三十三日目

ザーザー


朝が来た。外は大雨が降っている。結局昨晩死神が帰ってくることは無かった。

憂鬱な気分で重たい体を起こし、顔を洗いに洗面所に行く。鏡に移る自分は顔が死んだように目に光が射していない。


死神が帰ってこないことなんて初めてだからか体に力も入らない。

死神と出会う前の生活なんてもうとうに忘れてしまっていたのだ。


死神に会いたい。また何気ない笑顔を見たい。鏡をぼーっとみていると背後に気配を感じ、振り返る。


姿は見えないが、気配を感じる。


「死神!!」


俺は一心不乱にその気配がする方へ駆け寄った。


バンッ


ベランダを開けると外の方を向いてただ背中をこちらに向けていた死神の姿があった。


「おい! 死神! お前昨日どうしたんだよ! なんで帰ってこなかったんだよ!」


話しかけるが返事はない。ただただ悲しそうに背中だけがこっちを向いていた。


「死神?」


「……」


「ごめん。昨日は俺が悪かった。雨に濡れちゃいけないから中に入りな? な?」


悲しい背中を優しく撫でながらなんとか部屋に連れて入った。

その後、何度か話しかけるが返事はない。

死神はずっと黙ったままうつ伏せで目を合わせてくれない。

ふと手に温かいものが落ちてきた。


涙だ。死神が泣いている。俺に必死に押し殺すようにして涙を堪えてたんだろうか……?


(なにか俺に出来ることは無いだろうか?)


「なぁ死神。昨日のこと怒って出ていったのか? 昨日構ってあげられなかったから……」


死神は下を向いたまま首を横に振った。


「じゃあどうして? 理由を聞いても大丈夫?」


また死神は下を向いたまま首を横に振った。


この状態から無理に聞こうとするとかえって辛い思いをさせてしまうかもしれないと思い、俺はそっとしておくことにした。また元気になって笑顔で俺を見てくれる日が来ると信じて。


元々今日は買い物に出る用事があったので、死神に留守番してもらうことにした。


「なんか欲しいものあるか? 留守番できるか? すぐ帰ってくるから……な?」


返事がなかなか帰ってこない死神に話しかけているとゆっくりと頭を縦に頷いた。


玄関に向かい、死神を座らせたソファの方を振り返る。

うなだれた背中が寂しさを物語っていた。

俺はその背中を目に焼きつけるようにして家の鍵を閉めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「さてと……今日の晩御飯の材料はこれくらいでいいかな?」


今日は餃子にしようと思い、材料を買いに来ていた。

買い物を終え、帰ろうとした時ふとあるお店が目に止まった。


そのお店は前に死神も来たことがあったペットショップだった。


(なにか元気が出るものをあげたいな)


フラフラと吸い寄せられるようにして店内を物色する。


(キャットフード? いやいやまた猫扱いするなって言われそうだし、今は普通のご飯を一緒に食べてるから却下。おもちゃ? いやいや前買ってあげたやつ今も大切そうにして抱いてるし、新しいのを上げても遊ばないかもな……うーん。あ……)


首輪。これも猫扱いするなとか言われそうだが、一度もあげたことがないし、何より人間だって首輪みたいなやつ。チェッカー? だっけ? そんなのっけ足りる人もいるし、大丈夫だよな?


首輪売り場で睨みつけるようにして吟味する。傍から見るとただ首輪を睨んでいるヤバいやつと思われてそうだが、死神が喜ぶためなら! 俺は変な人にでもなってやる!


しばらく眺めていたがなかなかいいのが見つからず、諦めて別のおもちゃを見に行こうとした時だった。


ガンッ


首輪の棚に肩をぶつけてよろけた。


「いったた……あぁ商品にぶつかっちゃた。戻さないと……」


チリンッ


「ん?なにか落としたな……これ……?」


すずの付いた首輪が目の前に落ちた。さっき吟味していた時には見ていなかったか、鈴の付いていた首輪ってあったっけな?

鈴は猫の形をしていて赤いリボンに可愛らしいデザインだった。


「ぷふっ。死神に渡したらどんな顔するかな? また猫扱いするなって言うかな? それとも喜ぶかな?」


家を出た時の死神の様子が気になったが、今は家に帰って死神に渡した時どんな反応するのか気になって仕方が無くなっていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ただいまー! 死神! いいもの買ってき……た……ぞ?」


「死神??」


家に帰ると空きっぱなしで雨も入り込んでいるベランダ。部屋は荒れた感じではないが、ソファの上に死神の姿が見当たらない。


(まさか!)


家の中のどこかにいると信じたくて部屋の隅から隅までくまなく探した。


だが、どこにもいない。気配もしない。


「死神? おい! いるなら出てこい! 冗談だよな? 俺をからかってるだけだよな!?」


「おい! 死神!!」


返事が来ることを期待したが、声は虚しく部屋に反響し、返事はかえってこなかった。


「死神……」


家を飛び出し、サンダルのまま外に飛び出した。

(もしかしたらまだ近くにいるのかもしれない……お願いだ! 見つかってくれ……!)


息が切れるのもお構い無しで走り続けた。死神がいきそうな場所。

信号? 路地裏? 病院??


「ははっ……」


(この場所しか思いつかないなんて俺は死神のことをよく知らなかったんだな……)


雨に降られながらあてもなくフラフラと家に帰る道を辿った。

途中で死神の姿を見かけないか少しの期待を持ちながら。

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