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 そういうわけで、私は最悪の花束を片手に東京まで戻ってきた。右手にブーケとバッグを持ち、左手には新幹線の中で飲んだハイボールのロング缶があった。すっかり私はできあがっていた。

 悔しいけど、駅のホームがこんなにセンチメントで美しく見えたのは初めてだ。

 東京は小雨が降っていた。

 わたしはまだ飲みたい気がして、そのまま山手線に乗り換えて新宿に向かった。アパートの近くでよく出かけるから、多少土地勘があった。そのほうが安心だと思ったし。もし新宿の悪い男に抱かれて一晩明かしてしまっても、まあそれはそれでいいかと思ってしまう私がいた。

 耳に挿したイヤフォンから聞こえてくるのは、シャッフル再生で流れ出したチャットモンチーだった。なんだかすごい懐かしい気分だった。そういえば高校生のとき、私とくにサークルには入ってなかったけれど。一回だけ助っ人で文化祭のライブ演奏でボーカルをしたっけな。そのとき演奏したのがチャットモンチーの『ウィークエンドのまぼろし』と『サラバ青春』だった。

 なんだか無性に懐かしくなって。それにあの披露宴でオアシスを歌った花嫁の弟の姿がものすごく私に重なって、彼らが歌った曲を探していた。オアシスと、あと私の名前を呼ぶような曲もあった。『サリー・なんとか』って曲。十分くらい探していると、それらしい曲を見つけた。ザ・ストーン・ローゼズの『サリー・シナモン』という曲だった。

 新宿駅の東口。雑踏入り乱れ、酔っ払いが闊歩する雨の中。私は思った。こんな雑然とした世界なら歌ってもいいかな、と。どうせ誰も気にしない。馬鹿な酔っぱらいだと思うだけだと。それよりも私は、いまこの瞬間の思いを言葉にしてぶつけたかった。

「サリー・シナモン、ユア・マイ・ワールド……」

 口ずさんで、自分のことをせせら笑おうとした。馬鹿やってんな、私って。まだ飲む気なの私? って。


 するとそのとき、私の目の前で誰かが足を止めたのだ。黒いロングヘアに、丸いメガネをかけた、ジャケパンスタイルの女だった。歳は私と同じか少し上ぐらいだろうか? 病んでるみたいに白い肌と、対をなすみたいな真っ黒い髪ポニーテルの髪と衣服。ぎょろっとした大きな黒い目で、彼女は私の目の前に立ち塞がった。

「なに、あんた」

 私は思わずそう言ってしまった。酔っ払って意識のタガが外れてるんだから、許してよ。っていうか、あんたが急に私の前に立ち塞がるのがいけないんでしょ。せっかく気持ちよく歌ってるのに。

「なによ。私の顔に何かついてる?」

「いや、そうじゃないけど……」

「じゃあ、何よ」

 黒髪の女は「えーっと」と少々口ごもる。だけど、そのまま立ち塞がって道を譲る気はないみたいだった。

「あのね、私いまものすっごく機嫌が悪いの。邪魔しないでくれる?」

「邪魔したなら、すみません。でも、わたしは――」

「うるさい。これあげるから、どっか行って。私よりあんたみたいな女の方がきっとお似合いだから」

 そう、つまり私は酔ってたわけ。

 罪の象徴みたいなそのブーケを、私は見ず知らずの女になすりつけた。彼女はキョトンとした顔で私を見つめたけど、そんなのどうでもよかった。

 それから私は花束を手放すと、なんだか途端に身体が軽くなったような気がして。新宿駅を二、三周してからアパートに帰った。そのころにはもう酔いが覚めていたけど、不思議と後悔はなかった。これでよかったんだ、という思いだけがあった。

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