四日目(死神編)

鈴虫の鳴き声。夜の音。

気持ちのいい風が頬を撫でる。


こうやってベランダの上から街を見下ろすのが僕の日課となっていた。

上からだと人間がちっちゃく見えて、下の世界で争いがおきていたとしても気づかない。

まるであの人間がが抱えている悩みもちっぽけに感じるようだ。

今度、あの人間にもこの絶景を見てもらいたい。


僕は空を見上げながら優しく…だがはっきりと聞き取れる声で呟いた。


「ねぇ神様って信じる?」


真っ直ぐ空を見つめる。空虚な空間が拡がっている。


「神様のやりたがらない仕事をする神様って知ってる?」


なんとも言えない感情が込み上げてくる。

昔よく聞かされていた物語を思い出した。



天の国では 神様がいて

命の天秤を 見守り続けていました

何年も何百年、何千年と繰り返すうち 神様は疲れて

眠ってしまいました


その地に種が ばらまかれて

色とりどりの花が 一面に咲き誇りました

花も誇らしげで 美しい花たちの談笑が始まります


初めはお互いを褒めあっていたけれど

次第にどの花が綺麗だとか 形が美しいだとか

醜いことで喧嘩を始めました

その事が嫌になり

仲裁に入った花たちは

次々に萎れていきました


最後に残った花は白と黒の花でした


ふたつの花はもう二度と争いが起きないように

お互いに手を取り境界線を決めました

白い花は生を

黒い花は死を司ることになりました

その後花は二度と会うことはありませんでした



死神見習いの時はいつもこの話を聞かされていた。

神様がしたがらない仕事をするために僕達が生まれた。


そう教えられ育てられてきた。


神様は"生"を与え、僕達死神は"死"を与える。

そうやって均衡を保っているのだ。


しばらくこの話のことを忘れていたのになんで今頃……

途端に苦しくなり、涙が溢れてくる……

ぼんやり空を眺めた。


遠くからこちらにカラスが飛んでくる姿が見えた。

その姿には見覚えがあり、涙を拭ってニヤリと笑いながらカラスに話しかけた。


「やぁ! 君はここへなんのよう?」


先程のことを悟られないように平然をよそって元気に声をかけた。

カラスは死神に気がつくと旋回してベランダの柵に降り立った。

翼を啄むと鋭い目付きで死神を睨む。


「お前こそなんでこんな所にいるんだ……ちゃんと仕事をしているんだろうな」


相変わらずうるさいヤツだ。


「お前がちゃんと仕事してるか見て来いって言われたんだよ! 行くあてもなくフラフラしてるならいい加減帰ってこい!」


カラスが声を荒らげてくる。


このカラスは黄泉からきた視察だ。僕がちゃんと仕事をしてるか見に来たらしい。可哀想に使い走りだ……


僕は黄泉で見習いの死神として活動をしていた。

このカラスとはそこで知り合った。

死神のルールでは見習いの時はまだ現世に行ってはならなかった。一人前になってやっと現世へ行く許可が降りる。

やっとの事で一人前の称号を貰い、現世へ来ることが出来たのに……

そう簡単に帰ってたまるか。

思考を凝らしていい返答を考える。


「僕が恋しくなったのかい? そうは言われてももまだ帰れないよ」


僕はあの人間を監視しなきゃいけない。

最近変な動きがないにしてもまだ精神面は不安定すぎる。

僕が見ていないといつ命を落とすか分からないからだ。


僕は笑顔を貼り付けた顔のままカラスを見つめる。

カラスは一瞬 怪訝そうな顔をしたが、すぐ話を変えた。


「ところでお前 "あの" 仕事はどうなったんだ? ちゃんと遂行してるんだろうな?」


"あの" 仕事……ね


「もちろんさ! 順調に進んでるから安心してくれよ!」

ニカッと胡散臭い笑顔を向ける。


「お前な……それならいいんだけどさ……」


カラスが何か言いたげな雰囲気でチラチラとみてくる。


「ねぇ? 用事終わった? 終わったなら僕もそろそろ街を散策しに行きたいんだけど?」


あれからずっとカラスは無言の視線をあびせてくる。

無言の時間が続きいい加減に僕はイラつき始めていた。


それでもまだ無言でチラチラとこちらの様子を伺ってくるのに我慢できなくなる。


「あーお腹すいたなぁ……焼き鳥にして食べようかな……」


カラスに向かって聞こえるか聞こえないかくらいの小声で呟いた。


自分の身に危険が及んでいることに気づいたカラスは慌てた様子で電柱にぶつかりながらも一目散に逃げ帰る。


(聞こえたのかよ……鋭いヤツめ)


「話し終わったんなら直ぐに帰ればいいのにー……」


ふんっと鼻を鳴らしながらぶつぶつと悪口を叩く。

ゆっくりと椅子の上に立ち、鎌を振りかざすと。


「よーっし! そろそろ仕事をしますか!」


死神はそう言い毛繕いをするとマントを整え、ベランダのフェンスに足をかける。

先程とは違う……真剣な眼差しで夜の街を一望した。


ベランダから飛び降りると、深い夜の闇に姿を消した。

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