三十二日目

しとしとと降る雨の音……雫が静寂の中を遊んでいる……

心地いい音が眠気を誘う……だが、なにか違和感を感じ、俺は目を覚ました。


今日は土曜日なので会社は休みだ。完全週休二日制の土日休みっていいよな……


まぁそれは置いといて、俺が目を覚ました違和感の正体は死神だった。なにやら死神が落ち着かない様子でずっと部屋の中をウロウロしていた。いつもと様子がおかしかったので声をかけてみることにした。


「おはよ」


「あ! お、おはよ!!」


「何かあったのか?」


「え?」


少しキョトンとした顔で俺を見つめる。顔に少し焦りが見えた。何かあったのか……? 俺に話せないことでもあるのか? そういえば初めに出会った時だってなんであの場所にいたかも聞けてなかった。死神は必死に何かを隠すように体を丸めて耳としっぽが力なく項垂れた。


「な……何が?」


「何がじゃねぇだろ? 何かあったのか? それは俺に言えないことなのか?」


「えっ……と、その……怒らない?」


何か隠したそうに上目遣いで俺を見た。怒らないも何も隠していることを怒りたいがな。


「怒らないから言って」


「えっと……実はね?」


ゴクリ……


「これ……」


死神が背中に隠していた包みを持ち、目の前で広げた。


「これは……」


大切に包まれていたのは、死神と俺でお揃いのコップだった。

だが、俺のコップだけ割れている。


「ごめんなさい……宅配が来た時にびっくりしちゃって、ついしっぽがコップに当たってそのまま落としちゃって……」


俺に怒られると思い、見つからない場所に隠そうとしていたらしい。コップはガラスで作られていて、黒猫と白猫が向かい合うような形だった。ガラスは粉々で到底元には戻らなさそうだった。


「それより肉球見せて。ガラス触ったんでしょ」


俺は起こると言うよりも黒猫が心配だった。ガラスを触って怪我をしていたら……と思うとその方が俺にとっては大切なことだった。


「怪我は無さそうだな……はーーー、よかった」


項垂れるようにしてしゃがみ込んだ。さっきまで緊張していたのか肩が強ばっていた。体の緊張をほぐして落としたという場所に行き、破片を片付け割れたコップを仮で捨てる予定だった袋に入れた。使っていたタオルはガラスの破片が着いている可能性があるから捨てよう。


無言で作業する俺の後を死神が恐る恐るついてまわってきていた。


(ん? どうしたんだ? あ、もしかして俺まだ怒ってるって思われてるかな……安心させてあげないと)


「もう大丈夫! 痛いところとかあったらすぐ言えよな! 怒ってないから、さっきはつい心配でずっと強ばってたけど死神が無事だったから安心しただけだよ。ごめんな。ずっと話しかけなくて」


「ほんとに? 怒ってない?」


「うん! 心配させてごめんな」


「よかったぁーーー!! 君のそんな顔初めて見たからびっくりしてずっと怒ってたらどうしようって思ってー!」


「ごめんごめん」


俺は死神の頭を軽く撫でてやった。だが死神はなかなか泣き止まず泣き続けた。


そんな事をやっていると当馬さんから着信が来た。


「もしもし。お疲れ様です」


「お疲れ様。どう? 仕事やっていけそう?」


電話越しでも伝わる色気。個人携帯にかかってくることの特別感を感じ、顔が少しにやけた。死神が手を叩いてくるが、通話中なので構ってやれない。


「はい。先日は色々教えていただきありがとうございました」


「いいえ〜。分からないことがあったら佐々木さんでも私でもいいから聞いてね。」


「はい! ありがとうございます」


「それ……でなんだけど、月曜日の仕事終わりって空いてるかしら? 空いていたらなんだけど、一緒に食事とかどう? あなたの歓迎会をみんなで話していてね? どうかしら?」


!? 歓迎会! 一度も開かれたことの無い歓迎会を開いてくれるのか? 絶対楽しい。

だけど……

死神がこっちを睨みつけながら口をパクパクする。(はやくおわれ?)うるさいなぁ、すぐ終わらせるから待っててのジェスチャーをするが伝わってなかったらしく背中をよじのぼり始めた。


やっぱり歓迎会は……


「すみません。仕事終わりはすぐ帰らないといけないので」


「あら! そうなの? 彼女さんがいるのかしら? 無理に誘ってごめんなさいね……ちなみにお昼は難しいかしら?」


(お昼ならまぁ……ぼっちでご飯食べる予定だったので断る理由がない……彼女!?)


「彼女いませんから! お昼なら大丈夫です!」


すごい勢いで返事をしてしまい、後から後悔した。引かれてないといいが……


「あら? そうなの? てっきり……じゃあ私にも可能性はあるってことかしら?」


「え?」


「ふふ、なんでもないわ! 気にしないでちょうだいね。じゃあ月曜日のお昼に会社からみんなで行くわよ」


「かしこまりました。楽しみです」


「あ、好きな食べ物あったら言ってね? 予約しとくから! じゃあ私用事あるから切るわ」


「かしこまりました。失礼致します」


プツッ


本当に会社の人たちいい人達だよなぁ。つくづく思う。


「そしてさっきから髪の毛で遊んでる死神さん。ご用事は?」


「だって全然構ってくれなかったじゃんか! 僕寂しかったんだぞ!?」


「通話中だから仕方がないだろ? ほら構ってやるから降りてこい」


「やだ」


「なんで? 遊んであげるよ?」


「やーだ!! やだ!」


「ガキかよ」


カチンッ


「もう君なんて知らない! ばーか! ばーか! あーほ! 変態!」


(いや、変態関係ないだろ)


そう言い残し死神はマントをひるがえし、ベランダから飛んでいった。


仕事に行く姿を見るのは久しぶりだな。

そんな呑気なことを考えながら、死神が帰ってくるまでに夕飯の準備をして待つことにした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


だが、死神はその日の晩帰ってこなかった。

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