電車に乗り込み、家に帰りたくなった。
結局、理由はずっと変わってないのだ。わたしはアーティストとしての自分を見てほしい。女とか、そういう対象として見られた瞬間、気持ち悪くなるのだ。近寄ってほしくない。わたしのことは純粋に音楽で判断してほしい。
だから、メンバー募集もやめた。
ひとりで音楽をやって、ひとりで曲をあげていた方が傷つかなくて済むから。自分のことを正しく理解して欲しいとは言わないけれど、でも誤解してくれる人と出会う可能性は減るはずだから。
†
その話を初めて塔子にしたとき、彼女はわたしのことを鼻で笑った。
「世の男なんてそんなもんよ」
彼女はそう言うと、吐き捨てるみたいに煙草を吸った。
そんな彼女のセリフが清々しくて、思えばだからこそ塔子とつるんでいるのかもしれない。
……で、問題のドラマーだけど。
友達が少ないわたしにしてみれば、心当たりは一人しかいなかった。
大学から歩いて二十分ほど。御茶ノ水から神田のオフィス街へ向かっていく途中にある小さな楽器店、ミシマ楽器。その軒下に彼はいた。
森真哉。平日の真っ昼間だからって、彼はエプロン姿のまま灰皿の横で煙草を吸っていた。
「雨宮、スタジオは空いてないぞ。日大のサークルが入ってる」
「珍しいですね。わたし以外にスタジオに入ってる人がいるなんて」
「当たり前だろ。じゃなきゃ商売あがったりさ」
「そりゃそうで」
わたしはそう呟くと、外にあるギターの陳列を見るふりをした。実際のところは見てなかった。だって、屋外に野ざらしにされてるようなのは、まあたかが知れてる商品だから。初心者用のセットが三万以下で投げ売りされてた。
「それで、オマエこのあいだ来てたボーカルはナンだ?」
「なんだって、ボーカルですけど」
「オレが聞きてェのは、そうじゃねえよ。オマエ、やっと重い腰あげたんか?」
「バンド?」
そうだ、と言わんばかりに彼は吸い止しのタバコをわたしに差し向けた。紫煙が揺れて、ヤマハのパシフィカに重なる。
「まあ、そんなとこです。だからドラムとベースが必要なんですよ」
「メン募ならそこに貼ってあるぜ」
「知ってますよ」
地下のスタジオを指差す。わたしだって、たびたび覗いている。でもイマイチ気に入らなくって、まあそんなもんだった。
「あの、真哉さん一つお願いがあるんですけど」
「わるいが」
と、彼はわたしが言う前に言葉を遮った。
「オレはオマエのバンドのドラムなんてマッピラだぜ。もう
と、言うわけで。わたしは告白する前にフラれたわけだ。
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