俺と可愛い死神

@vulpe245

俺から見た世界

出会い


そうだ。


この世に未練なんてない。

なんのいいこともなかった。

浪人し、挙句せっかくの思いで就職したのに。

採用された場所はブラック企業。

残業なんて当たり前、休み?そんなものなんてなかった。

休みの日もこき使われ、ミスは全部俺のせい。

どうせ俺なんて居なくなっても構わないやつなんだろ?

どうせ捨てられるんだ。

俺の代わりなんて沢山いる。


残業を終え、バスに揺られながら自殺の名所に向かう。

冷たい風が背中を押す感覚に襲われ、今から自分がしようとしていることの残酷さを突きつけられているようだ。


辺りに誰もいないことを確認し、崖の方へ歩いていく。

自殺の名所なだけあり、フェンスで囲われていたり看板が打ち付けられている。


雲ひとつない藍色の空

所々灯りの着いた高層ビル

マントを羽織った黒猫


…………?

違和感を感じ二度見する。誰もいないことを確認したはずだが黒猫はそこに佇んでいた。


なんであんなところに黒猫が……?

最後に見るのが黒猫なんて……最後まで運がないな。

そんなことを思いながら黒猫に近寄る。


「最後を見届けてくれるのか?」


俺は何の気なしに黒猫に話しかけた。

話し相手が欲しかったんだ。最後に一人でいるのは寂しかった。


「俺の人生いいことなんてなかった……お前もこんな所にいないでちゃんと帰れよ」


言い終わると、俺は呼ばれるように崖から飛び降りた。

落ちながら人生で起きた色々な出来事が脳裏に浮かぶ。


大した思い出もなく、何も無い人生を過ごしてきた。

意識が薄れていき次第にふわっとした感覚に変わる……


「そんなことしたら危ないよ」


(え???)


次の瞬間、俺は崖の上に立っていた。

先程まで死ぬ間際にいた俺は現実に呼び戻される。


「ん? え? なんで?? 俺は確かに飛び降りた……よな?」


状況が整理できずしきりに辺りを見渡し、俺が今生きている事実を再確認する。

足元にふわふわとしたものが触れた。

先程まではなかった感覚。


見下ろすと先程の黒猫がこちらを見つめている。


「まさか……この猫が……!!」


黒猫がやったものかと思ったが、今思い返せばどうやるというのだろうか?

バカバカしいと思いながらそんなことを考えていると不意にまた声が聞こえた。


「ねぇ詳しく聞かせてくれない?」


「やっぱり喋ったぁぁぁ!?!?」


俺の思いすごしではなくちゃんと猫が喋っていた。

うん。

ちゃんと聞こえた。

口も動いてた。喋ってた。

猫イズトーク


「ねぇってば僕の声聞こえてるよね? 君を助けたの僕なんだけど? お礼とかないわけ?」


非常識だなとでも言う目でしっぽを俺にぶつけてくる。

さっきまで勇気を出してやっと飛び降りることが出来たのに、それすらも邪魔されたので俺は怒りを隠しきれなかった。


「お前がやったのかよ!! 俺の勇気どうしてくれんだよ! せっかくない勇気と度胸を振り絞ったのに!!」


「つーか! 猫って喋ったらダメだろ! 可愛く愛想(あいそ)振りまきながらしっぽ振ってるんじゃないのかよ!!」


怒り任せに独断と偏見をぶつける。もう何言ってるのか訳が分からなくなっていた。


「え……なにそれ……犬と同じにしないでくれるかな? 猫ってみんな愛想振りまいてるとか思ってるわけ?? 引くわー……」


「引くなよ!! 猫のくせに!!」


「僕は猫じゃない!! 死神だ!!! 全く! 君がこっちに歩いてきたから何事かと思ったら意味わかんないこと話しかけてきて急に落ちるんだもん! びっくりしたよ! 僕の努力を返せ!」


ぎゃーぎゃー喚き散らしながら俺を殴ってくる。

肉球も相(あい)まってか、そこまで痛くない……いや、嘘……少し痛い。


ん? 待てよ?

こいつは黒猫で、死神で、崖から落ちた俺を助けた……??


「なぁ? ひとつ聞いていいか?」


「なにさ」


「お前死神なんだよな?」


「いちいち言い方腹立つなぁ……そうだけど?」


「それなら俺を殺すことも出来るんじゃないか?」


そうだ。俺は元々の目的を忘れていた。死神が俺の前に現れたってことは俺は死ぬべきだったのでは!?

ふとその事が浮かび期待に胸を鳴らしていたが、返ってきた返事は曖昧なものだった。


「あー……期待してるところ悪いんだけど……きみまだ死ぬ時じゃないんだよね」


「は?」


あ、つい素の声が出てしまった。


「ちょ……っと待てよ? え? 俺まだ死なないの? ってか死ねないの?」


「んー……死なないね……順番が来る前に死なせたら僕ら死神がペナルティを受けるんだ……だから助けさせてもらったよ」


悪く思わないでくれ、と申し訳なさそうにウィンクしてくるが、申し訳ないならウィンクするなよって思った。


まぁそれはいい。


問題はこれからだ……

一度死のうと思った命、助けてもらったが、これからの人生のことを考えると、とても大切にしようなどという気は起きなかった。

だが、こいつがここにいる限り死ねないだろうな……


そんなことを悶々と考えていると、黒猫が空気を切って口を開いた。


「んー……君から目を離したらまた死にそうな気がするなぁ……あ! そうだ! 僕が君が死なないように監視することにしたよ! いいよね?」


名案を思いついたと言わんばかりにキラキラした瞳で俺を見つめる。


「いいわけあるかっ!!」


「これからよろしくね! えーっと……くたびれたシャツのサラリーマンさん??」


「うるせぇよ!!」


勝手に話が進み、俺の意見など全く聞いてくれる隙がない。

あいつは俺の事を監視すると言ったっきり突然姿を消した。

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