五日目(銭湯編)

まずはこのお風呂かな……

俺はジェットバスに向かった。


勢いよく水が吹きでている。底が深く湯加減も少し熱めで体の疲れを取るのにちょうどいい温度だ。

スイッチを押すと勢いよく腰に打ち付けてくる。

肩もこっているから吹き出し口に合わせてお湯にのんびり浸かる。


「ふーー……」


深いため息をついた。


「ねぇ! ねぇ!」


不意に頭上から声をかけられ、上を見上げると死神が不思議そうな顔で見下ろしてきた。


「それって何? 泡が出てる時と止まってる時があるけど??」


「お前も入ってみる?」


死神には底が深すぎるから脇を抱えて風呂に入れてみる。

ちょうどジェットバスの噴射が止まり、死神はキョロキョロと辺りを見渡している。


「スイッチ押してみ」


不思議そうな顔で恐る恐る言われた場所のスイッチを押してみる。


カチッ


ブワッ

勢いよく噴射される。一瞬ビクッとなり水圧に流されそうになる死神を必死で抱き抱える。


どんな反応か気になり死神の顔を覗き込むと


「がぼっ……ごぼっ……と! 止めでぇぇぇぇ!!!」


危うく溺れかけていた死神を急いで抱き抱え椅子に座らせる。


「え……えらい目にあった……」


ぜーぜーと息をしながら呟いた。


「ほんとにごめんて……まさか溺れかけるなんて俺も思わなかったんだよ」


深く反省しながら水風呂で体を冷ます。

息を整えながら死神は目をキラッとさせて周りを見回していた。

次どれに入ろうかなど考えているのだろうか?さっきのことがトラウマにならないようで安心した。


ふと死神の目がある男性に止まった。


その方向を見てみると、その男性は露天風呂への扉を開けて入って行く姿が見えた。


(あー露天風呂か……少し肌寒いけど開放感あって気持ちいいんだよな)


そんなことを考えながら死神に視線を戻す。

死神は口を半開きにしたまま硬直していた。


「……なっ……!」


「ん??」


「裸のまま外に行ったよ!?!? 露出狂か!?」


手としっぽをワナワナさせながら不安げな顔で俺と顔を見合わせる。


「あーあれは露天風呂といって……」


「露天風呂!?!?」


食い気味に返事が返ってくる。


「まぁまぁ落ち着けって……露天風呂は外にあるお風呂なんだよ」


「外にあるお風呂!?」


死神は急に立ち上がって扉へ向かって走る途中、足を滑らせて派手に転んだ。

怪我してないか不安になって駆け寄るが、無言で立ち上がり再び走り出す。


「まぁ……落ち着けって!」


露天風呂の扉を開けてやるとひんやりした風が体に触れる。


「ふおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


大きい石でお湯をせき止めるように囲ってあり、周りには自然の草木生えている。

目の前に広がる光景が珍しいのか、口を開けたままその場に立ち尽くしていた。


俺は風で体が冷えたらいけないから先に露天風呂を堪能していた。


死神は大はしゃぎで岩場に登ったり柵から外を覗き込んだり周りを走っていたが急に動きが止まった。


「うっ……さ……さむっ……!」


小刻みに震えながら露天風呂に吸い込まれるようにして入った。


やっぱりな。


「ほぁぁ……ちょっと熱いけどちょうどいいね!!」


俺の真似をして綺麗にタオルを頭に乗せて露天風呂に浸かる

しばらく楽しんだ後、銭湯の醍醐味を忘れてはならない……


サウナだ!!


俺は男の勝負と言わんばかりの勢いでサウナに飛び入る。

久しぶりの温泉ということもあり俺もテンションが上がっていた。


「なにここ? あ……熱い……」


死神があとからゆっくりついてきていた。

汗をじっとりかきながら隣に座る。


それがいいんじゃないか!


と思いながら我慢比べが始まった。


一分……二分……五分……十分……


(そういえば死神はサウナ初めてなのか?)


汗をダラダラかきながらふと心配になり隣に目を向けると

完全に目を回してフラフラしてる死神が座っていた。


(ぬぁーー!!!!!!?)


慌てて死神を抱き抱えてサウナを出る。


うちわで仰ぎながら水を買って少しづつ飲ませてやると、少しづつ落ち着いてきたようだった。


「バカ! 我慢しすぎだ! 無理なら無理っていえばいいだろ!!」


俺は怒鳴り散らしながらうちわを仰ぎ続ける。


「だって君が平気そうな顔でいるから……僕もいける! って思って……つい」


「俺は熱いの平気だからいいんだよ!!」


うちわで死神をぺちぺち叩きながら説教をする。


「だいたいお前……前も肉球火傷してえらい目にあったじゃないか! もう忘れたのかよ!」


「あの時なんかあったら言ってくれって言っただろうが!」


「だってぇ……!」


ボロボロと泣き出す死神。

罪悪感が芽生え、怒る気も失せた。


「はー……もういいよ、ほら……立てるか? お風呂上がるぞ」


「うん……」


重い空気のままお風呂から出る。

しばらく無言が続く。やっぱり言いすぎたか……?

ここまで落ち込む死神は初めて見たせいか、俺は焦りを感じ始めた。


ふと、死神が言っていたことを思い出した。

俺は死神を椅子に座らせ、待ってるように告げると

自販機で牛乳を買って死神に渡した。


「? これって……」


「お前言ってただろ? 四角い箱の中に白いものがあるって」


「え! これ箱から出したの!?」


箱から出したっていうニュアンスは少し違う気がしたが、聞き流した。

死神の分の牛乳の蓋を開けてやる。


「こうやってグイッと飲むんだよ」


俺は腰に手を当てて一気飲みをする。

暖まった体に冷たい牛乳が喉を伝っていく感覚が心地よい。


「っくー!!!!! うまい!」


死神は俺を凝視した後、グイッと牛乳に口をつけた。


「……!!? キーンっとくるー!!! でも美味しい!!」


「だろぉ!?」


死神に元気が戻ったことを嬉しく思い、饒舌になって話に花を咲かせた。

ひとしきり堪能し終えて帰ろうとすると、死神がズボンを引っ張ってきた。


「ん? どうした?」


「……あれ……」


指さした方向を見てみると煎餅が売ってあった。


「欲しいのか?」


こくりと頷き申し訳なさそうに潤んだ瞳で見上げてくる。


その目はずるいって……

策略だ……と分かりつつも罠にハマってしまうあたり俺もまだまだ甘い。


煎餅を買ってやると、大喜びで大切そうに抱き抱えた。


「食べるのは家に帰ってからな」


すぐ袋を開けて食べようとする死神を静止してそう言うと、ムスッとした表情を一瞬見せたがすぐしゅん……として、大切そうに家まで持って帰った。


布団に潜り込み天井を見上げる。


今日の楽しかったことを思い出しながら明日から仕事が始まる憂鬱感に襲われながら眠りについた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る