三日目(会社編)

今日は余裕を持って会社に着いた。

涼しい風が社内を探検している。カーテンも一緒になって踊っているかのように思えた。

コーヒーを飲みながらのんびり窓の外を眺める。


「今日はすごく天気がいいな……こんな日は何かいい事がおきそうだ」


朝の件からすっかり機嫌を良くした俺は呑気にコーヒーを飲みながらぼんやりしていた。


バンッ

勢いよく扉が開かれる。すごい形相をした上司が俺の机めがけてやってきた。


「おい! なんなんだよ! いったい!」


「は……はひっ!?」


机を強い力で叩かれ思わず声が裏返った。


「なんだっつってんだよ! この書類! 四十五ページから五十七ページまで抜けてんじゃねぇーか!! どうしてくれんだよ!」


「……え??」


上司の手には俺が渡した時より薄くなった書類が握りしめられていた。

明らかに枚数が減っている……


(何故だ? 俺はちゃんと全部作ったはず……途中でなくした!? いやいや……そんなわけない……)


俺の頭がものすごい速さで回転した。


「お前のせいで俺が上に怒られる羽目になっただろうが! ふざけんなよ!! くそっ!」


胸ぐらを捕まれて顔を殴られた。


意識がぼーっとして曖昧になる。ぼやける視界で上司の怒鳴り声が聞こえるが、上手く聞き取れない……


時間の流れがゆっくりと感じた。


ぼーーっとしたまま俺は立ちつくす。


あれから何分たっただろうか?


課長の怒鳴り声で意識が戻ってきた。


「大丈夫かい??」


「………」


俺は声も出せないほど沈んでいた。


「…………」


「うーん……僕ちょっと呼ばれたから行ってくるね!」


気力を完全に削がれた俺をよそ目に死神は姿を消した……


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


上司が大きな足音を立ててわざとらしく部屋を出ていく。


「神野さん!」


「なんだよ! 今忙しいんだよ! 見りゃわかんだろ!」


「す……すみません……さっきの資料の件ですが……あれは言い過ぎかと……」


「あぁ!? 俺に指図すんの?」


「い……いえそういう訳じゃ……でもあの過失(かしつ)は神野さんがコーヒーをこぼしたからで……彼は別に悪いことはしてないと思いま……」


ガンッ


頭部を思いっきり壁に打ち付けられた。


一瞬視界がぼやける


「うるせぇんだよ!! そんなことどうだっていいだろうが! 足りないものは足りねぇんだよ! あいつが作ったんだからあいつにまたやらせりゃいいだろうが!」


「それともなんだお前。お前が変わりに責任とってくれんのかよ」


鋭い眼光でじろりと睨まれる。


「ひっ……」


蛇に睨まれたかのように感じ、身動きが取れなくなる。


「天野の過失ってことにして代わりに責任取っても俺は全然構わないからな」


天野と呼ばれた男は真っ青な顔をして慌てて逃げ出した……


「チッ……どいつもこいつも使えねぇな」


イライラしながら階段を駆け下りていく。


((ねぇ……))


((ねぇってば))


「あぁ!?」


どこかから声をかけられ、イライラした調子で声を荒らげる

声がした方を向くが何もいなかった。


「あんだよ! くそ! 幻聴かよ! いらいらさせやがって」


((幻聴扱いかぁ……酷いなぁ))


「!?」


背後から声が聞こえ、勢いよく振り向いた。

だが、やはり何もいない。何も見えない。


((ねぇ?きみぃー……色んな人に当たり散らしてるよねぇ))


((そういうのよくないと思うなぁー?))


背後から聞こえる謎の声。頭に響いてくるような感覚。次第に頭痛もしてくる。


「なんだよ……! なんなんだよ! これはよ!」


((僕は死神! 君に会いに来たんだ!))


「は??」


死神なんて御伽の話じゃねぇのかよ。


突然、頭を鷲掴みにされてぐちゃぐちゃにされたかのような具合の悪さが襲ってきた。


「くそっ……!!」


((んー……君みたいな人がいたら僕の仕事が増えて大変なんだよねぇー……だ・か・ら僕は僕の好きなようにやらせてもらうよ!))


「いただきます」


ーーーーーーーーーブツッ


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今何時だ……

俺は意識が朦朧(もうろう)としながら仕事をしていた。

手が無意識のままパソコンのキーボードを叩いていた。

長年体に染み付いていた動きでタイピングを素早く打っていく。


パソコンの横を見ると黒猫が俺の顔を覗(のぞ)き込んでいた。


「ねぇねぇ? 大丈夫? ずっとぼーっとしてたけど」


「ん……あ……あぁ……多分な」


ふわふわとした返答を返す。

朝よりはだいぶマシになった方だが、心はずっと沈んでいた。


「僕お腹すいちゃったなぁ! あ! そういえば! お昼食べてくれた!? 僕のおにぎり!」


あ……


すっかり忘れていた。

カバンの中には大切そうにラップにくるまれたおにぎりが入っていた。


「あ……っと……ごめん……忘れてた」


「あーまぁ仕方がないよ! これ僕食べていい?? お腹ペコペコなんだぁ!」


そう言い弁当袋を開いておにぎりを頬張った。


「ごめん……ほんとにごめん…」


「いーよ! いーよ! また作るからさ! 今度はちゃんと食べてくれよ??」


「……うん……ありがとう…」


死神に申し訳ない気持ちで溢れかえった。

俺はストックしていた栄養ドリンクをちびちびと飲み、元気が少し戻ったところで今日の仕事は切りあげることにした。


「……帰るか」


足元がおぼつかないまま帰路(かえりみち)につく。

あれからどうやって帰ったか覚えていない……


精神的な疲労が蓄積されているのを自分でも感じとっていた。

俺は帰ってすぐ布団になだれ込むようにして眠りにおちた。

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