三十日目
「うっ……めっちゃお腹痛くなってきた……」
今日は内定を貰った広告会社に行く日だ。急に仕事が始まるというわけではなく、会社の案内や必要書類の説明を聞く。
昨日の元気とはうって変わって、緊張がお腹に直でダメージを負い、現に腹痛でお腹を抱えて電車に揺られていた。
またブラック企業だったらどうしよう。
人間関係は? 会社説明と違う内容だったら……
そんなことを考えていると更に腹痛が酷くなる。
……ついに着いた。
俺が今日から働く広告会社。
"株式会社NIAIN"
「確か待ち合わせ場所ここだったよな?」
今日は会社を案内してくれる人が来る予定だ。
それらしい人物が見当たらなかったので待ち合わせ場所で時計を見つめたら待ち合わせより十分早かった。
(少し早かったか……まぁ遅刻するよりは何倍もいいかな)
会社の外観を眺めていると遠くの方から走りながら手を振っている女の人がいた。
「すみません。お待たせ致しました……本日案内をさせていただく当馬(とうま)です。よろしくお願い致します」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願い致します」
当馬と名乗る人は、髪が腰まで長くて綺麗に結んである。背は高い方で見るからに大人って感じのセクシーな女の人だ。ついでにおっぱいはでかい。ここ重要。
鼻の下が伸びそうになり慌てて顔を隠す。
「それではまず、オフィスからご案内致します」
俺は当馬さんの後をついて行きながら各部署を回り、説明を受けたが、どうしても目が当馬さんに移る。
しょうがないだろ! あんなに胸が大きくてクビレがあってまさに理想の女が目の前にいたら男は誰だって見てしまうだろ!?
思春期男子のように悶々とする気持ちを必死に払い除けながら説明を聞いていると俺のデスクまで案内された。
「ここが今日からあなたのデスクです。コーヒーは壁沿いのところから自由に飲んでいいからね。あと、お菓子も自由にとっていいボックスがあるから、いつでも息抜きしていいのよ。でも、ずっとサボっちゃダメだからね? これはきちんと覚えているように」
ずいっと顔を近づけられ、自然と顔が赤くなるのを感じる。香水とはまた少し違った柔軟剤の香りが鼻をくすぐる。
綺麗な目で見つめられ、目が泳いでしまった。
「ふふっ……そんな緊張しなくていいのよ? 次に提出してもらう書類を渡しておくわね」
「これが、雇用契約書とよくある質問をまとめたもの。こっちは会社の理念と細かい給料の書類と休みとか有給の使い方とか色々書いてある書類ね」
「急ぎで悪いんだけど……こちらの雇用契約書の方は明日提出お願いできるかしら?」
「はい! かしこまりました!」
元々今日の予定は会社案内がお昼過ぎに終わる予定だったので時間は十分にある。俺は二つ返事で承諾した。
「また細かくは明日から説明します。何かわからないところはない?」
「大丈夫です! ご丁寧にありがとうございます!」
「また何かわからないことがあったら連絡してね。私の番号渡しておくから」
当馬さんは名刺に番号を手慣れた手つきで書き、俺のスーツの胸ポケットにスっと差し入れた。肩を少しぽんっと叩くようにして耳元で囁かれた。
「いつでも連絡待ってる……」
俺は一気に顔が赤くなり顔が強ばった。
(……近いっ!!!)
そのあとは緊張であまりよく覚えていないが、会社の外まで案内してくれて、見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。
え……もしかして……
もしかしてだけれども!!
俺モテ期キター!!!!?
胸ポケットに入った当馬さんの名刺を撫でながら先程あったことを思い出しては鼻の下を伸ばしていた。
この時周りに人がいなかったのでラッキーだ。
絶対今の顔を周りの人に見られたら変質者扱いされて、職質待ったなしだったからだ。
「うわ、そんな気持ち悪い顔してどうしたの?」
……いた。死神の存在をすっかり忘れていた。
急いで顔を隠していつも通りを装った。
「気持ち悪いって……そんなこと言わなくてもいいだろ」
「さっきの女の人、君に気があるみたいだったねー」
不意をつかれて反射的に死神の方を振り向いた。
「やっぱり死神もそう思う!? いや! 俺もあんな綺麗な人がそんなわけないよなーって思ったけどさ!! あれは気があるとしか思えないよな!? あんな近くで囁いて胸ポケで!! もうあれは完全でしょ!? 完全!!」
興奮で鼻を膨らましながら死神に力説したが、死神にはいまいちピンと来ていなかったらしい。まぁ死神も多分男だ。これからわかるだろうと思い、後でじっくり説明をすることにした。
「とりあえず帰ってから貰った書類の確認をしないとな……書かなきゃいけない書類もあるし……」
さっきの出来事を思い出すだけで自然と足取りが軽くなる。
もう彼女いない歴イコール年齢とバカにされなくて済むかもしれない!
連絡先を携帯に登録して今日の案内をしてくれたお礼を送った。まずは無難に……がっついた感じを出さないようにっと……
「送信っ!」
返事が返ってくるのを心待ちにしながら家に着いた。
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