十二日目

いつも通りの目覚ましで目が覚める。

今日は元々休みの日なので心も穏やかだ。

重いまぶたを擦りながら目を開けると目の前にドアップな顔面が飛び込む。一瞬思考回路が停止したが、よく見ると死神だった。


今更ながらに思うが、死神……距離感近くないか?

なかなか眠気が取れない俺に語りかけてくる。


「僕! やってみたいことがございます!」


「んえ……? あ、はい。なんでしょう?」


「アイシングをやってみたい!」


「んんん? スイミング?」


「違う!! アイシング!! クッキーとかに砂糖でお絵描きするやつ!!」


「初耳だ……」


寝ぼけながら会話をしていると猫パンチが飛んでくる。

爪を立ててないから痛くはないが、目が覚めるほどの衝撃だ。


「おーきーてー!」


「んんんー! なんで俺を起こすの?」


「やり方がわからないから!」


即答だった。しかもドヤ顔で。いや、ドヤれる場面じゃないよね?

そういえばレシピ本持ってることを思い出した。


「レシピ本に書いてあるんじゃないの?」


「僕! 難しい漢字は読めないんだよ!」


またまた即答だった。俺は腕を引っ張られて引きずられるような形でキッチンに立たされる。

洗面台には奮闘した形跡が残っているが、肝心のクッキーが見当たらない。


「なぁ? クッキーは?」


「クッキー……」


言葉を詰まらせる死神。目を見ようとするがしきりに顔をそらされる。

嫌な予感がし、オーブンの中を確認した。


俺の勘は大当たりだった。


まっ黒焦げになった多分クッキーであるであろう塊が何個も置かれて、レンジの中は炭だらけだった。


「あー……そのー……ごめんよ?」


死神は上目遣いでモジモジと申し訳なさそうに謝る。

悪気がなかったのはきちんと伝わるが、あまりに酷い状態だった。

このまま許すのも気が引けたので片付けを手伝わせて今回のことはチャラにした。


「まずはクッキーからかぁ……」


俺はレシピ本のクッキーのページを開いて手慣れた手つきで生地をこねる。


丸い形にくり抜き、綺麗に並べてオーブンで焼く。

きれいに焼き目がついたことを確認し、手袋を使ってオーブンから取りだし、冷めるのを待つと完成だ。


一連の流れを死神は目を点にしながら俺の手元を凝視(ぎょうし)していた。


「ま……」


「ん?」


死神は口をパクパクさせながら全身の毛を逆立てる。


「魔法使い……??」


あまりにも流れるように作業をしていたからかあらぬ誤解をさせてしまったようだ。

慌てて説明をしたが、わかってるから大丈夫と言った顔でにやにやしている。

この顔は絶対分かってないやつだ。

クッキーが完成したので次はアイシングに挑戦してみる。

砂糖を溶かして食べれる着色料のもので色を付ける。


「これでよし! じゃあ好きにお絵描きしていいぞ」


「え! いいの!? やったぁ!」


死神はどこに隠し持っていたのかエプロンを装着し、さっき用意したクッキーに絵を描き始める。

その間に俺はテレビをつけてニュースを確認する。

最近忙しくてテレビをつけていないこともあり、なかなか世間の情報が入ってこなかった。

天気予報。子供番組。事件などのニュース。ドラマ。

興味をそそられるのがなかなか見つからない。


俺はテレビのチャンネルを忙しなく移動させていた時死神が台所からクッキーを持って歩いてきた。


色とりどりに塗られていて、とてもファンシーな飾り付けが多い。

完成したクッキーを食べながら死神とソファでくつろいで子供番組を見る。


子供番組なら死神は喜ぶかな?と思い、予めつけていたら大正解だったようだ。


テレビに釘付けになり体が前のめりになる。テレビの子供たちと一緒にダンスを躍るところを見ると保育園のダンス発表会を見る保護者のような気持ちになった。


不意に死神が口を開いた。


「ねぇ? 仕事ってそんなに大切かな?」


「え?」


斜めの方向から急に話を振られたので驚きを隠せない。


「僕さ。君には生きてて欲しい。もうあの職場で死人のような目で働く姿を見たくないんだよ……」


「死神……」


「だからさ? お金が大切なのもわかるけど……無理してあの場所で働かなくていいと思うよ。辞めるのも自分を守る手段だからさ」


「うん……」


優しく語りかけられ、俺はその考えもあったのかと気付かされた。新卒からお世話になっていて、今更転職とか考えたことがなかったが、確かにこのままこの会社で働くのは苦しい

俺は冷静に考えて覚悟を決めた。


時はあっという間に過ぎて、気づけば夕方になっていた。


「俺は先に風呂に入るからクッキーの残り全部食べていいよ」


そう言い残し、風呂場へ向かう。

死神はすぐさまリモコンを持ち、チャンネルをニュースに変えた。


「こんばんは。こちら○○会社の目の前に来ております。えー今現在特に何も変わった様子がないように見えますが…三日前に行方不明になった小野田さんが務めていた会社でございます。えーこちらの会社ですが実は一週間ほど前にも神野さんという方が行方不明になっており。現在調査を進めております。調査が終わり次第また……」


ブツッ


「ふー!いいお湯だった!次お前はいるか?」


「うん!入らせてもらうよ!」


お風呂を上がると死神がリモコンを握りしめていた。


机の上に置かれたクッキーの入っていたお皿が空になっており、完食してくれたことに喜びを感じる。


食器を洗い終わると退職届を書き、会社に持っていくカバンの中に入れた。

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