六日目

朝起きると昨日あったことが夢のように感じる。

今日も俺は重い体を無理やり起こし顔を洗った。

毎朝顔を洗うことによって体をやる気にさせるという魂胆なのだが、心の憂鬱感は全く取れない。


リビングに入るとテーブルの上には綺麗な三角形のおにぎり三個と、お弁当袋にもおにぎりが詰められていた。


「死神が作ってくれたのかな?」


あたりを見渡すが死神の姿が見えない。


「あとでお礼を言っとこう」


そう呟くと急いで会社に行く準備を終わらせ家を出る。


「行ってきます」


今日も少し余裕を持って出勤できた事に喜びを感じながらもまた上司に怒られる不安感が襲ってくる……

ん?? 上司……?


ふと違和感を感じ、カバンの中を漁る。

上司に押し付けられた半分だけ終わらせて残りは真っ白なままの書類が綺麗にファイリングしてあった。

付箋に今日の日付が書いてある。


「あぁぁぁぁぁーー!!!!!?!?」


すっかり忘れていた。

あんなに会社で頑張ってたのに! これじゃ水の泡だ!!


俺は慌ててパソコンを起動させ、昨日の書類の続きを開く。

間に合え! 間に合え! 超高速タイピングしながらただひたすらに文章を打ち付ける。


「………」


急に下の方から視線を感じた。


「……ねぇ……僕ずっと待ってたんだけど……気づいてくれるの待ってたんだけど!! 」


「 ん?…………? そんなに叫んでどうしたんだい?」


ムスッとした表情でカバンの中から俺を睨みつける。

死神が僕のことより仕事のこと? と言わんばりに眼光を浴びせてくる。


「僕と仕事どっちが大事なのさ!!」


遂に我慢できなかったらしく、昼ドラの名セリフらしきものを吐き捨てる。


「仕事!!」


「即答かよ!!」


本当に今は死神に構ってあげてる余裕なんてなかった。

俺はタイピングの手を止めず、画面に前のめりになりながら鬼の形相でキーボードを叩きつける。


「ねぇ! ねぇ! 僕のことは無視!? ねぇってば! おーい!」


しきりに話しかけてくる死神を無視した。

ぶつくさ言いながらカバンの中で拗ねている死神をよそ目に

パソコンとにらめっこを続ける。


(間に合え! 間に合わせる! 間に合わせないとこっぴどく怒られる!!)


狂ったようにパソコンを叩いていると他の社員も仕事を始めていた。


「おぅ! おはよ」


バシッと背中を叩かれて我に返った。

集中が途切れてふわっとした感覚になる。

背中を叩いてきた人の顔を確認すると、同期の天野だ。

俺より年下だが、仕事が出来るやつとして大勢からしたわれている俺とは真逆みたいなやつだな。


「お前もよくやるよな……朝からパソコンとにらめっこか?」


爽やかな笑顔を撒き散らしながらながら俺のパソコンを覗き込む。背後に花が見える気がしたほど爽やか君だ……


「うわっ……お前これうちの部署のじゃねぇか」


俺のパソコンを勝手にいじり始める。


「上司にやれって言われてたんだよ……」


「上司ってもしかして神野さんのこと?」


神野さんは別の部署の人だが、よく俺に仕事を押し付けてくる上司のことだ。


「あぁ……今日中にやらないとぶっ飛ばされる……」


おれは震える手でキーボードを打つ。


「ん? でもこの書類期限が今週末のやつだぞ?」


「………え???」


俺は確かに今日中って言われたよな……

一人ぐるぐる思考が回る。


「んー? まぁいいや! これ残りは俺がやるから後でUSB頂戴!」


え? 本当にやらなくていいのか?

俺は状況がのみ呑めずにいたが、まぁ上司と同じ部署だからそういう事なのかな?


俺はすぐにUSBにデータを移して天野に託す。


「さんきゅっ! お前仕事がいつも丁寧でわかりやすいからありがたいわ! たまには気ぃ抜けよ!」


ポンポンと背中を叩かれ俺はなんとも言えない微妙な気持ちになっていた。

頑張っていたあの時間はいったい……

唐突に虚無感に襲われる。


「あ! そうそう」


天野が去り際に振り返った。


「神野さん今日何故か休みらしくて会社には出勤してないよ」


「え?」


衝撃だった。まぁ人間だから急に体調を崩すこともあるかもしれないな。

そう思いながらデスクに溜まった自分の仕事をこなしていく。


お弁当袋を広げながら俺が仕事をやっていると死神が目を輝かせて見てくる。

お昼ご飯を食べたいのだろうか?そう思いつつ俺はおにぎりを齧った。


ツナマヨだ。


朝ごはん用のおにぎりは全部塩むすびだった。

全部ツナマヨかな?と思い他のおむすびを齧る。


梅干しだ。


全部味が違う!


驚いた俺を見て死神は嬉しそうにニヤッとした顔で見てくる。


「僕今日は違う味にしてみたんだぁ〜どお! どお!?」


ドヤ顔で俺の反応を伺う。


「……うんっ……! すごく美味しい! お前いつの間にこんなの作れるようになってたんだよ!」


「へっへっへー! 実は! 夜の間に練習してたんだぁ!」


ゆっくりしっぽを机に叩きながら、嬉しそうに擦り寄ってくる。夜の間に練習していたということは……

俺は家に帰って冷蔵庫を確認して驚愕(きょうがく)することになるが……


それはまたあとの話……


俺は特に欲というものがなかったおかげで貯金はだいぶ貯まっていた。

そのお金を切り崩しながら食費を何とかしよう……


俺は自分の仕事を済ませて家に帰った。

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