三十五日目

涼しい風が頬を撫でる。いつもと変わらない部屋に風が吹き込んで、まるで誰かを探しているかのように感じたそれは、俺の心のむなしさの表れだろうか。


誰を探しているのだろうか?


俺の気持ちが探しているのだろうか?


無意識に死神を探すように部屋を見渡す。帰ってきてくれているのを期待していたが、やはり今日も帰ってきていない。


シャワーを浴びて気持ちをリセットさせる。

一旦死神のことは諦めて俺は出勤の準備をした。

本当は今すぐにでも探しに行きたい。だが、生きるためには働かないと。もしかしたら会社に死神が来るかもしれないし……


「おはようございます」


力ない声で先輩方に挨拶をした。明らかに元気をなくしている俺を見て佐々木さんはどうすべきか悩み俺の周りをウロウロしていた。

その時俺は気づいていなかったが、あとから教えてもらった話だった。


お昼休憩になり、カバンから今朝コンビニで買ったハンバーグ弁当を取り出す。


(そういえば死神も初めてであった時もこれ食べたな……)


また死神のおにぎりが食べたい。そんなことばかり頭に浮かぶ。

俺が一人で黙々とご飯を食べていると、周りの誰も話しかけたりはしなかった。殺伐とした雰囲気が漏れていたのだろうか? 少し寂しくも構われないことにより鮮明に死神のことを思い出せた。


昼休憩が終わり、仕事を始めた時だった。佐々木さんから話しかけられた。


「どうしたの? 今日ミスばっかりじゃん。なんかあった?」


「いえ、特には何も。ミスばかりして申し訳ございませんでした。以後気をつけます」


「いや、気をつけてくれるならそれで構わないけど……手が震えてるよ? なんか悩みがあった? 彼女に家出された? なんでも聞くから言ってみて」


相変わらず彼女ネタでいじられながら俺は死神について話そうか悩んだ。



佐々木さんに死神のことを話しますか?

▷ Y E S      

N O       


いや、RPGじゃないんだから……


しょうもないことを考えながら俺は重たい口を開いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「なるほどね……そんなことがあったのか……」


「はい」


「いやぁ、まさか一緒に住んでる弟が急に実家に帰って連絡取ろうにも連絡先が分からないとか、実家に帰ればいいじゃん?」


うん。誤魔化しながら話したけど、似た感じにできたし。多分問題は無いだろう。多分。


「いやぁ、実家が遠いものでなかなかすぐに行けれないんですよ」


「ふーん? にしてもあれだね! 君も弟いるんだね! 実は私も弟がいてね? 今高校生なんだけどにくったらしくてさ。兄弟ってそんなもんだよね!(笑)」


佐々木さんが話を変えてくれて助かった。あのまま弟の話を根掘り葉掘り聞かれたらうっかり死神のことを離しそうになる。そう、安心していたのもつかの間。


「ところでさ。弟が出てったんなら、なんで出てったかはっきり聞いておいた方がいいと思うんだよね。そしたらもし弟が帰ってきた時に同じことを繰り返したりいないじゃん?」


「これって仕事にも共通する部分あると思うんだよね! 原因をつきとめて、解決に持っていく! まぁこれ彼氏の受け売りだけどね! ちなみに当馬さんはフリーだよ!」


ポロッとでてきた惚気は聞かなかった事にしといて、確かに解決できなかったらどうしようもないのでご最もな事だと思う。

だが、問題はどうやって聞くかだ。今どこにいるかも分からない相手に聞けって言われたら無理っ! って返す自信がある。だってどこにいるか分からないのだから……


「まぁ、あとは新人君しだいだよ! がんばれ」


ポンッと肩を叩かれ、先輩は席に戻った。

深い溜息をつき、パソコンに向かい合った。さっきまで覆い被さるほど大きく見えたディスプレイが少しだけ小さく感じた。

佐々木さんに話を聞いて貰えたおかげで俺は少し元気が出て、仕事がさっきより捗った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ただいま」


業務を終え、家に帰る。やっぱり死神の気配が感じない。

ふと冷蔵庫を開けると、カレーがタッパーに詰められていた。

いつしか、死神が家で研究していたものだろうか?


「確か、死神が冷めても美味しい料理作るんだとか言って意気込んでたな……」


俺は静かに冷蔵庫からカレーの入ったタッパーを取り出し、冷凍ご飯と一緒にレンジで温めた。

その間にパジャマに着替え、体を休める。


レンジから美味しそうなカレーの匂いが漂ってきた。


チンッ


ご飯とカレーをお皿に盛り付け、椅子についた。


「いただきます」


一口カレーを含んだ。暖かい。けど、温かくない。

死神が作ってくれていたもののはずなのに。味が感じない。


「なん……っで……だよ!」


涙が零れた。一人で食べることに慣れていたはずが、死神といた事により二人のご飯が日常になっていたことを痛感した。


「早く帰ってきてくれよ……どこにいるんだよ……死神」


泣きながらスプーン山盛りに救って口に詰め込んだ。

カレーのザラザラした舌ざわりが俺の心を表しているようで、複雑な気持ちになった。


死神のことを忘れないようにタッパーの中のカレーを一心不乱に食べ尽くした。

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