二十一日目

………今日も変わらない一日が始まろうとしていた。

パジャマを脱ぎ捨てて朝の支度をする。


「そろそろ働かないとな……」


朝食にパンを焼き、ジャムを乗せかじりつきながら呟いた。


ガタガタッ

大きな音を立てて死神が椅子から転げ落ちる。


「どうした? 大丈夫か?」


「ええええええーーーーー!!!」


耳がつんざきそうなほど叫ばれる。


「その見た目で!? 髪ボッサボサだし顔からは生気がないし! 嘘でしょ!?」


随分と酷い言われようだった……

確かに髪は伸ばしっぱなしだし、たまに鬱陶しくなったら自分で切るくらいはしていた。でもそこまで言われるほどか???


「そこまで言わなくてもいいだろ……少し言ってみただけだよ」


少し落ち込みながらパンを口の中に押し込み牛乳で流す。


「いんや……」


(???)


「やるとなったら徹底的になるからね!!」


目をきらきらさせて死神に家を出る支度をしろと急かされた。


「まずは……散髪から!!」


俺の手を引いて勢いよく美容院の扉を開いた。

普段千円カットのところで済ませているからとても場違い感がある……

こんなオシャレなところじゃなくてもいいじゃんか!

店員にバレないように死神を睨みつけた。


「ぐぬぬぬぬぬ……」


入店してしまっては背に腹を変えられない……!ここは思い切ってやるべきか!いや……でも!!!


「いらっしゃいませ〜! 本日はいかがなさいますか?」


「ひゃっ!? ひゃい!?」


声が上ずってしまい、顔を真っ赤に染めた。

穴があったら入りたいとはまさにこの事……!

(あーーーー! 恥ずかしい……)


「くすくす……そこまで緊張なさらなくても大丈夫ですよ! 腕がいい人達が沢山いるので! 本日はどうしますか?」


「え……あー……あの……カットを……したいのですが」


「カットですね! かしこまりました! こちらのお席におかけください。少々お待ちくださいね」


緊張で心臓がバクバクする 。美容院なんて何年前だよってくらい行ってなかったからどんな感じでやったらいいか分からない……


オロオロする俺を死神はよそ目に死神は高みの見物を決め込んでいた。


(後で覚えとけよ……!)


もうどうにでもなれ! って気持ちになり、店員さんにおまかせをして。精神統一をしていた。


しばらくして……


「完成しましたー! こちらでいかがですか?」


鏡を見て驚いた。さっきまでのもさい男がいない!

髪は全体的にバッサリ切ってもらって、ワックス??でなんか整えられていた。え……めっちゃいいじゃん……


ぼんやり鏡の自分に見とれていたら店員さんに笑われた。


「気に入って下さり嬉しいです! 今回は軽くワックスでセットさせていただきました! それではお会計お願い致します」


会計を済ませた後に無言でお店を出た。死神が俺の周りをクルクル回りながらにやにやしている。


「なんだよ……」


「ぷぷっ……かっこよくなれて良かったじゃん?」


本心なのか……?めっちゃ小馬鹿にしているようにしか思えない言い方だった。

でも……まぁ……


「案外悪くないな……」


毛先を少しいじりながら口をとがらせる。


「もー! 素直じゃないんだから! ほら! 次行くよ! 次!」


「え!? まだ次があんのか!?」


「当たり前だろ!!? ほら! 早く早く!」


手を引かれるままついて行ったら、ショッピングモールに着いた。

案内された場所は……


「……スーツコーナー?」


「大正解っ!」


ピンポーンと言わんばかりの笑顔で死神は俺の肩によじ登った


「お前飛べるんだよな? 一応……飛べるなら服に穴が空くから出来れば爪を立てないで欲しいんだけど……」


「むぅ! 君はわかってないなぁ! 飛べるは飛べるけどさ……ずっと飛ぶのは集中してないといけないから疲れるの!」


しっぽで口を塞がれた。払い除けてふと疑問に思ったことを投げかける。


「ぷはっ! それで? なんでスーツコーナーに来たの?」


じろりとした目で死神に見られて一瞬たじろいだ。次の瞬間呆れたように深いため息をつかれた時には無性にイラッとした。


「わかってないなぁ……君が今持ってるスーツはくたびれてるだろ? だから新しくパリッとしたスーツを着てから転職に挑んでもいいという僕の心配りだよ! こ・こ・ろ・く・ば・り!」


いつも以上にドヤ顔をされる。今日の死神はなんか無性にイラつくな……


「お前が言いたいことはわかった。買えばいいんだろ? とりあえずサイズが分からないから店員さんに聞きながら買うよ」


店員さんを呼び止めて、サイズの話とか色々と聞くことが出来た。ここでも緊張して上手く店員さんと話せなかったが、店員さんが気さくな人のおかげで何とかいいスーツが買えた。


大きな買い物袋を腕に下げながらショッピングモールから出る。


「他は行くところあるか?」


「いんや! これで終わりだよー! 今日一日お疲れ様!」


何故か死神が満足気に帰路を歩く。思えば働かないとなとは思っても俺一人なら行動に移せなかったかもしれない……

今日はなんだかんだ言っても死神のおかげで勇気が出てきた。


「なぁ死神」


「なんだい?」


「今日は一日付き合ってくれてありがとうな!」


少し驚いた表情をしたが直ぐに満面の笑みになった。


「うん!! よーーっし! 明日から頑張るんだぞ!!」


せっかくセットしてもらった髪をぐしゃぐしゃにされたが、心はとても晴れやかな気持ちでいっぱいになった。

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