四日目

……頭がぼーっとする。

あれから俺はちゃんと帰ってこれたのか??


昨日は意識がうつろな状態で仕事をしていたせいか、全く記憶が残っていなかった。

まわりを見渡すと俺は自分の部屋で倒れるように寝ていたらしい形跡がある。


「あーぁ……靴下も履きっぱなしか……スーツ着たまま寝てしまった……こりゃクリーニング出さないとな……」


汗がびっしょりで気持ち悪い。

お風呂に入らず寝ていたせいか体が重く感じる。

俺はとりあえずお風呂に入ることにした。


「うぇ……ベトベトしてる……」


服を脱ぎながら昨日あったことを思い返しては身震いを繰り返した。

風呂に浸かっているとお腹が鳴る。


「そういえば昨日あれから何も食べてなかったな……腹減った」


お腹を擦りながらふと死神のことを思い出す。

死神は大丈夫なのだろうか?昨日心配かけてしまったかもしれないな……

死神の心配そうな顔が浮かんだ。

昨日の俺の状態を見たら心配を掛けてしまったことは容易に想像できた。申し訳のなさと自分のふがいのなさに落胆する。


今日は会社が休みの日なのでのんびりとお風呂に浸かって疲れを癒す。

ゆずの入浴剤の香りも相まって気持ちも落ち着いてきた。


「はー……さっぱりした」


風呂を上がるとエプロン姿の死神がお出迎えをしていた。

いや、お出迎えというより威嚇??


「今日こそ僕が作ったものを食べてもらうよ!!」


エプロンを着けた死神が腰に手を当てて仁王立ちしていた。

エプロンは俺のサイズしか置いてなかったので、裾が下についてしまっていた。ズルズルと引きずりながらしっぽを素早く振り回していた。


(サイズ合ってないけど……エプロン似合うな……サイズ合ってないけど……)


「ほらほら! 座って座って! 今日こそ綺麗なおにぎり作るんだ!!」


やる気に満ちた目を光らせながら俺を椅子に誘導(ゆうどう)した。座ったのを確認すると、死神は台所の方へ走って行く。


しばらく待ってみると味噌のいい匂いが漂ってくる

空腹にお出汁の匂いがダイレクトアタックしてきて、ヨダレがこぼれ落ちそうだ。


ようやく大きなお皿を抱えて死神が台所から出てきた。


「じゃじゃーん!! ほらほら! みてみて!」


大きなお盆を抱えながらテーブルに運ばれてきたものは、お皿いっぱいに盛り付けてあるおにぎりと味噌汁だった。


「おにぎりこの前より三角じゃない!? あとあと! 味噌汁! インスタントのがあったから挑戦してみたんだ! お湯を沸かすのは大変だったけど……じわーっと味噌が溶けていくのは見てて楽しくってさ!!」


興奮が抑えられない様子でキラキラした顔で身振り手振りをしながら説明を続ける。

台所にちらっと目を向ける……洗面台がぐちゃぐちゃに荒れてたけど、今回は頑張りに免じて見逃してあげることにした。


「「いただきます!」」


おにぎりを頬張りながら味噌汁を口に含む。

じんわりと内側からほぐれていく。

暖かい……こんなに暖かいご飯は久しぶりだ。

俺は幼い頃両親と一緒におにぎりを作った記憶が流れ出した。

内側から溢れ出るものをこらえられなくなり、ポロポロと大粒の涙を流す


「……うっ……」


「ええ!? どうしたの!? まずかった!?」


「いや……違うんだ……ごめん……」


ずっとひとりで冷たいご飯を食べていた記憶がフラッシュバックする。


「こんなに暖かい食事は久しぶりで……」


誰かと食べるご飯ってこんなに美味しかったんだ。心に突き刺さるように胸が苦しくなる。


「そんなに泣くなよ! ほら! ティッシュ! 鼻かんで!」


涙で視界がぼやけて見えない。

さっきより味が濃くなったおにぎりと味噌汁を食べながら、心が温まっていくのを感じた。


「ありがとう……とても美味しい」


「それは良かった!!」


死神は安堵の表情をしてニカッと笑った。


「……昨日は心配かけさせてごめんな……困ったよな。 俺が急に落ち込んだから」


「まぁ……君は人間だからさ! そりゃ落ち込むこともあるよ! 人間誰しも完璧じゃない……君はちゃんと心から物事を感じられる心を持った人間だ! だからすぐ死のうとしないでくれよ?」


心にすっと入り込んでくる……内側でじんわりと広がっていく。


ずっと俺は自分を卑下にしてきた。

あいつが俺を殴るのは俺が悪いから。

俺が悪いから物事が悪い方向に進んでるものだと。


死神は俺がずっと悩んでいたことを人間だからという言葉でいとも簡単にまとめてしまった。

もしかしたら、俺は自分自身を認めてもらいたかったのかもしれないな、と思いながら味噌汁をすする。


俺は食べ終わった食器を片付けながら

ふと、死神のことを考えた。


あいつは出会った時なんであの場所にいたのだろうか?

あんな人気のない岩場でただそこに座っているのも今考えたらおかしな話だ。

なぜ俺の前に現れたのか、はたまたこれは偶然だったのだろうか?

考えていると埒が明かなくなる気がした。

だが、気になる……

いつか死神に聞いてみることにした。



「おやすみ」


そう言い電気を消し、俺は布団に潜り込んでしばらく枕に涙を染み込ませながら眠りに落ちた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


眠りについたことを確認した死神は、足音を立てないよう慎重にベランダへ歩いていく。


小さめの椅子に腰かけてぼんやり空を眺めていた。

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