三十八日目

朝。目が覚めると同時にカレンダーを確認した。

金曜日だ!

ついに念願の金曜日がやってきた。

それなら仕事終わりに死神を探すことが出来るかもしれない! 早くも仕事終わりが楽しみになり、はやまる気持ちを抑えつつ、出勤した。


「おはようございます!」


いつもより元気な声で挨拶をし、仕事を始める。


(今日はいつもより調子がいいぞ! 早く終わらせて早く帰りたい!)


社会人六年目なのに今日分の仕事が終われば帰れると思い込んでいた。


思いのほか今日分の仕事が長引いている。時計はお昼休憩の終わりを指していた。


「よしっ! 気持ちを切り替えてやるぞ! 今日こそ死神を見つけてやる……見つけたら思いっきり怒る」


俺は死神と出会えた時のシチュエーションを脳内で再生していた。それだけが今日の俺を支える力となっていた。


「よっし終わった! かえ……」


「あ、君! 悪いけど代わりにこの仕事やってくれないかな?? ほんとうに申し訳ない! 埋め合わせはいつかするから! な!? 本当にごめん! ありがとう!」


「え? いや、ちょっ……」


断る隙もなく去っていった同僚の姿をぽかんとした顔で見送った。


「あらあら? そういえばあの人今日子供が熱を出したから迎えに行かなきゃとか言ってたし…仕方が無いところもあるわね……」


「当馬さんっ!!」


何かといつも後ろから急に登場する当馬さんに不信感を抱きながら、やっぱり暇なのかなとか思ったりした。


「その仕事多いでしょう? 良かったら私が手伝いましょうか?」


この仕事が終わったら死神を探しに行ける! と思っていたが急に押し付けられた仕事……そんな所に手伝ってくれるという天使が舞い降りた気がした。


「是非! お願いします!」


先輩に仕事を押し付けちゃダメだって?

本人が手伝ってくれるって言うし、持ちつ持たれつでしょ! 会社(ここ)は!

この考え方がだいぶホワイト企業すぎていることは俺はまだ知らなかった。


当馬さんのお言葉に甘えさせてもらいつつ、自分主体で仕事をこなす。


「はー!! 何とか終わった!」


「お疲れ様。このあと予定あるかしら? もし良かったら一緒にご飯どうかなとか思ったのだけれども……」


「この後ですか……? この後はすみません予定があるので……また今度行きましょう」


「お茶だけでも難しいかしら?」


当馬さんは申し訳なさそうに潤んだ瞳で俺の顔を真っ直ぐに見つめた。

その少し赤らんだ顔に意味ありげなものを感じ、目をそらす。

心臓が高鳴るのを感じた。

一緒にご飯は本当は行きたい。俺だってまだ当馬さんのことよく知らないし、良くしてもらってるから恩を返したい気持ちもあるが……


やはり死神がいない生活の方が退屈に感じた。


「すみません本当に。また別の機会に時間開けますので……また俺から誘ってもいいですか?」


「ええ! 待ってるわ!」


そう言うと、当馬さんはカバンを持って一足先に退社した。後ろ姿が寂しさを物語っていた。


俺は罪悪感を感じながら、帰る準備をした。


「よし! 今日こそ死神を探すぞ! まずは……出会った場所に行ってみようかな……」


おれは、電車を何個もハシゴして、出会いの自殺の名所に来た。

あの時から変わらず寂れて陰気なイメージがあった。


「懐かしいなぁここ」


ゆっくりと地面を踏み締めながら出会った場所に行く。

初め座っていた岩場には何もおらず、死神らしき姿も見当たらなかった。


「あの時夜に来てたからなぁ昼に来たらだいぶ雰囲気変わるな」


次の場所に行こうとした時、振り返ると男の人がいた。三十から三十五歳くらいだろうか?

スーツはよれて汚れており、顔には生気がない。目元はくすんで虚ろな目をしていた。


フラフラと歩いてくる姿に自分を重ね、この人が今から何をしようとしているのか一目瞭然だった。


「おじさん。やめといたほうがいいですよ。今なら戻れますから」


不意に口から言葉が出た。


「なんだよ……邪魔するな。これでやっと楽になれるんだ。愛する妻をおわなきゃ行けないんだ」


何言っても聞かないと言った素振りで足を止めようとしない。


「ここで死んだって奥さんは悲しむだけだ! 奥さんだってあんたに生きていて欲しいと思うだろ!?」


「お前に何がわかるんだ!!」


ビクッとした。おじさんの睨む目が憎悪で満ちていた。

この人に何があったんだ。過去に何があったんだ。俺でよければ話し相手になりたい。だが、下手に反発したらすぐ飛び降りそうな危うさがあった。


「俺にはあんたが何をしてどんだけ苦しんでここに来たかなんて分からないよ!! でもな! 話くらい聞かせてくれたっていいだろ!? 俺はもう顔見知りなんだからさ! 知らない奴に話を聞いてもらったらスッキリするかもしれないだろ!?」


完璧に逆ギレだった。だが、俺も親父の気持ちは痛いほどわかる。俺もここで一度人生を捨てた身だから。

だからこそ、俺みたいになって欲しくなかった。


俺に何がわかるかだって? 分かるはずがないだろう。他人なんだから。

だからこそ話しやすい相手になればいいと思ったのだ。


びっくりしたのか、少し正気を取り戻したおじさんから詳しく話を聞かせてもらった。


自分には妻と娘がいること。

妻は二年前に他界しており、幼稚園生の娘も居るが、残された人生に意味を見いだせず、なんのために働いているかも分からなくなったそうだ。あと、若く見えたが、四十代らしい。仕事も苦しいが、この年で転職して仕事が見つからない方が怖いし、娘の世間体もあるのでなかなか動けないのだという。


「たしかにな……俺も一度死のうと思ってさ? ここに来たんだけど……ここで出会ったやつに助けられちまったんだよな」


おじさんは少し驚いた顔で俺を上から下まで舐めるように見てきた。


「な? そんなふうに見えないだろ? ここで助けてくれたやつのおかげで今俺楽しいんだ。おじさんにもそんな相手が見つかるといいな」


ニコッと笑って立ち去ろうとした。


「ま! 待ってくれ! その、どうして思いとどまれたんだ?」


その時俺は一言だけ言い放った。


「その助けてくれたやつに振り回されることに楽しいと思っちゃったからさ」


日も暮れ始めていたのでおじさんを見届けたあと俺も家に帰った。


「また明日探していない場所を探そう」


疲れからか、すぐ眠りについた。

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